居場所をくれたのはいつだって
「連れてきました」
ザコルが子供二人の手を取って闇の爆心地から飛び出してきた。
「イリヤ! ゴーシさん!」
心配していたミリナが二人を抱き止める。魔獣達も心配そうに寄り添った。
「イリヤ、ゴーシ、気分はどうだ、あれにあてられていないか」
「おれはだいじょーぶですジーロおじさま。でもイリヤが」
「ぼくも、だいじょーぶです。びっくりしただけ」
「そうか? それならいいが。少しの間、俺と外に出ているか?」
「ううん、ありがとうございます、ジーロおじさま」
イリヤがはにかむ。父親に風貌が似ているからとジーロやロットを警戒気味だったイリヤだが、随分と心開けてきたと思う。ジーロが何かと子供達とその母親を気にかけているおかげでもあるが。
ジーロは念のため、とイリヤの片手を取って握りつつ、盛り上がる人々に視線をやった。
「これを領外でやらんようにキツく言っておかねばなあ。血の気が多いのはゴロツキも影も変わらんな。全くうちの領の者ときたら、少し焚きつけられたくらいで。野生の動物と変わらんぞ」
「それを兄様が言いますか」
「ザコル、お前は日頃から完璧に制御ができていて偉いなあ」
「誤魔化さないでください。といいますか僕は制御できているなどとは思っていません」
ちょくちょく暴走している自覚はあるらしい。
ともあれ、道場はまたしても闇に呑まれた。
「闇には闇を、邪教には邪教っつうことすか。やー、流石は姐さん。邪神就任オメデトーゴザイマース」
わー、ぱちぱち。
「邪神になった覚えはないよっ」
棒読みのエビーに突っ込む。
「つーか俺って、あんな禍々しい踊りしてましたっけ」
エビーは、自分が考えた謎踊りを、闇の眷属達がズンドコドンドコと踊っている様子を微妙な顔で眺めている。
「禍々しい? そうかな。闇が濃すぎる問題はアレとしても、みんな楽しそうじゃん。余興に丁度いいと思って採用しただけだったけど、気に入ってくれてよかったよね!」
「そすか……」
私に芽生えた闇の能力は、人の神経に干渉して体の動きを支配する能力である。やろうと思えばどんな動きもさせることもできるし、逆に動きを止めることもできる。謎踊りを選んだのはたまたまである。
ただ、案外消耗が激しい。数日かけて体内で練り上げた闇の力を、昨日の試運転とさっきの謎踊りでほとんど使い果たしてしまったくらいだ。連発できないのももちろん、ここぞという時に取っておかないと防御の意味がなくなってしまう。
「姐さん。闇には闇を、っつうあの演説、どーいうつもりでしたんすか?」
「どう? うーん、そうだねえ……。私の世界には『目には目を歯には歯を』っていう古い時代の法律に由来することわざがあってだね。やられたらやられた分だけやり返せという意味なんだけど、なんかリズムがよくて気に入ってるんだよね」
「ほお、リズムが」
「うん、リズムが」
つまりそれっぽいことを言っただけです、とは言えないのでそこで濁しておいた。心に厨二を飼っているタイプのオタクには、それっぽいことを瞬時に言える能力が備わっているのである。
「それにさ、あの同志達におちょくられてる邪教のみなさんがだよ? 『本物』に出会った時どんな反応するのかなーって。ふふっ」
「まあ、それは俺も見てみたいですけどお」
正直、今までに邪教が差し向けてきた曲者は揃いも揃って揃って中途半端だった。神を信じているというよりは、信者になって甘い汁を吸いたいだけに見えるというか、どうにも小物臭がするというか。
そんな切り捨て要員ではないガチの信者がどんなものかは判らないが、サカシータの精鋭をして、それ以上の実力や覚悟を持ち合わせた相手など国内にそうはいまい。
深緑の猟犬ファンの集いがちょっかいをかけているらしい末端信者達も、話を聞く限り一般人の域を出ない者ばかりのようだった。ファンの集いがただの玄人集団という意見もあるが。
「国内の方は、メイヤー教が大軍で乗り出してくるとか、そういうことがなければ余程安心だと思うんだよね。仮に何かあっても逃げ切れると思うし」
「まあ、そうすね。つーか、そこらの騎士団でもこの人らにはよう勝てんっしょ」
昨日サゴシが言った通り、影の実力もそこらの重戦士と変わりないのが武のサカシータという土地柄である。
心配なのは、逃げるどころか正面切って迎え撃ったりしないか、という点一つである。影達自身の安全もそうだが、大勢で派手に戦闘を行えば必ず近隣に被害が出るであろうことも理由の一つだ。
私達は、爆心地というか闇の謎踊り大会の中心を誰とはなく見遣った。
「ザラ、落ち着け、ザラミーア」
「リア様! 一緒に踊りましょう!」
「その踊りをか、まあ、いいが」
いいんだ。
「リア! ザラミーアを止めるんだよ、何のために僕の拘束を解いたんだ!」
「そうだった。ザラがあまりに愛らしくてつい」
オーレンとイーリアは、舞い踊るザラミーアを止めようと四苦八苦していた。
「うーん、しょうがない。ザラ、ごめんよ」
ヒョイ。
「あら」
トランス気味であったザラミーアを、オーレンがさっと縦抱きにする。
「君、ミカさんが作った空気を利用して増幅したろう」
「増幅? 私そんなつもりは。といいますか、落ちこぼれの私にそんな力はないわ。ご存じでしょう、私、陰の者としては半端者よ。リア様に拾っていただかなかったら、今頃……」
「まだそこまで話していなかったね。君の力は、決して半端なものじゃない」
「えっ」
ぱちくり。ザラミーアは大きな瞳をまたたかせた。
「君の能力はね、周りが同じ方向を向きやすくする力なんだよ。条件が限られるから分かりづらいけれど」
「同じ、方向を」
「民や団員が、君のおかげで一つになれたことも少なくない。僕達の、勝利の女神様ってやつさ」
「勝利の、女神……?」
イーリアがきょとんとするザラミーアの手を握る。
「すまない、この国では迫害対象になる、それを知って、お前が持つ能力の詳細について黙っているようにオーレンに言ったのは私だ。知らぬ方が幸せだろうと決めつけた」
「リア様……」
「私が、あのように若くして故国の騎士団長にのし上がれたのはお前の力も大きいと思っている。そう考えたら、なおさらお前をあの家に置いてはいけなかった」
「……いいえ、違うわ、あれはリア様の実力よ」
ザラミーアが瞳を揺らす。
「違うものか。お前を落ちこぼれなどと言って追い出したブルグ家は馬鹿なことをしたと思う。お前は決して落ちこぼれなどではないよ。私に、いや、私達に居場所をくれたのは、いつだってザラミーア、お前なのだから」
「私が? 居場所を? 何をおっしゃっているの、居場所をくださったのはリア様よ。今だって、お二人のお世話になっている身で」
「ザラ、分からないのかい? タイプの全く違う僕達がこの歳まで何とか夫婦をやってこられたのも、君が願ってくれたからなんだよ」
「そうだ、お前がくれた居場所だ。あの日咄嗟に手を掴んだ私に、黙ってついてきてくれたこと。ずっと感謝しているよ、ザラミーア」
「オーレン、リア様……」
大きな瞳が潤む。
「幸せの魔法をかけてくれてありがとう。どうか、これからも君の側に僕達を置いてくれ。頼むよ、ザラミーア」
オーレンとイーリアは、勝利の女神、愛のかすがいたる第二夫人を二人で抱き締めた。
つづく




