忍者ってやっぱり格好いいじゃないですか
「……それで、邪教が使う『魔封じの香』は、私のような魔法士には強い効果をもたらします。強い頭痛に吐き気、精神的にも衝動性が増し、そして魔法が使えなくなる。ですが、いわゆる闇の力、『陰』の特性を持った人には効きにくいことが判っています」
「その、影の者には効きにくい、というのは検証済みなのですかな」
そう質問したのは、シータイで魔封じの香に関して成分解析を行ってくれた一人、シシだ。
「はい。本人達の希望もあってそこそこの人数で検証を実施しました。密室で香を焚きしめ、その部屋に入って数分過ごした後の様子を魔獣のミイに判断してもらうといった方法で。メンバーは穴熊さん達、サゴシ、ペータ、メリーの影チームと、ジーロ様とタイタという光チーム、そしてチャラ男代表エビー」
「チャラ男代表て」
エビーが思わずといった感じでツッコんだ。魔力の少ない人代表、と表現すると、彼のマブダチであるミイが気にするのだ。エビー本人は気にしていなさそうだが、ミイの生まれた世界では、魔力のあるなしによって差別か何かがあったのだろう。
「結果は、影チームはほぼ無症状、ジーロ様とタイタには一定の効果がありました。エビーは自覚症状はないみたいでしたが、効いてはいるようです。先生も以前そんな感じの診断をなさっていましたよね」
「ええ。あのシータイの牢でのことですな。あの時は彼の魔力の流れも極限まで抑制されて視えたのはよく覚えております。影達には効かなかったということですが、ジーロ様とタイタ殿に現れた症状を参考までにお聞きしたい」
ジーロとタイタは顔を見合わせ、頷いた。
「症状はホッタ殿と似たようなものだ。いかにも頭がガンガンと痛み、吐きそうになり、無性に怒りが増して全てを壊してやりたくなった」
「俺も同じくでございます」
以前、シータイの牢にて同じにおいを嗅いだ際、タイタはノリノリで邪教徒の尋問をかましていた。でなくとも尋問はノリノリの彼であるが、あのにおいによってより興奮させられていた可能性もあるな、とふと思った。
「しかし。ジーロ殿に関しましては、魔法を封じられるということはございませんでしたね」
「ああ。何なら我慢が効かず、派手にぶちかましてまた倒れかけた。こんな呪物めいたものを聖域に持ち込まれたかと思うと非常に腹が立ってなあ…。おかげで、自分が思ったより我慢強くないと実感する羽目になった」
しゅん。二度も魔力を枯渇させかけたジーロが肩を落とす。
「ミカ様によれば、ひどい魔力過多と同じような症状に陥るとのことでしたからな。この異常なほどの我慢強さを誇る姫でさえ身動きが取れなくなるような『毒』だ。ご自分をお責めになる必要はない」
ジーロをフォローしたと見せかけて私の異常さをいじってくる性悪医者である。
「お気遣い痛みいる。だが、俺では潜入はできんと判断せざるをえなかった」
「そんな『毒』の中で通常通り動けるのが影という人種ということですな。なるほど、ミカ様の判断には無駄がない」
「いえ、この作戦を影というか、穴熊さん達にお願いしようと考えた時には、香との相性? 的なものは何も考えていなかったんですけど…。何なら解毒薬を追加で作ってもらえないかシシ先生に頼もうと思ってたくらいで」
図らずも適任だったと、後から判明しただけのことである。
「全く不思議なものだ、火をつける前は単なる土塊のようだったのに、火をつけた瞬間、あのおどろおどろしい気配があふれ出すのだから。影どもよ、お前達にしか御せぬ『毒』だぞ」
ジーロの言葉に、影達は「おお」と希望を得たような反応をする。
「というわけで、稀有なる特性と優れた隠密技術を持ち合わせた皆さんには、邪教のアジトを探し出して潜入していただき、虐待かそれに近い扱いをされているかもしれない魔獣の居場所の特定と、最終的にはその保護をお願いしたいと考えております。穴熊さんと小中型の魔獣達が中心の作戦にはなりますが、彼らだけでは他領での交渉ごとが発生した時に不便が生じます。その際は皆さんの『擬態』頼みですからね、どうかよろしくお願いいたします」
ぅぉぉぉぉぉ……ん。
士気はマックスのようである。
「先ほどは見事な演説だったよ、ミカさん」
「オーレン様」
演説をしたつもりはなく、単に説明しただけのつもりだったのだが、揉めていた闇の眷属達は手を取り合ってくれた。
私は声のトーンを落とす。
「えっと、本当に大丈夫なんですかね。闇っぽい人々ばかりで外に行かせて……」
「そうなんだよね、そこは僕も不安なんだけど」
「えええ」
そこは自信満々であってほしい。
「でもね、実はザラミーアとも話したんだ。彼女が今までよく解っていなかった闇の力についてもしっかりと話をした。そしたら、影の子達にも功績をやってほしい。闇に居場所を、と彼女は言ったんだよ」
「闇に居場所を」
「察しているかもしれないけれど、ザラミーアの家系は闇の力に由来する特殊能力持ちだ。でも、ザラは一族の中ではいわゆる落ちこぼれだったようで、家系能力について詳しいことを知る前に他家へ奉公に出された。ザラ自身はよく知らなかったけれど、隣の国には闇に居場所があるのさ。君の言葉を借りるならば『邪』の道だろうけれどね」
邪の道。例えば国のために、その能力をえげつなく活かした仕事を強いられているのだろう。
「でも、オーストやメイヤーでは単純に迫害対象だ。決して綺麗事ばかりではない邪の道とはいえ、居場所があるだけサイカの方がマシ、少なくとも僕や妻達はそう思っている」
ぅぉぉぉぉん、と静かに雄叫びを上げる影の人達を私達は見遣る。
「うちでも、周囲に馴染めない、馴染みにくい力や特性を持っちゃった子には、単独行動の多い影という働き方、生き方を選択してもらっている。もちろん、プロとしての影を尊敬しない者なんてこの領にはいない。でも、ザラは言うんだ。どうしても個々人が目に見える功績は上げにくいのが実情だと。彼らも、自分達には表舞台に立つ資格がないと思い込んでいるんだって」
「確かに、彼ら自己肯定感は低そうですが……でも」
「自己肯定感、自己を肯定する感覚ということか。なるほど、しっくりくるね。流石は未来の言葉だ」
ふむ、と昭和出身当主は頷いた。
「正直、今も彼らを領外に出すのは心配だ。でもね、僕も君の言葉には心動かされたよ。光の者どもにはできない戦いがある、全くその通りだ。影でもいいんだ、影だからこそいいんだって思えるいい言葉だった。それを、領外、しかも異世界から来たお姫様が言うんだから! ああ、みんな嬉しそうだなあ。本当に良かった」
そう言うオーレンも心底嬉しそうだ。
余所者である私から見ても、この領にはきちんと闇に居場所があると思うし、周りも彼らを無碍にはしていない。しかし、彼らがもっと生きやすくあってほしいとここの当主陣は願っている。令和の日本でだって、ここまで多様性に配慮してくれる職場はそうそうお目にかかれない。
ただ、たまに配慮のしすぎで過保護になるのがこのオーレンというお人である。ザラミーアは、過保護にしすぎて彼らのチャンスを奪わないよう、口添えしてくれたのだろう。
「穴熊以外に、他の影を募集してどこまで集まるかと思ったけれど、くじで抽選しなきゃいけないくらい集まったのは予想外だった。シータイ配属の影が特に多く名乗り上げたのは君の影響だろう。君が、影の者達を心から敬愛しているって彼らはよく知っているんだ。凄いことだよ。たった一ヶ月と少しの滞在で、彼らの自己肯定感とやらを上げてくれたのだから」
「そんな大層なことはしてませんよ。私は忍者が格好いいと勝手に憧れているだけです」
「僕も忍者は好きだよ!! 僕ぁこの図体だから、忍者の真似事は下手なんだけど」
トホホ。
「そうですか? 私からすればオーレン様だって憧れの忍者のお一人ですよ。本気で忍ばれると私ごときには全然感知できませんし」
「本当かい? 君にそう言われると自信が沸くなあ……うっ、ちょっと、ザコル、僕に座らないで!?」
「うるさいです」
拘束用の網で丁寧にラッピングされた父の上に腰をおろしたのは私の最推しで、影とか隠密の頂点に立つまさに忍者の中の忍者だ。今日も最高にかっこいい。
「だっ、だからねっ、僕もあまり過保護にするのはやめ」
「黙れください」
めげずに話の続きをしようとするオーレンにさらに体重をかけるザコルである。仲良しだ。
「僕も単独では奴らを追い詰めきれなかった。しかしこの人数の精鋭を投入すれば必ず戦局に変化をもたらすでしょう。決断してくださりありがとうございます、父上」
「お礼を言う態度じゃないんだけど!?」
うぉう、うぉう!
穴熊隊長、もとい第七歩兵隊隊長が拳を上げ、影達の注目を集めた。
「ひめ、害すぅ、邪教ぅ、ゆるす、べかぁず。呪物、持つぃ込むぅ、敵、ねこそぎ、センメツす」
光の者代表ジーロ、もとい第一歩兵隊隊長も拳を上げた。
「穴熊の言う通りだ。あいつらはツルギの聖域にも呪物を持ち込みやがった。絶対に許さん。必ずお前達で呪い返してこい!!」
ぅぉぉぉぉぉん。
あれ、魔獣の保護が目的だと話したはずなのに、根こそぎ殲滅とか言っちゃってる。
私は穴熊とジーロを止めようとしたが、彼らは『分かってるぜ』みたいな顔をするばかりで聞いてはくれなかった。
つづく




