光の者どもにはできない戦いがあるのです
前回の続き。闇の眷属が大勢で牽制しあっているせいで道場が闇にのまれました。
シシの顔をチラリと伺う。口元に手を当てて眉間に皺を寄せていた。やはり、明らかに『視えて』いる。もはや隠す気もないのだろう。
ミイイ……。
ミイは唸り始めた。
「うげ、笑っちまうほどやっべーなあ」
「不思議なものだなあ、あの力に目覚める前は、ここまで気になることもなかったのに」
「俺も、ザコル殿の尋問にご一緒させていただく前ならば気づけなかったかもしれません」
闇の力に親しみのある(?)エビーとジーロとタイタも危機感を募らせる。
「ちょっと、みんな喧嘩はやめて……!」
未だ拘束されたままのオーレンが焦り始めた。ザコルも仕方ない、とばかりに腰を浮かす。
シュタッ。そこに、天井から忍者が一人降ってきて着地した。
「なんか居心地良さそうなんで俺も混ざっていいですか。仕事中ですけど」
「あ、はいどうぞサゴちゃん」
ざわ……っ。明らかに暇じゃなさそうな影の出現に、暇してる影達の間に動揺が走る。
「……暗ぁ。いっぱいだぁ」
じゅるり。闇を主食とする、稀有な体質の彼はあからさまに舌なめずりをした。
「なんだあの影は」
「見たことがない」
「軽そうなのに陰の気配が濃すぎる」
「軽そうなのに底無しの闇深さを感じる」
「あれがサゴシ殿だ。軽そうだがタダモノではない。あれの擬態は難しいがやりがいがある」
あれ、シータイチームの中にサゴシに擬態しようと取り組んでたっぽい人がいる。もしかしなくとも、シータイの仮装大会でサゴシの影武者を務めていた酔狂な人か。抽選に当たったらしい。
「俺、こんなに大勢のお仲間に会えてとっても感動してまーす。でも、うちの姫様の御前なんで控えてもらっていいですか。姫様にお仕置きされたいなら別ですけど」
「ちょっ、何言って」
お仕置き? お仕置き? と影達がさらにざわつく。こちらを期待の目で見る者も出てきた。なんでだ。
「ていうか街中でそんなにダダ漏れさせてたら、ソッコーでメイヤー教の神徒に嗅ぎ付けられてアボンですよ」
アボン? アボン? ざわざわ。
「領出た瞬間終わったってならないためにも、神徒がどんだけヤバいものぶつけてくるか実際に見てもらおーと思いまーす。どーぞ、お美しいジーロ様ぁ!」
「俺か。まあ、俺しかいないか」
お美しいジーロは仕方ないといった感じで前に出てきた。
えっジーロ様? 野生の? 人間になってる? などと遠慮のないつぶやきがあちこちから聴こえてくる。彼らの多くは小綺麗になったジーロをジーロだと認識していなかった。
「先に断っておくが、俺はメイヤー教とは何の関わりもない。この力はつい最近発覚したもので『浄化』という一種の魔法能力らしい」
浄化? 浄化? って何? ざわざわざわざわ。
「浄化、ですと?」
シシが顔色を変えた。
ジーロが前に出した手のひらから、ピリッといかづちのような光がうまれる。
「まさか本当に!?」
「どうだ、これが」
『ひぃやあああああああああああああああ!!』
影達が一斉に悲鳴を上げて後ずさった。あんな大声が出せたのか。
「なっ、何か判らんがヤバいぞ!」
「光だ、光だ」
「都会にはあんな光が満ちているのか!?」
「はいはーい、落ち着いてくださーい」
光に怯える田舎の影達をサゴシがなだめる。この辺境にはメイヤー教も進出していないらしく、神徒はおろか『浄化』を見るのも初めてのようだ。
「都会でこういう光を操るヤツの特徴を教えておきまーす」
サゴシは、メイヤー教の神徒の特徴を詳細に語り、こういうマークを見たら即逃げろと影達に指導した。
「でもー、ちょびっと喰らっちゃうことってありますよねー。そんな時は」
うぉううぉう。サゴシの周りに穴熊達がわらわらと集まってくる。そして輪になった。
「ほーらみんなで手をつなげば怖くない!! 多分!! 多分これで何とかなる!!」
………………。
影達は顔を見合わせた。ほんとかよ、と全員の顔に書いてある。
「お仲間同士なら、皆さんが言うところの『陰』を分け合えるっぽいんですよー。って、うちの姫様が魔獣殿から聞きました!」
ジャジャン。急に話をぶん投げられたが、軽く手を挙げて受け取る。
「あ、はい。私がこのミイから聞きました。実際、このサゴシが闇の力をほとんど失って衰弱した時、同じ闇の力を持つ人からハンドトゥーハンドで補給を受けて成功しています。なので、皆さんももしもの時は手をつないで補給し合ってください」
どよどよ。
「でも、基本的にはここぞという時にしか闇、というか皆さんが言うところの『陰』の気を出さないようにしてもらいたいです。領外では常に『擬態』の状態でお過ごしください。これはあくまでも安全のために、ということですからね。ちゃんと無事に戻ってきてくださいよ。皆さんは、貴重かつこの領に必要な存在なんですから」
影達は顔を見合わせた。ほんとかよ、と全員の顔に書いてある。全体的に、自己肯定感の低そうな人々である。
「今回の敵はそのメイヤー教とやらではありません。相手にしていただく邪教団体は、そのメイヤー教とは関係のない宗教団体になります。むしろメイヤー教からしても駆除対象かもしれません」
邪教が闇の力、呪いの力を悪用しているとすれば、それこそエクソシスト、メイヤー教神徒の出番じゃなかろうか。むしろ仕事しろだ。
とはいえ、例の香が焚きしめられているかもしれない場に平然と立ち入れるのは、この闇の眷属達を置いて他にいまい。目的はあくまでも、どこかに捕らわれているであろう魔獣の捜索と保護。アジトをただ殲滅するだけでは辿り着けないかもしれないのだ。
「今回のミッションでは必ず皆さんのその『陰』が役に立ちます。光の者どもにはできない戦いがあるのです。闇には闇を。陰には陰を。生半可な『邪』をかたる素人どもには、本物を見せつけてやりましょう」
私は、じっくりと事の顛末を彼らに説明した。
つづく




