よくこんなに集まってくれましたよね
私達は道場に場所を変え、再び集まっていた。
「このドグサレ変態が、姐さんが面白がってるうちはグダグダ言わねえようにしてやってたがなあ、今回という今回はもう許さねえ」
「エビーの言う通りでございます。そもそも淑女を荷物のように運ぶのはおやめくださいと散々」
「すみません…今回ばかりは僕が悪かったと思います」
ザコルが正座で怒られている。私が舌を噛み切りそうになったからである。油断したのは私なのに申し訳ないな…。
そろそろ舌の痺れも取れてきた。出血も少しはしたが、飲み込める範囲内で止まってくれてよかった。
「穴熊さん、三人ずつのグループに分かれてもらえますか」
「ぎょぃ」
十五人いる穴熊は速やかに三人組を作り、五つのグループに分かれた。
「で、他の『暇してる影』の皆さん、は……」
ぅぉぉぉぉぉ……ん
暗く唸ったような声が場内に満ち満ちた。どう見てもテンションは低めだが、士気はこれでマックスのようである。
「ていうか、暇してる影募集! でよくこんなに集まってくれましたよね。募集したのはロット様ですけど…」
当主は騎士団長に『冬は暇してるのが多いからちょうどいい。ロット、選定を』と声がけしていたはずだ。なので、実力や業務状況などを鑑みて選定されるべきであると思うのだが、まあ、ぶっちゃけそんな時間なかったのかも……
「ミカ様……むしろ多く集まりすぎたので……カズ様がアミダクジなるもので……選定なさいました……」
「あみだくじで」
ボソボソと教えてくれたのは、何となく見覚えのある顔だった。というかこの人シータイ町民だ。確か商店の一つで暇そうに店番してた男性だ。忍者みたいな格好してるから一瞬気づけなかった。ということは、シータイ町長マージのお抱えの影の一人か。
「シータイは野次三人衆も出してるじゃないですか、そんなに戦力差し出しちゃって大丈夫なんですか」
「流石はミカ様。私がシータイの者とよくお気づきで」
ぐふっふっふっふ。
「あの者らは『ヒマしてて体力有り余ってるヤツ』の条件にピタリと当てはまりますゆえ。今のシータイは領内のどこよりも鉄壁、暇人の一人や二人差し出したところで。ぐふっ」
「そう、なんですね」
おかしいな。一応、シータイは多くの避難民を抱えた準被災地ってことで、余裕なんてなかったはずなのに。ロットも『今のシータイなら国盗りもいける』とか言ってはいたがそれにしても…。
「ほら、あなた様の『祈り』は馬鹿にならないでしょう」
フン、と鼻を鳴らす人の方を振り返る。
「なんでシシ先生までこっちについてきたんですか」
「舌を噛み切りそうになった患者がいましたのでな。それに、私は国内の情報を提供させるために呼ばれたのではなかったのですか」
「そうだった」
国内の、というか王都や王族の情報を提供してもらおうと思って呼んだんだった。
「尋問などせずとも答えてやりますから、いくらでも質問しなされ」
「先生はそれで大丈夫なんですか」
「誰しも我が身が可愛いものです。といいますか、ここまで連れてこられてはどんな強者でも逃れられますまい」
どんな強者でもサカシータ総本部に連れてこられて尋問なんかされたら吐くしかない、だから大丈夫。ってことか。何が大丈夫なのか分からんが、シシの忠義心が思ったより浅いということは判った。
私は厳選なる抽選の結果選ばれし暇してる影の皆さんに指示し、四つのグループに分かれてもらった。
「ミカ様ァ、お久しぶりでございますねェ……」
「あーっ、あなたは、ええと、あれだ。集会所の近くに住んでた方!」
「正解です。よくぞシータイの人間とお分かりで」
「分かりますよ。水害の直後からしばらく集会所に詰めてましたよね。避難者名簿の管理もしてくれてましたし、ロット様の一件では集会所に抗議にもきてくれたし。あと、実は私をミカ様と呼んでくれるのはシータイかカリューの人だけなんですよねえ。他の地域の人は『聖女様』と呼ぶので」
「ほう、それは我々も気づきませんでしたなぁ。よく観察なさっている」
ちなみに、サカシータ領外から来た人はテイラー家の使用人達も含めて『氷姫様』と呼ぶ。サンドやマヨもそうだし、邪教関連の曲者もそうである。
シータイから来た者達は、自然とひとつのグループに集まった。くじによる厳正なる抽選という割に、集まった影の四分の一がシータイ配属の者達とは。
「不正はしておりません」
「なんで考えてることが判ったんですか」
「ほら、町医者先生も言ったでしょう。ミカ様の『祈り』は馬鹿にならないって」
「私に抽選の確率いじるような能力はないし、そんな祈りを込めた覚えもないんですが」
「またまたァ」
ぐふっふっふっふ。
「それにしても皆さん、『町民』だった時とは全く印象が違いますね」
「我々『擬態』だけは得意でして」
「擬態」
「なんの変哲もない、印象に残らない、ただただ凡庸な、そういう町民を常から目指しているのです」
「なのにミカ様には認知されてしまっていた」
「嬉しいのに、自信をなくす、だけど嬉しい」
「この影心」
ぐふっふっふっふ。
影の人々は大体こんなノリなんだろうか。ただの町民としてなら挨拶や雑談を交わしたことはあるが、影として交流するのはこれが初めてだ。これが彼らの擬態なしの素顔ということなのだろう。コソコソとして仲間意識が高そうなところなどはちょっと同志っぽいが、あの自称コミュ障達とは一線を画す暗さ鬱さ静かさである。
「シータイの奴ら、少し『陽』に傾いていないか」
「あの光の存在そのもののような聖女様と平然と話している」
「もはや影ではない」
ざわ、ざわ。シータイ配属じゃない影の皆さんがこちらの様子を見て訝しげにしている。
「わかってない」
「わかってない」
「我らのミカ様はこの陰の気を丸ごと愛してくださる稀有なる姫」
「ミカ様を真に推すのは我ら『陰』の者よ」
シータイの影は謎にマウントを取り始めた。他の影はそれが気に入らないのか睨み返す。場がどんどん混沌としていく。誰一人として大声は出さないので、耳を凝らさないと聞こえない音量で器用にざわついているが、いわゆる『闇』の気配が濃厚になってきた。これはマズい気がする。
一人一人の力はザコルはもちろん、ザハリやザラミーアなどと比べても弱いのだろうが、何せ人数が人数だ。場違いな感想かもしれないが、こんなにいっぱいいるのか、と私はうっすら感動もしていた。
つづく




