それって振りですかぁ
五日後、早朝。
私は、隣国でイタズラしてこよう作戦、通称コード・『花』の一部メンバーへのはなむけとして、ダイヤモンドダストを降らせていた。
規模は二十メートル以内、エビタイとミリナ、そして魔力残量が正確に判るシシと魔獣のミイを監視役に配備、魔力満タンのザコルとミリューを真横に控えての厳戒態勢で臨んだ。
「まぶしいなあ……」
「ミカ様きれぇだなあ……」
「あったけえぜ……」
野次三人衆はマイペースというか普段通りである。ある意味、変に力も入っていないしベストコンディションと言えそうである。
「これを温かいと表現するか。アイツら、意外に粋な感性を持っているなあ」
「あったかい、か。俺にも解る気がするよ」
サンドが降り注ぐ細氷を手に受ける。彼の妻はどちらかというと闇属性らしいのでこの光景を離れたところから見守っている。
「ふごぶ」
「泣きすぎじゃないのビット。アンタこれ見るの二回目でしょ」
「何だとロット坊ちゃん!! こんな…っ、こんなに夢みてえで、力ぁもらえる餞別が他にありやすかい!? ああ、もったいねえ、ありがてえ…っ」
うおおーん。
「ビット隊長、本当に行かれるのですか? やはり隊長の代わりなんて誰にも務まりませんし、行くなら私が」
「ぬぁに言ってんだシモノ次世代の幹部候補なんざ行かせられるわけねぇーだろが俺が行くんだ俺に行かせろ俺にブン殴らせろぉああ!!」
「わ、分かりましたから胸ぐらを掴まないでください隊長!」
絶対隣国行ってイタズラするマンになった子爵邸警備隊隊長ビットは、隊長業を副隊長と補佐のシモノに半ば無理矢理割り振り、巨大なザックを背負ってメンバーに肩を並べている。
ザックの中身は当分の食料や野営の道具などだ。参加するメンバーの荷造りを見学させてもらったものの、何がどう使われるものなのかよく分からないものだらけだった。よく分からないが、北極にも行けそうな雰囲気は醸し出している。
彼らはここから馬ゾリに乗り込み、ザッシュとロットが中心となり数年かけてコソコソ掘ったというトンネルのある場所の麓まで送られる。そこからは徒歩でトンネルの入り口まで雪山を登っていく予定だ。
ちなみに、ビット以外の同行騎士も隊長や副隊長といった役職持ちが多い。隊長格以外にも希望者はたくさんいたらしいが、それぞれ腕にモノを言わせて枠を勝ち取ったらしい。
「カズ、本当にいいの。ミカは春になったら帰っちゃうって言ってるし、アンタは残って側にいていいのよ。あたしなら大丈夫だから。ザコルの作戦通りにするって誓うし、ほら、何か監視役もいっぱいいるし……」
ロットは幹部だらけの部隊を見遣る。あれはヤンチャな騎士団長の監視役も兼ねているのか。しかしこんなに幹部が抜けて本当に大丈夫なんだろうか。
「ていうか、何なのよアンタ達ッ!! ヒマしてて体力有り余ってるヤツを部隊から一人か二人出せって通達したはずなのに、どーして揃いも揃って忙しいはずの管理職ばっかり……ッ」
「うるせーぞ団長!! 団長だけ抜け駆けなんざ許すわけねぇーだろがぁ!!」
そーだそーだぁ!!うおおおおおおおお!!
「うるっさ……」
ロットは耳を押さえた。ただし役職持ちは不可、と指示に付け加えなかったロット自身のミスのようだ。
「あっは、治安わる」
カズがプフッとかわいらしく吹き出す。
「だんちょー……ロット様がちゃんとやるかどーかなんて正直カンケーないんですけど。ウチが行きたいだけっていうか、目の届かないとこに行ってほしくないだけだし?」
「でもっ、アンタはやっぱり危ないわよ、もし、素性がバレたりしたら……っ」
「バレてもウチを捕まえられるヤツなんかほぼいませんよぉ。てか、せっかく異世界でチート手に入れたのに、守りたいもの守らないとか意味ないんで」
「だからっ、あたしなんか守ってどーすんのよって話よ!! アンタこそ守られるべきで、あたし、これ以上アンタをアカイシで戦わせたくないから行くのよ!! いやっ、他の団員達のこともそーだけど!!」
ふるふる、カズは首を横に振った。
「ウチもう、守られてるうちに失いたくないんだぁ。だんちょーも、騎士団のみんなも、オーレン様達も。まだ入って半年も経ってない新人が何言っちゃってんのってカンジだけど、みんなウチのことホントの家族みたいに大事にしてくれたからぁ……」
「カズ……」
にこ。カズが微笑う。
「ウチの居場所はここなんだよね。もう、ここ以外あり得ない。特にロット様はここに絶対必要。絶対連れ帰る。ついでに色々ブッ潰してくる。ウチって単細胞だから今はそれしか見えなくなっちゃってる」
「たんさいぼう、って」
「そ、単細胞。ロット様を理解できんのは、同じ単細胞のウチしかいない。そーでなくちゃ」
ぎゅ。カズはロットの腕に巻き付いた。
「せんぱぁーい、じゃー営業行ってきまーす!」
「営業!? 不穏なこと言わないでくれる!? 変な仕事とか絶対引き受けてこないでよね!! 低コスト、短納期、大ボリューム案件は断固拒否だからぁー!!」
「それって振りですかぁ」
「違う!!」
あははは、と彼女は何かが吹っ切れたような顔で笑う。
クソ仕事ばかり取ってくる系『営業の中田』は、その小柄な体でヒョイとザックを背負い上げ、さっさと馬ゾリの荷台に乗り込んでいった。
「ジロ兄、あとは頼んだ」
「ああ、任された。存分に暴れてこいよ」
ジーロがサンドの背を叩く。
「ミカぁ、アンタは絶ッ対に大人しくしてなさいよ!!」
「そーだぞミカ様ァ! 俺らが代わりに暴れてきてやっからなあ!!」
「あんま護衛困らせんじゃねーぞぉ!!」
そーだそーだぁ!!
「人を一体何だと思ってるんですかぁー!!」
どっ、馬ゾリの中から笑い声が上がる。ロクに交流していない騎士も多いのに、どうして私=暴れん坊という共通認識があるんだ。とんだ誤解である。
子爵邸の門が開く。ピシ、パシ、と小気味いい音が響き、馬が歩き出す。
はればれとした表情の戦士達は、敬愛する女帝と守るべき故郷のため、武器をたずさえて意気揚々と出発していった。
つづく




