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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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なんてロマンスでしょう!

 当時、あらゆる武術大会で優勝をかっさらい、サイカ国の老若男女から絶大なる人気を誇った若き天才『姫騎士』イーリア・ペテルは、大規模なオースト侵攻を前にして栄えあるサイカ国騎士団長に任命された。つまり、戦の旗振り役として抜擢されたのだ。


 将としての力量を評価されたというよりは人心を集めるための登用ではあったが、それでもサイカほどの大国で弱冠十七歳の少女が騎士団長に任命されるという異例の人事は、センセーショナルな出来事としてサイカ国内のみならず国外の話題をも席巻した。


「すげー、リアおばあさまかっけえ!」

「ふふふ、そこで終わらないのが『姫騎士様』の武勇伝なのよ」

「何ですか何ですか!?」

「おしえて母さま!」


 少年二人と私はミリナ先生のおはなしを並んでワクワクと聴いていた。同じテーブルにはエビタイとマヨ、カズもいる。


「なんと、侵攻に行った先で敵だったお義父様に惚れ込んで、そのまま押し掛け女房になってしまわれたの!」


 ええーっ!! きゃーっ!? ミリナの語りが上手なので大盛り上がりだ。


「当時、サイカ国内では国賊として大いに叩かれたらしいけれど、サイカ国と争ってきた国々ではますます『姫騎士』の人気が高まったそうよ。かの『別格』サカシータ一族の若君と、剣に愛されたサイカの天才女騎士様の恋! なんてロマンスでしょう! ああ、私も同じ時代を生きたかったわ!」


 シャララーン、推しを語るミリナの背景に美麗な花のイラストが見える。


「うーん、当時の婚約者や婚約者候補の皆さんはさぞ悔しかったでしょうねえ、あの爆裂美女と結婚できなくって」

「それはそうよ、たくさん恨みも買ったと思うわ、お義父様が」

「!?」


 カーテンの膨らみがギクッと震えた。


「だって、イーリアお義母様ったら、ブルグ家の至宝とも呼ばれ、王太子や公爵令息からもアプローチを受けていたと噂のあったザラミーアお義母様までお連れになってしまわれたのよ。当代きっての華を一度に二人も失って、当時のサイカ国社交界では悲しみにくれる方も多かったことでしょうね」


 嗚呼、と嘆くミリナである。オーレンが恨まれても仕方ないとばかりに。


「おじいさますげーな!『とーだいきってのはな』がふたりもツマになっちゃったんだ!」


 まさに両手に『華』だ。そんな贅沢者はなかなかいまい。カーテンがブブブと震えているが、あれは照れているんだろうか。


「ふふっ、君達のお祖父様はモテモテだねえ」

「うん! カッコいいからしょうがないよ!!」

「へへっ、ゴーシ様のおじいさま推しは揺るぎねえな」


 カーテンの方はより一層揺らいでいるが、あれは孫に褒められて感動しているんだろうか。


「すごいなあ、ぼく、二かいもけっこんできるかな…」


 顔を赤くするイリヤに、その場の大人達は顔を見合わせてニマニマしてしまった。


「お詳しいですねミリナ様。深緑の猟犬ファンの集いでもここまで語れる会員はなかなかおりません」


 ファンの集いを自称する秘密結社幹部『執行人』が恐れ入ったとばかりに一礼する。


「まあタイタさんったら、私が詳しいのはお義母様方のことだけよ。『姫騎士』を題材に書かれた本は、父が昔、知り合いの貴族から贈られたとかで我が家に一揃いあったの。オースト語の本じゃなかったけれど、辞書片手にページが擦り切れるほど読んだわ。おかげで公国語はまあまあ読み書きできるようになったのよ。ふふっ、懐かしいわね」


 公国語、とはメイヤー公国の共用語だろうか。

 かの国は現オースト王の王妃エレミリアの祖国であり、宗教国家でもある。エレミリアの実子で第二王子サーマルは、王妃の命令により三年間公国に留学させられていた。三年もの間、遊べない、街にも行けない、新聞さえ読ませてもらえないという禁欲生活を強いられたらしいが、結局『神徒』の素質はなかったらしい。サーマルのその後の所業を擁護するつもりはないが、その生活から解放されてはっちゃけたくなる気持ちは分からんでもない。


「それは羨ましい限りです。我が家にはそういった物語本などはあまり……」

「タイタさんのお家は教育熱心であられたようですものね。それに加えて、オースト国とサイカ国の間で盟約が結ばれて以降、姫騎士様の本は入手が困難になったとも聞いているわ。我が家にあったのも幸運が重なっただけよ。あの本も、売られたか捨てられてしまったかしら……」


 物憂げに目を伏せたミリナを、作戦会議中のザコルが振り返る。


「イリヤにも読ませたかったのだけど、惜しんでも仕方ないわね。何百回も読み倒しておいてよかったわ、実はそらで書き起こせるくらい覚えているのよ。いっそ、ミカ様のように写本を作ってみようかしら!」

「それはようございますね。せっかくですから、オースト語の翻訳本を書かれてみては。ご当人様方がお側におられるのですから、きっと原本よりも詳しい本が書けましょう」

「確かに…!!」


 にま、とタイタがちょっとだけ悪い顔をした。珍しい。出来上がった本を読みたいとか、ファンの集いに流そうとか、そんなことをたくらんでいるのかもしれない。


「今日もミリナ様が楽しそうでよかったなあ…」


 つぶやいたのはマヨだ。

 イアンの屋敷におけるミリナ奪還作戦は熾烈を極めたらしい。それ以前から、何年もずっとミリナとイリヤを心配してきたのだろう。


「先輩も楽しそー。死んだ目で一緒にパソコンいじってた人とは思えなーい」

「なんか氷姫様って、少年だったり少女だったり弓兵だったり拷問官だったり、色々と忙しい方ですよねー。さっき泣いてたのももはやそういうプレイ? みたいな」

「言えてますぅ」

「ちょっ、さっきは混乱して本当に泣けてきちゃったんですよっ!! プレイとかじゃないから!!」


 人をファッション変態みたいに言うなと、私はギャルと弓兵女子の間に割って入った。




つづく

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