一目惚れですって奥さん
げっへっへ。
盗賊団みたいな四人の登場にカズがプフ、とかわいらしく吹き出した。
「あっは、なんか一気に治安悪くなったんですけど。ここソロバン塾じゃなかったんですかぁ?」
「なぁに言ってんだカズちゃん、このメンツでお勉強なんざ成り立つワケねーだろ。ロット坊ちゃんとマヨが、いやマヨ様がいんだぞ。計算どころか数字書けるかどーかも怪しいってなもんよ」
「バカにしてんじゃないわよビット!! ソロバンくらい秒で習得してやるんだからっ」
「そーですよ流石に数字くらい書けますよビット隊長!」
ロットとマヨが抗議の声を上げる。
「ちょっとビットさん、一応ソロバンもやりますよ。今日はやりませんけど」
「やらねえのかよ!」
がはははは、ゴロツキどもが笑う。
本日、ここはソロバン塾のていを装った例のイタズラ総本部である。
「コードネームが『花』っつうのも粋だよなあ」
「そんなお上品な作戦にゃ参加したことねーぜ!」
「シータイに帰ったらバットやガキ共に自慢し倒してやるしかねーな!」
がはははは。
「故郷に帰ったらアレするんだ、はフラグなので禁止です! いいですか、みんな無事に帰ってこないと私がずーっと泣きますからね」
「おお、そりゃ気を引き締めねえとな!」
「聖女泣かしたら村八分にされんぞ!」
「バチも当たらあ!」
やべーやべー。一応秘密会議なのだが、ゴロツキ達に忍ぶ気がなくて大騒ぎである。これ、完全に筒抜けなのでは…。
「ロット兄様。開会の挨拶を」
「あ、そうね。あたしが首謀者だったわ」
ザコルに言われるまで自分が中心人物であることを完全に忘れているサカシータ騎士団団長様である。職は謹慎中だが。
「コホン。えーっと、我々はぁ、長年アカイシの国境警備に身を投じぃ、朝も夜もなく宿敵共と戦ってきたー。しかし、繰り返される攻防にぃ、ついに終止符を打つ時がやってきたのだぁ。この冬、我々は打って出る。覚悟はいいか野郎共ぉ!!」
うおおおおおおおおおおおおお
ゴロツキ達はいっそう盛り上がった。騎士団長がカンペを持っていることに一切疑問を感じていない団員達である。
「……あのカンペ、あんたが用意したの、中田」
「そうでーす」
ブイブイ。いきいきしている。やはり後方支援職の方が向いているようだ。
「はーっ、一仕事終えたわ。で、どこを潰せばあの山賊もどきがいなくなんのよザコル」
「お疲れ様でしたロット兄様。ミカ、お願いします」
「はいはい」
私は、カバンから一枚の地図を取り出して広げた。隣国のざっくりとした地図である。もちろんテイラー家所蔵の文献から写してきたものだ。
「あら、便利なもの持ってんじゃないミカ」
「便利を通り越して物騒だな。流石は異界娘だ」
「さっきまでグズグズ泣いていた女がどうして隣国の地図など持ち歩いているんだという疑問は誰も呈さない感じか。そうか」
サカシータ兄弟を始めとした武人達が地図をのぞき込む。
「……うちにある古い地図とは、地名の位置や輪郭なんかが全然違うわね」
「そうですねぇ坊ちゃん。こりゃあ、王都の位置も違ってねえですか」
騎士団長と子爵邸警備隊隊長が眉を寄せた。サカシータ家でも隣国サイカの地図は持っているらしい。
「どっちが正しいのよ、ザコル」
「もちろん、こちらの地図の方が新しく正確です。しかも詳細ですね」
これで正確かつ詳細な方なのか…。日本で目にする地図と比べてはもちろん、オースト国内の地図に比べてもかなりのざっくり地図なのだが。それだけ、他国の地図を入手するのは難しいということなのだろう。
「ただ、この地図にも誤差はあります。例えばサイカの王都の西にあるこの村ですが、実際は都の東にあります。それからこのあたりは森とありますが、最近伐採が進んで半分ほど坊主になっています。コマ、他にあるか」
ザコルは腰ベルトのポケットからコインを取り出してヒュッと投げた。パシ、とそれを受け取ったコマが壁から背を離し、地図の前にゆっくり歩み寄る。そして地図の上にトン、と指を置いた。
「……ここは街道が拡張されてる。人けのない荒野だったが、拠点の一つくらいできたかもな」
「街道といえば、アカイシの方にも道を延ばす計画があったはずだが」
「あれは進めてた地方貴族が失脚して頓挫した。王都で暮らしてる貴族どもは成果のねえアカイシ攻めに否定的な奴も多いからな。余計な国税を使うなとすぐに足を引っ張られる」
ジーロがふむ、と頷いた。
「ジークの使者よ。ペテル家はどっちだ?」
「どっちとは」
「アカイシ攻めに積極的かそうでないかだ」
ジーロも懐からコインを取り出してコマの前にスッと置いた。コマはそれをスッと取って自分の懐に入れた。
「あいつらは表向き王都の保守派に擦り寄ってやがるが、その失脚した地方貴族とも取引していたはずだ。だが今回も取り潰しは免れた。とにかくしぶてえのがあの家の強みだな」
「ははは、とにかくしぶてえのか。俺達もその血の特性は生かしてゆかねばな」
イーリアの実家であるペテル家の血を継いだ次男、三男、六男が三人してニッと笑った。
ザコルとコマは話を続ける。
「コマ、現在もアカイシへ人を遣り続けているのはサンクト辺境伯の一派で間違いないか」
「ああ。四十年近く前のオースト侵攻で、国の騎士団とともに兵を挙げた奴らだな。現サンクト辺境伯は当時の姫騎士団長の婚約者候補でもあったはずだ。なあ、木偶よ」
「そ、そうですたぶん…」
カーテンの膨らみが遠慮がちに返事をした。本日のオーレンはあのまま会議に参加するつもりらしい。一体何を恐れているんだろう……ギャルか?
「姫騎士団長、つまり義母上の婚約者は宰相家の次男だったはずでは?」
「何人かいた候補の中で、宰相家の次男? って人がリアの婚約者に決まったんだと思うよ。たぶん……」
たぶんかよ、と息子達が胡乱な視線をカーテンに送った。
「だ、だって、元婚約者の話とか、リアは僕にしてくれないんだ!」
「ま、そりゃそうよね」
「あの母にも、夫に過去の男の話をしないくらいのデリカシーはあったのだな」
「あれで一目惚れらしいからな」
一目惚れですって奥さん。ミリナと目が合って、私達はキャーッと小さく悲鳴を上げた。
つづく




