兄様が一緒に考えてやるから、な?
そんじゃーゆっくり邸の中に戻りますかね、とぼちぼち歩き出す。
滑り台でゴネていたリコも、同志達も、ローリとカルダももうそこにはいなかった。もっとも、ローリとカルダ含む同志達はどこか遠くの藪か樹上に潜んでこちらを観察しているかもしれないが。
「コマさんは子爵様とどーいう関係なんすか」
「てめーに話してやる筋合いはねえ」
「いーじゃないすか教えてくれても」
「うるせえついてくんな金髪」
「じゃーオーレン様教えてくださいよお」
「えっ、えーっと」
時に配慮とか忖度とかまるで無視できるのがあのチャラ男のいいところである。彼のキャラとコミュ力によるところが大きいので真似は難しいが。
「ミカ殿。ご体調はいかがですか」
「良好だよタイちゃん。ていうか、ちょっと近くない?」
「しばらく忖度などするのはやめようという試みです」
「そっか……」
私は、ものすごく近くを歩きながら直接触れないという、非常に器用な歩き方をしているタイタを見上げる。ニコニコしている。彼が忖度をやめるとこの距離になるのか…。
「サゴちゃんは気配もなく後ろピッタリついてくるのやめてくんないかな」
「えーっなんで俺にだけ文句言うんですか!?」
「いや、普通に近く歩いてくれていいから後ろに張り付かないでって言ってるんだけど」
「タイタもサゴシも、僕がいれば充分なので離れてください」
「危険人物は黙っててくれます?」
左にザコル、右にタイタ、背後にサゴシ。私のパーソナルスペースが満員電車並みに狭い。普通に歩きにくい。
「兄貴ぃ、もっとすげーヘッドドレス編んでくださいよ。バッチリ俺らの姫様だぜってモロ判りな感じのやつをよお」
へっへっへ、エビーは子爵邸警備隊隊長の真似だろうか。いい感じに下卑た笑いである。
「名案ですね。ミカの髪は僕のテリトリーで間違いありませんので」
「違ぇーよ、俺らの姫様だって主張すんだぞこの変態執着大魔王が。テイラー家の紋章入りとか編んでくださいよお」
「それは主の許可がいるのでは」
「手紙は出しますけどどーせ許可降りるんで先に編んじまえばいいんすよ。万が一出なかったら帰るまでにほどけばいーっしょ」
「ふむ、エビーには真面目に悪さをする才がありそうですね」
いつの間にか、テイラー勢と山の民で私を取り合う構図になっている。
ザコル以外は私の母親がツルギ王朝の王族っぽい名前を持っていることなど知らない、または知らないことになっているのでこの反応は仕方ないのだが、あまり過激なことは言わせたくない。何をどこまで打ち明けるべきか……。
ぽんぽん、とザコルに手の甲を撫でられた。
「気にしいは禁止です。勝手に争わせておけばいい」
「そーそー。モテる女はツラいすよねえー」
「もーっ、揶揄わないで! あと三角巾とヘッドドレスは同時に着けられないから別のものにしてください!」
ザコルとエビーは顔を見合わせ、ふはっと同時に吹き出した。
「注文つけてくんのウケるっす」
「だって、どっちを着けるかでまた悩むことになるやつだもん!」
「確かに。ではテイラー家の紋章を編み込んだストールかマフラーにでもしましょうか。作ったことはないですが多分できます」
ユーカ達がいるうちでよかった、と編み物マシンは頷いた。
遅くなってしまったのでその足でソロバン塾に向かった。扉を開ける前から騒々しい声が聴こえてくる。
教室に入ると、案の定サカシータ兄弟の出席番号二番と三番と六番と、三番の嫁と六番のカノジョがソロバン片手に騒いでいた。教師が来たというのに全然静かにならない。
そのうちの二番が私の方に向かって鷹揚に手招きする。
「異界娘よ。待ちかねたぞ」
生徒の態度ではないが、あの生徒はこれが通常運転である。
「ジーロ様、これ見てください」
私は、指摘される前に切り出した。トラブルがあった時は相手が気づく前に報告するのが鉄則である。
「これ? 何だ、その頭巾のことか? どれ………………」
ジーロは私が指した三角巾の刺繍を見て真顔になった。
「あらその頭巾、コマに返してもらったのねえ。やっぱそれがないとミカって感じしないわ。ねえ、カズ」
「あは、相変わらず座敷童っぽ。完全アイコン化してますよねぇ。影武者も全員着けてたしぃ」
シータイに屯留していたオネエとギャルは呑気に笑う。
「おい、これは『本物』か?」
「本物? そうね。コマがミカに借りてたのは本物だけど、他の影武者はテキトーな深緑の布かぶってただけでニセモノっちゃニセモノだったわ」
「うちもニセモノ持ってますよぉ、アメリアちゃんが刺繍してくれたやつぅ」
カズはポケットから大判のスカーフを出して頭にかぶってみせた。
「そういう意味ではない。この刺繍は、ツルギの王族筋で未婚の姫だけに許された紋様だ」
『えっ』
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「どうして、貴殿がこれを着けている?」
やっぱり怖い顔になった。彼こそは聖域に下界の異物が混入することをよしとしない、番犬の中の番犬である。
「山の民の長老様に着けるようにと勧められたんです」
「はあ? チベトが勧めただと!?」
ツルギの女王を呼び捨てである。彼は熟女をすべからく自分の女だと思っている節がある。
「貴殿、下手な嘘はつかんほうがいいぞ」
「嘘じゃないです。最初に勧められたのは、モナ領都チッカで、長老様と山の民の子達が営んでいた古着の屋台です。たまたま彼らの装いに興味をもって店に行きました。邪教や王弟に追われてたし変装にも使えるかと思って、そのあたりも正直に話して、子供達にいくつかコーデを選んでもらいました。そしたら、この頭巾も合わせるといい、っておばあちゃ…いえ、長老様が出してくれて」
「あのチベトが、初対面の女にこれを……?」
半信半疑、いや二信八疑といった表情だ。無理もない。
「次に勧められたのは、シータイでしばらく過ごした後のことです。水害直後は怪我人の手当てを手伝ったり包帯煮たりしてたのでそれこそ三角巾代わりに着けてたんですが、やっぱり本物の山の民の前でそれっぽい格好をするのは失礼かなって思って外したんです。そしたら長老様が、私が勧めた頭巾は着けてくれないのかい、っておっしゃって、頭巾を、自分の手で私の頭に被せてくれました」
「……………………」
ジーロは黙って私の瞳をのぞき込んでいる。本当かよ、と顔に書いてある。うっ、と急に何かが込み上げる。
「ジーロ様…っ、私どうしたらいいと思います!? もうわかんないんですよおおお」
「ああ、泣くな泣くな、疑って悪かった。兄様が一緒に考えてやるから、な?」
わーっと泣いてしまった私に、怖い顔をしていたお兄ちゃんジーロは眉を下げた。
つづく




