やっぱりうちの子天才なのかな!?
翌日。
早朝鍛錬では久しぶりに同志向けの猟犬ブートキャンプが開催された。
同志とはつまり、深緑の猟犬ファンの集いの会員のことである。彼らはザコルがシータイでの鍛錬の時に勧めた護身用の武器『十手』を揃いで持ち歩いていた。今は一糸乱れぬ動きで振っている。なかなかの迫力である。
「ねえ、領外の人が十手を使ってくれてるよ! ねえミカさん!」
「はい。おたくの息子さんが、武器を持ったことのない人でも扱いやすいからって皆さんにおすすめしてました」
「やっぱりザコルが!? あの子十手術なんて使えたんだね!?」
「大概の動きは見れば体が勝手に覚えるって言ってましたよ」
「へええ知ってたつもりだけどやっぱりうちの子天才なのかな!?」
「天才だと思います」
「そこ、集中できないので黙ってください」
はーい。お父さんと変態お姉さんは黙って推しを見守ることにした。
「おい、姫」
『わっ』
背後に突如現れた気配に、私とオーレンは同時に飛び上がった。
「わわわわわわわわ」
「落ち着いてくださいオーレン様! もーっ、びっくりさせないでくださいよコマさん!」
「フン、相変わらず気配察知はまだまだだな。そっちの木偶は何十年進歩してねえンだ。シータイの領境にいた奴の方が万倍は厄介だったぞ。なあ、当主サマよ」
にいい…。美少女風の人は、そのかわいい顔を意地悪そうに歪めて笑った。台無しになるかと思いきやかわいい。意地悪かわいい。結論、何しててもかわいい。ずるい。
「えっと、オーレン様との馴れ初めを聴かせにきてくれたんですか? それともシータイでコマさんを最初に捕まえた厄介な人の話?」
「へっ、そんなどーでもいい話するわけねーだろが。お前に稽古つけてやろうと思って声かけてやっただけだ」
「わーいやったあ!」
「ど、どうでもいい話……」
雪の上をぴょんぴょん跳び回る私の横でオーレンは脱力した。
雪を踏み込み、身体を逸らし、迫り来る短剣の猛攻を避ける。
合間を縫って繰り出した短刀が、朝の冷気を切り裂いた。
振り抜いた時の隙を狙ってすかさず攻撃の手が突き出される。
間一髪で避けて雪に手を差し込み、一瞬のうちに蒸気へと変える。
不透明になった空気を再び切り裂く。
切り裂いた向こうに、ニヤリと笑ったドールフェイス。
「魔法で目眩したあ、やるじゃねえか!」
「恐れ入ります!」
ヒュッ、パッ、キン、ザッ、ヒュッ……
絶え間なく続く鋭い音と肌を掠める風圧。
自分の口角も徐々に上がっていく。
「楽しい!」
「相変わらずイカレた感性してやがんなあ!」
しばらく楽しくやり合っていたが、シュッと背後に回られ、ぴたりと首筋に刃を当てられた。
「参りました……はあーっ、今日も一撃入れられなかったぁ……!」
「百年早えんだよ」
ケッ、と吐き捨ててコマは短剣を下げた。
「異次元すぎる…」
「おうピッタ、てめえも短剣持てよ」
「ちょっ待っ待っ」
ジークの工作員はモナの工作員に稽古をつけ始めた。
「コマさあん、次は俺に稽古つけてくださいよお」
「では俺はその次に」
「ウチもウチもー」
テイラーの騎士とチートギャルが順番待ちしている。
「コマさあああん今日も最ッ高にカッコカワイイぜえええ!!」
野太い声援を送るのはサカシータの関所配属騎士(シータイ町民)だ。
「ふふっ、大人気。カリーの工作員も挑んできなよ」
『ヒョッ』
私の近くに控えていたローリとカルダが飛び上がった。
「さあて。私は弓でも射るかなあ」
「お供しやすぜ氷姫様!」
「ふふっ、マヨ様がゴロツキテイストに」
マヨは、昨日の宴で全て調理済みとなってしまった鶏の代わりに、振り子式の的が用意された場へと案内してくれた。
「ちゅー、ちゅーやる! もっかい!」
「もう終わりよ、散々滑ったじゃない、ゴーシとイリヤ様はそろそろお邸に戻られるって言うから、ほらリコ!」
「ちゅーもっかいやるのおおおお」
「わかった、わかったからもう一回ね!? 本当に一回だけよ!?」
リコが『ちゅー』と言うのは、私が作った氷の滑り台をシュー、と滑る事を指している。
ザコルが鍛錬のタイミングで魔法を消費する習慣を作ってはどうだと提案してくれたので、とりあえず大型遊具を氷で作ってみたらリコが大喜びしてくれた。
昨日作ったスケートリンクは、さっきまでゴーシとイリヤが若い騎士達を誘って遊んでいた。昨日も休憩や非番の時間を利用して騎士や使用人が遊びにきていたようで、氷面は既に滑り傷だらけとなっていた。
ザコルはまだ同志達への個人指南中だ。エビーとタイタはローリとカルダを相手に手合わせしている。
「今のうちに、表面均しちゃおっかな」
私は一人、リンクの氷面に足を降ろして滑り出す。ただの靴、しかも滑り止めのついた靴でうまく滑るにはコツがいるのだが、シータイで散々遊んだ私にはお茶の子さいさいである。
スイーッと滑りながら氷面に魔法をかけ、上からほんの数センチ分を溶かして濡らしていく。濡らした表面は魔法で凍らせるまでもなく、気温と土台の氷の冷たさによってすぐに再氷結していった。
リンクから上がると、コマが立っていた。
「堂々と派手に使ってやがんな……」
「はい。昨日、魔力過多で事故を起こしかけまして。やっぱりまとまった量を使わないとダメだねって話になって」
「返す」
コマがおもむろに投げてきたのは、シータイにいる間、私が好んで着けていた三角巾だった。元は山の民の古着で、チッカの屋台で山の民の長老チベトに勧められて買ったものだ。当時は変装アイテムに丁度いいと思って買ったんだよな。
「じゃあ、これもお返しします」
私はコマのために編んだニット帽を差し出した。彼はパシッと受け取ってすぐにかぶった。私も緻密な刺繍の入った深緑色の三角巾を髪にのせ、紐を首の後ろで結ぶ。
お互いのトレードマークを返還し合い、影武者生活は一旦終了である。
「ミカさん、それ」
「オーレン様?」
オーレンも普段から気配を消す癖があるが、コマと違ってわざと驚かせようとはしてこない。私は落ち着いて振り返った。
「その三角巾だけど、何て刺繍されているか知ってるのかい? この辺りに伝わる古語で、話せる人も年々減ってはいるけれど、君なら読めるだろう」
「はい。ツルギの子らに光を、って言葉が図案化されてますよね。この『目』っぽい柄とか魔除けっぽいし、ツルギ山のお土産にぴったりです」
どんなマイナー言語も、翻訳チートの前ではひらがな同然なのである。
「言っとくけどそれ、お土産屋に売ってるペナント的なものじゃないよ」
ペナント。昭和時代に流行ったという、三角旗に地名や名勝などが織り込まれた定番のお土産品である。祖母と暮らしていた家の二階にたくさん飾ってあった。誰の趣味かは知らない。
「ペナント、じゃない…?」
なんてこった。ただの山の民っぽアイテムではなかったのか。
「小鞠。君は気づいていただろう」
オーレンは少し咎めるような口調でコマに物申した。もう怖がらなくていいんだろうか。
「さあな。縁もねえ土地の土着信仰なんぞに興味はねえんでな」
「こまり?」
聴き流しそうになった単語を拾う。
「その名は口にするな。俺はただのコマだ」
「あ、やっぱりコマさんのことなんですね。こまり、小鞠。え、かわい」
「呼ぶなっつってんだろボケ死にてえのか」
ヒュンヒュン、雪玉が飛んできたのでシュシュッとかわす。
「仲良しだね君達…。僕、小鞠にも謝らないといけないことがたくさんあるんだよ…」
「うるせえ、その名を出すなっつってんだろこの木偶が! 相変わらずうじうじと鬱陶しい野郎だぜ」
「うっ、うわあああんなんで木偶とか鬱陶しいとかそんなことばっかり言うんだよおお」
びえーっ。
「コマさんは悪口がデフォですよオーレン様。たぶん愛です」
「てめーもうるせえんだよ脳内花畑が!!」
わーわーわー。
ガッ。
騒いでいたら、急に腰を掴まれて足が宙に浮いた。
つづく