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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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春一番に咲く花を、あなたの一番大事な人へ

「ミカ」

「イーリア様」


 私はゆっくりと顔をあげ、年齢不詳、金髪碧眼のド迫力美女へと視線を定める。


「そろそろ教えてはくれないか。皆、私やザラミーアには隠すのでな」


 騎士も使用人もオーレンも口を割らなかったらしい。妻達の追求に耐えたということか。


「ええと」


 私が首謀者ではありません、と言えたらどんなに良かったか。

 ちら、とロットの方を伺う。ロットはどうやって天井から引きずり降ろしたのか、マネジを捕まえてジーロと一緒に絡んでいた。あやつら……。


「…コホン。もう隠してはおけませんね。私の母国には、母親に日頃の感謝を伝える日というのが春頃にあるんです」

「母親に感謝を?」

「はい。母の日と呼ばれているんですが。皆さんはその準備をしているんです、お母様」

「ほう? して、具体的に何を準備しているのだ」


 誤魔化されてくれなかった。しかし今白状するわけにはいかない。というか私から伝えるのも違う。あと会場に間者が多すぎる。


 ぴっ、私の隣で挙手する人がある。


「義母上。一つ白状することがあります」

「何だザコル」

「以前、野暮用で遠出をする機会がありまして。たまたま義母上にゆかりのある家の前を通ったので、山で拾った鳥の死骸を投げ込めるだけ投げ込んできました」


 ぶーっ、後ろで数人がワインを吹き出した。


「は……?」


 イーリアが目を丸くする。


「すみません、出来心で」


 ぶっふぁっ、げふっ、げほごほ。ビットが咽せた。


「その年は、オースト国でもよく鳥が死ぬ年だったんですよね」


 鳥インフルでも流行っていたんだろうか。


 そんな感染の危険しかない骸を集められるだけ集めて投げ込むだなんて、病を恐れぬサカシータ一族にしかできない嫌がらせである。もはや細菌テロだ。ちなみに、細菌という概念はこの世界にはまだない。


「ザハリの件ではせっかく義母上に庇っていただいたというのに、僕はやはり噂通りの残忍で残念な息子のようです。ですがまあ、時効でしょう。僕の懺悔は以上です。それとは別に義母上に訊きたいことがあったのですが、質問してもいいでしょうか」

「あ、ああ」


 まだ混乱しているのか、鳩が豆鉄砲を喰らったままみたいな顔をしたイーリアが曖昧にうなずく。


「子供の時分、大切にしていたものは何ですか」

「子供の時分?」


 んん、とイーリアは素直に考え込み、ふと目を見開き、そして物憂げに臥せた。


「……亡くなったお母様のくださった、オルゴールが一番の宝物だった。父に叩き壊されてしまったが」


 ぽつりとこぼした、彼女らしくない感傷のにじんだ言葉。


「それはどのようなものですか」

「七宝の細工が施された、美しい宝石箱だったよ。後妻だった母が遺したものはほとんど兄達に捨てられてしまって、残ったオルゴールさえも父の命令を拒んだために目の前で壊され、ひしゃげた箱を礫のように投げつけられた。咄嗟に中に入れいていたものだけ掴んでポケットに入れ、控えていたザラミーアだけを連れて外に飛び出してそれきり、あの家には戻らなかった」


 イーリアは何を命令され、拒んだのだろう。


「その中身もお祖母様の形見ですか?」

「いや。持ち出したのは何の思い入れもない、形だけの婚約者がくれた耳飾りとネックレスだった。夜会で財をひけらかしたいだけの、重たい台座と大きな石。どうしてよりによってあんなどうでもいいものを持ってきてしまったんだろうな。まあ、石を外した台座だけでも売り払ったらいい金にはなった。石は当時、好事家の間で話題になったものだったのでな、売るに売れず未だ手元にある。誰かにやりたかったのだが、大きすぎる石はいらんと皆に断られてなあ」


 ふっ、とイーリアが私の方を見て微笑む。


「ミカ、あなたのために仕立て直してやろうな」

「えっと、私も大きすぎる石はちょっと」

「そうか、それは残念だ」


 大きすぎる以前に何か怨念がこもってもいそうである。

 私なら、イーリアのような爆裂美女に婚約破棄などされたら一生引きずる自信がある。どんな相手か知らないが、そこだけは彼女の元婚約者に同情してしまった。


 ちら、ミリナやマヨの方を見たら、私に同調するように頷いていた。多分同じように勧められたことがあるのだろう。


「では、その石は僕が預かります」

「ザコル、お前が?」

「はい。石には念が込められがちだそうですので。そんなものを持っていては義母上の障りになるだけです。婚約していたのは、当時の宰相家の次男ですよね」

「そうだが、どうしてそんなことを知って」

「僕の持てる伝手を使ってお返ししておきましょう」


 にこぉ。


 あ、これ兄を使って直接叩き返させるつもりだ。礫にでもするつもりか?


「お前の上司、第一王子殿下にでも頼んで返還させる気か? しかし、国外へ持ち出したことは一応公にはなっていない。最悪国際問題になるやもしれんぞ」


 国際問題になりそうな大きな石を私に着けさせようとするのはやめてほしい。いつぞや話に出てきたエメラルドのことだろうか。


「義母上も母上も、心配は要りません。僕達が宝石箱に代わる宝物をご用意してさしあげますから」

「宝物? そんなものは手元にあるさ。だから」

「義母上が家族や領民を宝のように思ってくださっていることは、ここにいる者全員が知るところです。ミカから母の日という慣習の話を聞き、ぜひ我らも偉大なる母に恩返しをと考えるのは自然なことでしょう」


 母の日の話はさっき初めてしたのだが。この人、嘘が上手くなってきたな。


「ミカ、ニホンでは母の日に何をするのですか」

「カーネーションという花を贈るのが定番です。布を贅沢に重ねたフリルのような花なんですよ」

「そうですか。あなたと姉上が作った、あの布の花のような?」

「ええ。すっかりバレてしまいましたね」


 嘘ばっかりだ。私が造花作りを企画したのは、伯爵家に持たされた『小遣い』を滞在先の地域に還元したいためである。


 ざわ、ざわ。

 私達とイーリアのやりとりを周りが固唾を飲んで見守っている。ロットはジーロに口を押さえられている。余計なことを言わせないようにだろうか。首謀者なのに…。


「春までに、こちらの領都を花でいっぱいにして驚かせようと思っていたんです。お母様達へ、愛と感謝を伝えたくて」

「ああ、ミカ。そなたはどうしてそういじらしいことを」


 イーリアが眉を下げる。


「ミリナ様、ララ様、ルル様にもご協力いただいているんですよ。お孫さん達もそのために縫い物の練習をしてくれています。領都中の子供達の手も借りて、冬の街に一足早い春を届けるんです。春一番に咲く花を、あなたの一番大事な人へ。ってね」


 嘘ばっかりだけどいいキャッチコピーできた。広めれば多少の販売促進にはなるだろうか。ネーミングは『一番花』ってとこだな。


 ふごっ、どこかで漢泣きしているっぽい声がする。

 まあ、これで誤魔化し切れるとは一つも考えていないが、少しの間だけでもそういうことにしておいてほしい。私はそう願いながら目の前の『お母様』を見つめた。




つづく

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