そのマインド見習っていきてーっす
来たばかりのゲスト達をみな風呂に案内し、私達も勧められて皆より先に入浴を済ませた。
ザコルと脱衣所で世話をし合うのも、ここ数日で恒例化しつつある。
「大丈夫ですか」
「大丈夫くないです」
「素直ですね」
「だって、私ザコルが必要なので。甘やかしてくれないと困ります」
「……そうですか。意地悪を言ってすみません」
すり、よく拭かれた髪に頬を寄せられる。
正直、魔力の暴走を起こした時の焦燥感はまだ落ち着いていなかった。頻繁に思い出しては内臓がひゅっと浮くような感覚と動悸が襲ってくる。
魔力過多は幾度となく起こしてきたが、勝手に魔法が発動したのは初めてだった。ダイヤモンドダストで誰も凍傷など起こさなくてよかったし、ダイヤモンドでなく、足元の雪が勝手に溶けたり湧いたりしたらもっと大騒ぎになっていたかもしれないとも思う。
「魔法を使えない時や魔獣がそばにいない時は僕にください」
「そうします」
「素直ですね」
「あなたしか頼れないので……すみません」
「謝らないでください。不謹慎ですが、僕はその方が嬉しいです」
背後の人は心底嬉しいのか、私を後ろからぎゅっと抱き締めた。
「でも、できればザコルも自分の魔力を使えるようになってください。貯めるばっかりじゃ、今度はザコルが魔力過多になっちゃう」
いつだったか、私が魔力を渡しすぎたせいで、ザコルから魔力が漏れ出ていると忠告してくれたのもシシだ。従僕見習いに扮していた第二王子サーマルも『何か魔力がおかしかった』と証言している。
「使えるようにとは、どのように?」
「あなたは魔力から闇の力を生成できます。サゴちゃん風にいうなら魔法士の端くれなんですよね。何とかして安全に放出できないものか、魔獣とコマさんに訊きましょう」
「コマに? ですが、コマには安易に漏らせません」
「今更ですよね。ザコルも気づいてるんじゃないですか。シシ先生はよく分かりませんが、あのコマさんが闇の力に関して完全に無感知なはずないって。絶対何か知ってますよ。尋問は得意でしょ?」
「…………あなたも容赦がないですね」
「覚悟を決めたんです」
ふ、と背後の彼は呆れ混じりに笑った。
大事な人を本気で守りたいのなら、甘っちょろいことを言っていてはダメなのだ。
遅れて会場、もとい道場へ行くと、何枚も敷かれた絨毯の上に関係者が座って酒と食事を楽しんでいた。
一昨日のパーティとは趣が違うし突貫で開いた感じも否めないが、これはこれで日本の花見や地域の祭りのようなワクワク感がある。
中央には完全に出来上がったイーリアと酌をするザラミーア、それを呆れたように笑って見守るオーレン、そしてイーリアからバシバシと背中を叩かれているゴーシ、兄様はすごいすごいと褒めちぎっているイリヤ、苦笑しながら一歩離れて見守っているララ、リコを追っかけているルル、という光景が広がっている。
私達に気づいたロットとジーロがこちらへやってくる。
「やっと来たわねミカ。ゴーシと場所変わってやってちょうだい」
「えっ、私があそこに!?」
「ああ、そろそろゴーシを解放してやろうと取り上げに行ったら、酔っ払いが『まだ褒めたりん』と大騒ぎしてなあ。他に褒める対象がいれば気も逸れるだろう」
「いやいやいやお孫さんには代われませんよ!! そうだコマさんは!? コマさんを酒の肴に献上しましょうよ!!」
「コマならあっちでミリ姉に絡まれてるわよ」
ロットが指差した方向を見れば、コマに物理的に絡みつくミリナと、隣で爆笑しているサンドとマヨの夫婦がいた。
「姉上もなかなかの酒好きだなあ」
「まあミリナお姉様ったら。私にはこれ以上嫁を作るなとおっしゃるくせに」
アメリアの真似をして口元を隠してそう言ったら、ぶふ、とその場の男達が吹き出した。
「にてる…っ、その眉の寄せ方までそっくりっす」
「それは例の妹御の真似か? 貴殿、令嬢のフリも堂に入っているなあ」
もったいなきお言葉、光栄でございますわと仰々しく一礼してみせると、ジーロもおどけて紳士の礼をしてみせた。野生人のクセに堂に入っている。流石はイーリアの息子だ。
「しかし、あれが『コマ』か。ザコル、お前の元同僚だろう、この世のものとは思えぬ美しさだ」
「ジーロ兄様がお好きな『歳上』ですよ。男と自称していますが」
「ふむ、父上とも知り合いのようだからな。歳上には違いないのだろう」
「あんなあからさまな『化け物』他にいないわよねえ。ミカが普通の人に見えちゃうもの」
「生まれながらの無駄イケ枠の人には言われたくないです」
「やあだ、本職の影並みに何でもできちゃう自称素人の魔法士には負けるわよぉ」
からから、ロットは手をパタパタさせながら笑った。今更だが、オネエの仕草って異世界でも共通なんだな…。
「せんぱぁい、一緒に飲みましょーよぉ」
ヒョコ、ロットの後ろからカズが顔を出した。
「いいよ。先に皆さんにご挨拶してくるね」
「えー、イーリア様に捕まったら長いですよぉ? しょーがないなぁー、ウチも一緒に行ってあげるぅ」
ぎゅ、カズはザコルに預けている手とは反対側の腕に巻き付いた。
「ナカタ、離してください。ミカには僕がいれば充分ですので」
「やだ。ウチには先輩が必要だもん。先輩の事情とか関係ないんで」
「つっよ。ギャル様のそのマインド見習っていきてーっす。タイさんもそー思いません?」
「そうだなエビー。騎士としてはともかく、『俺達』としてはカズ殿のお考えには非常に共感できる」
「あー……そすね」
エビーはおもむろに天井へと目をやった。気配を殺し、ゲストとは思えない体勢で天井に張り付き、推しと推しの一族を凝視……いや、勝手に見守る集団がそこにはいた。
つづく




