野次にも美学っつうもんがあるんだ
「ふへ、ザコルが離してくれない」
「嬉しそうに言うのはやめてくれますか」
「話に集中しなされ!! その耳は飾りですかな!?」
「ちゃんと聴いてますよう、みんなにも怒られたし反省してますって」
「それが反省しているという態度ですか! 大体あなた様は」
くどくどくどくどくど。
長くなりそうだな、と思いつつ、バレない程度に辺りをうかがう。イーリアは話があるのかコマを連れてどこかへ行った。あの巨躯のオーレンを片手に持ったまま……。なかなかの怪力である。
シータイから来た馬ゾリは五台か。……五台も出したのか? 商売で使う方はどうなっているんだ。同志の商会が持ち込んだものだろうか。
「聴いているのですか!!」
御者は誰だ、同行した同志達が自分で馬を操ってきたんだろうか。
「あっ」
見覚えのある顔に思わず声を上げる。あの三人は同志じゃない。
三人もこちらを見て顔を輝かせ、手を大きく振った。
『うおお、ミカ様だああ!!』
「わああ、野次三人衆だああ!!」
「話を聴けと言っているのに……!!」
野次三人衆とはその名の通り、主にザコルに向かって毎日元気に野次を飛ばしていたシータイ在住の三人組である。御者や護送にかかる人手として同行してきたらしい。
くだんの三人は手続き等が済むとすぐにこちらへ駆けてきた。
「フッ。あなたの野次三人衆が来ましたぜ」
キュピーン。
変なポーズでカッコつけた三人に、私とエビーとタイタまでもが『ぶふっ』と吹き出した。
「ふっ、ふふふふふ……っ、謎にイケボ……っ」
「くくっ、ツボ入った……っ、くくくく……っ」
「あ、あなたの野次三人衆とはい、一体……ッ」
私達は震えて動けなくなった。ザコルとシシはどうしてスンとしていられるんだろう。
「笑うんじゃねえぞ都会野郎ども。野次三人衆ってのはなあ、他ならぬミカ様が俺らにつけてくださった崇高なあだ名だぞう?」
「野次にも美学っつうもんがあるんだ。最近気づいたぜ」
「やいザコル様! 相変わらずミカ様を拘束……じゃねえ、独占しやがって! 離しやがれ!」
早速野次である。
「嫌です。今このクソ姫は主治医に叱られているところなので」
「そうかそりゃあ仕方ねえ!」
「またやらかしやがったんかミカ様は!」
「どうせまた働きすぎとかだろこのお転婆聖女!」
野次は私の方に向いた。
「やだなあ、全然働いてなんかないですよ。シータイにいた頃の方があちこち歩き回ってましたし。もー平和すぎちゃって今にもボケそうです」
「平和!? 死にかけた魔獣のために魔力をやりすぎて自分が死にかけた人間が何寝ぼけたことを…!!」
死にかけただあ!? と野次三人衆は血相を変え、シシの側についた。
野次三人衆とシシという、シータイにいた時でさえあまり見たことのない組み合わせが私を囲んで説教している。ザコルが側にいてくれるおかげもあるだろうが、シータイ滞在中にすっかり打ち解けた(?)男達に迫られても、もう足がすくむようなことはない。
…私も少しずつ成長というか、心にまとわりつく鎖の一本くらいは脱ぎ捨てられたのかもしれない。
突然、はらりと涙が落ちる。説教モードだった男達がサアッと青ざめた。
「どどどどうしたミカ様!? 怖かったですかい!? すまねえ、怒鳴っちまって」
「ふ、ふへっ、違うの、ごめんなさい、こ、こんなに真剣に、叱ってくれるんだなって、嬉しくて」
はらはらはら。
「なっ、何を今更、心配申し上げていたと言っているでしょう! それにもう魔力がどんどんあふれ出ている。だから涙も出るのです! 毎度毎度のことながらどうしてこんなになるまで放っておくのか!」
「町医者てめえ、ミカ様が魔力過多だって気づいてんのに何グダグダ説教なんかしてんだこの野郎!」
「だから、私はさっきからずっと言っている! 出迎えなど他の者に任せておけばいいものを。全く人の話を聴かない!」
「ど、どうせ、このあとお風呂いっぱい、沸かすから……っ、うぇっ、ありがと、叱って、くれて」
チカッ、チカチカ、目の前に星が飛び始める。やばい、魔力過多で頭に血でも登ったのか、いや、視界に星が飛ぶのは貧血症状では? と混乱する頭とは裏腹に、目の前の星はどんどん増えていった。あ、やばい。
「何でえ、この光は……」
「何かキラキラしてまぶし……雪?」
「細氷か? こんな夕暮れ時に珍しいなあ」
ぐっ、私を拘束していた腕に力が込められる。
「ミカ、ミカ!! やめろ、何をしている!?」
「姉貴っ、何やってんだ!! どうしてダイヤモンドダストなんか」
「おやめくださいミカ殿!! こんな規模で起こしたら、また」
「わっ、分かんないの私にも!! みんな、私から離れて!! ザコル、離してください!!」
「嫌だ!! 離さない!!」
「これは、まさか魔法を制御しきれていないのでは!? 私には眩しすぎて何も見えないが一体どうなって!?」
「ほー、この細氷、ミカ様が起こしてんのか」
「はー、綺麗だなあ。さみーのに、どっかあったけえ感じすらすんぜ」
「あー、ミカ様がいたシータイは、いつもこんな風にあったかかったなあ……」
「危ないから本当に離してくださいザコル!! あっちでスケートリンクでも作ってくるから…っ」
ダッ、ザコルは私を抱えたまま人の少ない方向へと走り出した。
門の近くにある馬出し的な空き地に、広大なスケートリンクができた。
出来立ての氷の透明度や、ツルツルすぎる表面に人々が歓声を上げている。既にスケートリンクを見たことのあるシータイ住民、野次三人衆はドヤ顔で自慢している。
「私、今日から魔獣舎で寝ます。それでは」
くるり。
「ちょお待て待て待て」
「あの寒い場所で淑女が寝泊まりなどできるわけがありません!!」
「だめ!! 危ないから下がって!!」
捕まえようとする護衛達の手をシャッとかわす。
「やめろよ…っ、また自分を危険物みたいに…!」
「ミカ殿! お聞き分けを」
「聞き分けられるわけないでしょ!? 危険に決まってんじゃん! ついに魔力制御できなくなっちゃったんだよ!? こんなの最初に氷結魔法発現させて以来なんだもん!! 誰かが凍っちゃったりしたらどうすんの!?」
凍傷くらいならば私の涙で治せるかもしれないが、万が一即死なんかさせたら取り返しがつかないかもしれない。既に息が止まったものに治癒を試したことはないからだ。
「魔獣舎には宿直室もあるって聞いたから大丈夫!! 護衛も魔獣達に頼むし、魔力も食べてくれると思うからお願い、一人で行かせてよお…!!」
ガッ、また腰を捕まえられた。
「ちょっ」
「一人で行かせるなんて絶対に許さない」
「ザコルはさっき私のこと避けようとしたくせに何言ってるんですか!!」
「それとこれとは話が別だ」
「離してください!!」
ギャイギャイギャイ。
「はあ、どちらも落ち着きなされ、今は制御できているご様子だ。極度の魔力過多に陥らなければよほどのことはないでしょう。あなた様は本来、繊細な制御をお得意となさっている優秀な魔法士なのだから」
「突然の褒め!! 感情ジェットコースターになるからシシ先生はずっと叱っててくださいよおお!!」
「全く、あなた様は私を一体何だと思っているのか…」
はああ、溜め息をつかれた。
「たまたま私がこちらに来た時でよかったですなあ。魔力過多かどうかを視認できる者がいれば、あなた様も安心して休めましょう」
にや。わざとだろうが、シシはそう言って意地悪そうな顔で笑った。
つづく




