八つ当たりしてるだけです
「やはり、医師二人のうちのお一方はこの方でしたか」
タイタが私に手を差し出しながらそう言った。立ち上がる私を横目に、ザコルはフン、と鼻を鳴らす。
「まあ、そうでしょうね。リュウならば積荷扱いはされないでしょうから」
「積荷のくせに馬車ん中でふんぞり返ってたんで引き取ってきましたよお」
「このクソ犬にクソ金髪が、これ以上余計なクチ叩くと殺すぞ」
「フン、やれるものならやってみろ」
「へへっ、相変わらずすねえ」
憎まれ口を叩き合ってはいるが、険悪にはならない。これが彼らの通常運転なのだ。
「ふえっ、やっぱり、やっぱり…っ」
じわ、じわじわじわ。
「泣くんじゃねえうっとうしい。魔力が余ってんならさっさと風呂でも沸かせ。俺が入る」
「わあああんコマさんだあああ今日も最高にかわいいいいい」
「うるせえな。分かりきったこと叫ぶんじゃねえ」
これみよがしに耳に指を突っ込む美少女、いや『美少女風』の人だ。
「わあああんコマさんですよコマさん!!」
「見れば分かります」
感情を持て余してザコルの腕に抱きつこうとしたら、スッと距離を取られた。
「……?」
勘違いかな、と思ってもう一度腕を取ろうとすると、またスッと退がられた。
「なんで」
じろ。睨まれた。
「ミカは父上との方が話が合うようですし、コマとは会えて泣くほど嬉しいのですよね。『嫁』もたくさんいますし、僕などもう必要ないかと思いまして」
きょと。言われたことがすぐに理解できず、一瞬呆然としてしまった。
「何を呆けているんですか。ですから、僕はもう要らないでしょう?」
「な…っ、何でそんなこと言うんですか…!? 大体自分だって女の子にも男の子にも優しいくせに!!」
「白々しい、それもあまり気にしていないようじゃないですか。以前は多少反応もあったのに、最近は少しも動じていないのが丸わかりです」
「そんなの、私と仲良くしてる人を尊重してくれてるだけだって分かってるからですよ!! あなたはそういう人ですもん! 何で急にそんな意地悪言うんですか!? ザコルのバカあああああ」
『あっ』
ダッ、踵を返して走り出そうとしたら、背後に誰かいたらしく思い切りぶつかってしまった。その人物は「うごっ」と声を上げて後ろに吹っ飛んだ。
「わあ、すみません!」
咄嗟に謝ったが、雪上に倒れた相手はうめくばかりで返事はなかった。
「あのう、大丈夫ですか? 頭とか打ってません?」
パシ、その人物は私が差し出した手を叩き返し、腹を押さえつつゆっくりと自力で起き上がる。
「…っ、ぐう、この……っ、……っふう」
すー、はー。深呼吸して六秒。流石は医者、アンガーマネジメントも完璧だ。
「……はあ。全く、相変わらず素行のよろしくないことですな。どういう躾をされたらこんな育ち方をするのやら…」
「あのサモンくんを育てた人には言われたくないです」
「殿下を侮辱するのはおやめいただきたい!!」
結局怒った。まあ、六秒深呼吸したくらいで吹っ飛ばされた怒りなんて消えないよな。
「姐さん、いくらタヌキジジイ相手でも八つ当たりはすんなよ。後ろにいんの判ってただろ」
「バレた?」
くわっ、と相手は目をむいた。
「誰がタヌキジジイか!! これだから君達は!! 少しは年寄りをいたわったらどうなんだ! いきなり呼びつけておいて…!!」
「ええ、でも私のこと追いかけたかったんですよね? 主治医は私だーって騒いでたらしいじゃないですか」
モナの工作員、ピッタ情報である。
「それは…っ、あなた様が何の予告もなく町を出られたからで…!!」
「ふふっ、相変わらず冗談がお上手ですねえ。予告なんかしたら台無しでしょう? 私はまだあの町にいることになってるんですから。そもそもあの町の一員なら事前に報されていたはずですけど、ご存知なかったですか」
「嫌味ですかな!? 私があの町の一員として認められてないとおっしゃりたいのでしょうが」
「やだなあ、認められてないだなんてそんなこと言ってませんよー。お医者様としては皆さん頼りにしてるじゃないですかお医者様としては。水害や戦の後、大勢の人を救った立役者様ですし? ねえ、シシ先生?」
ヒクヒク、顔面を痙攣させる人に、私はにっこりと笑いかけた。
くっ、ははははは!!
豪快な笑い声に振り返る。
「随分と嫌われたものだなあ、シシよ!」
片手にオーレンの首根っこを掴んで仁王立ちしているのは、アカイシ山脈に君臨する女帝、イーリアだった。
「イーリア様ったら。私、先生のこと嫌ってませんよ。ザコルが優しくしてくれないので八つ当たりしてるだけです」
「私を痴話喧嘩に巻き込む癖も変わりませんな!! 少しは心配してやった時間を返してほしいものだ!!」
「わあ、心配してくださったんですか。嬉しいなー」
「ええ、ええ。あなた様にはいくつも前科がありますからなあ。何度注意しても魔力を枯渇させかける、極度の貧血状態を私に隠す、あまつさえ魔力過多を自分で引き起こしたりまで…!!大体今も」
ササッ、エビーがシシのかたわらに移動し、耳元に何事かささやく。
「…………周囲の制止もきかず大量の魔力を放出し続けて死にかけたというのは、本当ですかな、ミカ様」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「………………よし。逃げよう」
ダッ、と駆け出そうとしたら、ガッ、とザコルに腰を捕まえられた。
この後、自称主治医からはめちゃくちゃ怒られた。
つづく




