世の中には技術料というものがあってですね
「リコも! かーいい!」
てんっ。どう見ても力作のエプロンを着けたリコが仁王立ちした。
「きゃあああリコ様かわいいですううう!!」
「これもっ、これも着けてくださいませんか!?」
リコのエプロンはユーカとカモミが縫っていたようだ。エプロン以外の小物もいっぱいできている。
「よかったなあリコよ。優秀な専属針子が二人もいるとは、どこぞの高貴な姫か?」
「こーき、ひめ!」
ジーロの褒め方は独特だが、リコは嬉しそうである。
「猟犬様。一つご提案といいますかお願いがあるのですが」
「はい、なんでしょうルーシ」
それまで、周りの喧騒に構わず黙々とレースを編み続けていたザコルがようやく顔を上げた。上げたが、手は止まっていない。
「そちらに積まれたレースのヘッドドレスなのですが、いくつか当商会で買い取らせていただけないでしょうか。一つ金貨一枚、いや三枚でも出しますので!!」
ふんす、と拳を握ったルーシに、ザコルはわずかに首をかしげた。
「? どうして金貨をくれるのです? 欲しいのなら持っていけばいいでしょう」
「持っていけ…!? 何おっしゃってるんですかこのクオリティのレースは『宝石』レベルです!! ものの価値を知るお客様にお見せすれば言い値で売れますよ!!」
「宝石レベル、ですか。レースにも階級のようなものがあるのですね。しかし素人が練習台として編んだようなものに大袈裟では?」
「大袈裟じゃありません! この複雑な文様、均一でヨレのない編み目。どこからどう見てもベテランのレース職人が何ヶ月もかけるような代物…!」
ギラァ、ルーシが商人魂を見せている。彼女は、庶民が使う雑貨から貴族のアクセサリーまで幅広く『日用品』を取り扱うダットン商会のスタッフである。
「そうですか。評価はありがたく受け取っておきましょう。ですが原価はレース糸だけなので知れていますし、ルーシが売りたいならどうぞ」
むんず。ザコルは十枚以上は積み上げていた作品を無造作につかみ、ルーシの前に差し出した。
「そ…っ、そんな雑に…!」
「糸はまとめ買いしたので正確には判りませんが、これ全部で銀貨一枚分くらいだと思います。タダが気になるなら材料費としてそれだけいただきましょう」
「い…っ、いやいやいやいや話を聴いていらっしゃいましたか猟犬様っ、これ全部で銀貨一枚だなんて無理ありすぎます最低でも一点につき金貨一枚からです!!」
「しかし原価以上にもらう気は」
「世の中には技術料というものがあってですね…!!」
首をひねるザコルにルーシが懇々と説教を始めた。
「ミカ様、デザイン代など要りませんからどうかお納めを、といいますか多すぎると思うのですが!?」
「まだその話してたのティス。あんな立派な絵画タダでもらっちゃったし、もらっといてよ」
軽い気持ちでザコルとモリヤの一戦を絵に残したいなどと言ったら、ピラ商会のティスが快諾してくれ、軽いスケッチ的なものをくれるかと思いきやキャンバスに油絵の具で仕上げたものをいただいてしまったのは記憶に新しい。
「ですが!」
「相場はわかんないけど油絵の具って高いよね?」
「や…っ、安くはないですがそれでもこれほどの値段では」
「いいかねティス。世の中には技術料というものがあってだね」
「そのお話、そっくりミカ様にお返しいたします!! お願いですから羊っぽいものの利益を先に受け取ってください!!」
「それは滞在費みたいなもんだって言ったじゃん」
「滞在してないのに払い続けるものを滞在費とは言わないのですよっ」
ティスも説教モードになった。結局、デザイン代として渡したお金は突っ返されてしまった。
「うちら蚊帳の外くない? ピッタ」
「そうですねカズ様」
裁縫は一切できないというギャルがブリブリのピンクエプロンを着けたまま愚痴っている。
ちなみに、同じく裁縫はさっぱりだというロットはミリナに注文をつけるので忙しい。人の好いミリナは二枚目のエプロンを縫わされていた。多分、それもあってムッスリしているんだろう。後輩かわいいな。
「私、創作趣味がないことにこれほど絶望した日はありません」
「でもピッタ、それ、羊っぽいもの編んでんじゃん?」
あみあみ。ピッタの手元には、作りかけの羊っぽい編みぐるみがあった。
「えっ、裏切り…?」
「違いますよ。一応ちょっとはできますがお役に立てるほどじゃないっていうか、特技ってほどじゃないんです。護身術やってるだけで玄人名乗らないのと同じレベルで」
「あー、なる」
戦闘専門じゃない工作員の言葉に、納得したように頷く合気道師範である。前に手合わせしてみた感じ、ピッタの実力は充分玄人と言って差し支えないと思うのだが。謙虚だな。
「それでもこうして、ミカ様とザコル様を囲んで何かを作る会にまた呼んでいただけたこと、きっと一生忘れないと思います。この二ヶ月、入浴テントとか、ジャムとか、編み物とか、ほんと、たくさん作って……っ」
「また泣いてるしぃ、ピッタって工作員ぽくなくない? 言われなきゃ本気でわかんないと思う」
「ただの未熟者ですよおお……!!」
「え、褒め言葉なんですけどぉ。自然体で工作員てバレないとかある意味才能じゃね? やろーと思えば影武者もカンペキにできるんだしぃ」
いーこいーこ。仲良くなってる。彼女らはシータイで私の影武者をしているうちに話すようになったらしい。
「つか寂しいならここに残ってればよくね」
「そんな理由もなく居座り続けられませんよおお……!!」
「あっは、なりゆきでこの領に居座り続けてるウチに言う? 山犬のおっちゃん達の子になったのもなりゆきだし…………あっ」
カズは何かに気づいたように目を見開いた。
「ピッタってさあ、ウチが何か命令したら逆らえない感じぃ?」
にまぁ。
最近モナ男爵令妹となったカズの仄暗い笑みに、ピッタが「へっ」と小さく飛び上がった。
つづく




