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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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女帝ブートキャンプ

「蛆虫どもが!! それで全力のつもりか!! 倒れる暇があるならさっさと立てええい!!」


 うおおおおおおおお!!


 猟犬ブートキャンプは訓練教官が元暗部の英雄からパツキングラマラス美女に代わり、文字通り完全なる軍隊式訓練と化していた。


 人数もおかしいくらい増えている。最前列はザコルとエビタイそして同志達だが、その後ろに屈強な男達がこの広大な放牧場の半分を占めようかというくらいに並んでいる。

 体操の終わった私と女性達は広がった男達の外側を走り込む。


「みーんなー、頑張ってくださーい」

「ミカ様もォォ!!」

「今日もお美し……てか脚速えーな!!」

「あはは、みんなもかっこいいし凄いですよおー」

 うおおおおおおおおおおお!!

 お互いに声援を送り合うのもいいものだ。


「よお姫」

「コマさん、おはようございます。今日も可愛いですね」

 町長屋敷を出る時には一緒にいなかったコマが、例によって並走を始めた。

「飛ばし過ぎじゃねえか」

 ふと後ろを見ると、率いていたはずの女性達ははるか後方になっていた。

「そうですね、もう少し速度落としましょうか」

 気持ち脚を緩めて上を見上げる。


 まだ日は山から出てきていないが、紫がかったピンクと紺青のグラデーションの空が美しい。晴れてはいるが、今日は少し雲が多い。


「コマちゃあーん!!」

「可愛いー!!」

「こっち向いてくれー!!」

「おう、励めよお前ら」

 コマにも声援が飛んでくる。コマもそれに水を差すでもなく適当に応える。


「お前が訊かねえから勝手にしゃべってやる。聴いとけ」

「何をですかコマちゃん」

「うるせえ。俺はな、食事と同じように、一定量の魔力を食ってねえと動きが悪くなる。その辺の水や食べモンにも多少の魔力は宿っちゃいるが、かなりの量を食わなきゃなんねえ。王都じゃ、よく魔獣の管理小屋に入り浸って凌いだ」

「魔獣! まだ見た事ないんですよねえ。当然なんでしょうけれど魔獣って魔力が強いんですね」

「ああ。ちなみにお前はその魔獣並みだ」

「魔獣並み…。ぬぬ、ここにきてミカ・ホッタは魔獣だった疑惑が再浮上ですか…」

「何だお前、魔獣だと思われてんのか? 邪教にか?」


 私は魔獣じゃありません…。

 いや、この美しい朝焼け空の下で、何を話しているんだろうなと不思議な気分になる。


「いえ、テイラー邸の使用人達です。最初だけでしたけど。何か、召喚された時の魔法陣が魔獣召喚用のものと似てたとかで…。とりあえず一週間、座敷牢で様子見られてました。大変快適な暮らしでしたけどねえ」

「お前のその図太さは何なんだ。いきなり理由もなく牢に囚われて四六時中監視されたら普通の奴は発狂すんだぞ」

「私にとっては本とお布団さえあればどこでも天国ですので。上げ膳据え膳でしたし、監視くらいどうって事ありません。それに、私の世界では飛沫感染タイプの疫病も流行ってましたからね、隔離してくれて丁度いいくらいに思ってました。期間も一週間、丁度いいタイミングで釈放。バッチリ」

「ふん、お人好しめ」

「コマちゃんには言われたくないですねえ」


 座敷牢にいた時は、監視の騎士はもちろん、最初の世話係だったハコネに対しても必要最低限の会話を小声で行うようにしていた。お陰でハコネは当初、私が警戒しているか、体調が悪いか、元々寡黙な人間かなどと考えていたようだ。

 結局、誰にも感染す事なく済んだようだし、不安にさせるのも何なので敢えて話してはいない。


「…続きだ。俺が、魔力を食うために魔獣や魔力の高い人間を利用してた事は、あの犬は知ってる。あの犬や、第一王子も魔力は高い方だしな」

「そっか、ザコルは人間には皆魔力がある事とか、やっぱり知ってたんですね」


 どうも私にまつわる魔力や魔法の現象を軽視しているようなのが気になっていたが、納得だ。コマという最大の神秘が身近にいたのだから彼にとっては今更だったのだろう。コマに出会う以前から知っていた可能性もあるが。


「お前にとっちゃ完全に未知だろうからな、思い詰めんのも無理はねえ。座敷牢に押し込められた時点で思い詰めろと言いたいがな。まあ、こんなのはこの世界じゃ体質の一つに過ぎねえ。適当に付き合っときゃいいんだ」


「……親切ぅ〜!!」

 私の気を軽くするためにわざわざ自分の秘密を話しにきてくれたのか。

「うるせえんだよ。これで十周目だろ、競争すんぞ」

 そう言うとコマは強く地面を蹴った。

「ずるい!! 待って待って!!」

 私は慌ててその可憐な後ろ姿を追いかけた。



「はー! 今日も勝てなかった…」

「全くまた何をしているんですか、必要以上に負荷をかけないでください」

「あ、コーチ」


 ザコルがやってきて、地面に座り込む私に手を差し出した。手は取ったもののまだ立ち上がれそうにない。

「全力で走るのはダメですか、師匠」

「ダメではありませんが…。ただでさえ疲労が溜まっているんです。筋力を維持するに留めた方が」

 コマがトテトテとこちらに寄ってきて私の側でしゃがむ。

「へっ、王宮の豚を叩き潰すんだろ、全力で逃げる訓練もしといた方がいいんじゃねえか?」

「確かに」

「確かに、じゃない! 王宮になんて絶対一人で行かせませんから! いい加減に離れろ」

 ザコルが私の背と膝裏に手を回し、さっと抱き上げた。コマと私を引き離すように向きを変える。

「いいか姫、こいつはお前の思うような殊勝なお人好しじゃねえぞ」

「そうですかねぇ。私にはお二人ともお人好しにしか見えませんが」

 コマが私を追いかけるように回り込み、私のポニーテールをくるっと指先でいじる。

「触るな」

「こうして俺が『食う』とだな、犬は…」

「余計な事を言うな。全く何でコマなんかに施しを…!」

「姫がいいっつってんだからいいだろ」

「黙れ」


 回り込んでくるコマを避けて、ザコルが向きを変える。それを繰り返す。

 やがて、いつぞやのタイタとのやりとりの時のように、私を抱えたままくるくると回り始めた。

「目が…目がぁー…」

 二人とも止まる様子がない。何なら速度が上がって…。


「ぶはっ、また面白い事になってやがんなあ。はいはいストップストーップ!」

「ザコル殿、ミカ殿がお怒りになりますよ!」

 エビーとタイタが止めに入ってくれる。前に私がキレた事を思い出したのかザコルがビタッと止まった。

「ふぎっ」

 高速回転に急ブレーキをかけたため、かなりのGがかかって潰れたカエルのような声が出た。

「あ、ミカ、すみませ…」

「おろして」

「はい」


 そろりと降ろされる。ふらついた私の背をザコルがサッと支える。

「…全く、どうしてすぐこう…」

「す、すみません、ミカ、あの」

「さあさあ、注目の的になってますから、続きは後にしてくださいよお」

 エビーの気の抜けるような突っ込みにハッとして身を立て直す。

「コマさん、あっちで手合わせしてください」

「いいぞ」

「ミカ」

 ザコルの呼びかけを無視し、くるっと踵を返して女性達が待つスペースへと向かう。


「コマさんて、無限に食べられるんですか?」

 歩きながら訊いてみる。

 コマの態度を見るに変に遠慮はしない方がいいのかもしれない。答えられる事なら答えてくれるだろう。

「俺とて上限はあるだろうが、腹いっぱいになったこたねえな」

「私、魔力をもて余すと魔力酔いみたいになるって話しましたっけ。あまり度が過ぎると情緒不安定になって涙が止まらなくなったりもするんです」

「ああ、それで…」

 コマは以前、コテージで私が号泣していた時のことを思い出したようだった。

「今は魔法バンバン使わせてもらってるから大丈夫だと思いますが。もしそうなってたら食べてもらう事って可能ですかね?」

「犬にでもやっときゃいいだろ」

「ぶふっ」

 餌みたいに言って。思わず笑ってしまったじゃないか。

「そんな事してる余裕が無い時の話です。それに、彼の方こそ容量に限りがあるでしょ」

「あいつは貯めても自分じゃ消費できねえからな。しかし逆に貯めさせときゃ、魔力切れでもした時に役に立つんじゃねえか。お前に還元する方法があればだが」

 還元する方法は一応ある。問題は私の心神がもつかどうかだ。

「貯めといてもらうっていうのは私も考えた事あります。魔力切れなんてした事ないので何なんですが」


 人様を電池扱いするのも人道的に何かと思っていたが、コマもそう言ってくれるのであれば再考してもいいかもしれない。私の魔力を一定量持たせておけば、もしも彼が怪我なんてした時に自己治癒能力が発動するかもしれないし…。その辺りはまた検証が必要になってしまうかもしれないが。


「自分の魔力って、自然回復もするんですよね?」

「ああ、回復ペースは人それぞれだがな。俺の場合、一定時間で多少は回復するが、消費には追っつかねえ」

「なるほど。私は何となく一晩寝れば全回復くらいに思っていました」

 RPGみたいな感じで。

「お前の回復速度は俺にゃ分かんねえぞ」

「そうですよね。私も正確には分かりません。一回くらい使いきってみるべきかと思っているんですけどねえ…。うちの護衛達は過保護なので」

 魔力酔いやら何やらで何度も心身の調子を崩しているので、心配してくれる気持ちはよく解るのだが。

「もっとバンバンお風呂沸かしたいんですけど、水を汲むのも皆が大変ですしねえ…。そうなるとやっぱり大量調理かなあ」

「いいな、何でも作れ。俺が食べてやる」


「何をお作りになるんですか?」

 いつの間にか女性達のスペースの近くまで来ていた。ピッタが出迎えてくれる。

「ピッタ。ちょっとね、もっと魔法を使いたいなって。お風呂でもジャムでもいいけど、思った程の量じゃないから」

「あんなに大きなお風呂を何度も沸かしておいて大した量じゃないなんて…。もしあれを薪で炊いていたら、今頃森の木を何本灰にしていることか」

「それはそうだよねえ。でも、私って魔力切れとかした事ないんだ。どれくらい使ったら切れるのか早い内に把握しておきたいんだよ。どうせ使うなら皆の役に立つ方がいいじゃない?」

 いい感じに魔法を連発して人に貢献できる方法、求む。

「ですが、あまりミカ様のお仕事を増やしては猟犬様に叱られてしまいますよ」

「それもそうなんだよねー……あれ、何だろこれ」


 何かが落ちてきたので手のひらを差し出すと。小さな白い欠片がふんわりと乗ってすぐに消えた。


「…雪? 雪じゃない? 雪だあ!」

「あ、本当ですね。初雪でしょうか。今年は遅かったですね」

「そうなんだ! わあー雪だ雪だー!!」

「ふふ、ミカ様ったら、そんなにはしゃいで」

 くるくると回って雪に興奮していたらピッタや他の女性達に笑われてしまった。

「えへへ、私のいた地域はそれ程降る方じゃなかったから…。そうだ、雪だよ」

 手をポンと叩く。

「雪ですか?」

「そうだよ! 雪だよ! しばらく先になっちゃうかもだけど! 私なら屋根だろうと道だろうと、一瞬で除雪できる!」

「雪解け水で洪水にすんなよ」

 コマが冷静に突っ込む。

「わお、雪解け水で洪水が起きるんですか!?」

「洪水、そうですね。コマ様のおっしゃる通りです。春先は川が増水して危ないんですよ」

 そういうピッタの出身町であるモナ領の山麓の町も雪の多い地域なのだろう。

「ほー、雪国って大変だー…」


「川沿いじゃなくてもありうるぞ。雪で排水の溝も埋まるかんな、大雪が降った後に暖気が来たり、真冬に気温の高い日が続いたりすると局地的に起きることもある。それから、解けた水が再凍結するともっと厄介だ」


 それは考えるだに厄介そうだ。

 雪と違い氷は硬くて取り除くのがもっと大変だ。それを溶かしたらまた洪水に…。


「一気に解かせばいいってもんじゃないんですね。聞いといてよかったです。…なるほど、全部蒸発させればいい訳ですか」

「何がなるほどだ。沸騰通り越していきなり蒸気にするつもりか?」

「そうです。出力高められたらいけるんじゃないですかね?」

「消費する魔力が半端ねえかもしれねえが……まあ、お前ならできるかもな」

「めざせ魔力切れ!!」

「外でぶっ倒れて頭とかぶつけんなよ」

「わお、やりかねない! 気をつけます!」


 冷静に突っ込みながらも心配してくれるの優しい。

 コマの言う通り、魔力が切れた状態で頭をぶつけたらヤバいかもしれない。自己治癒能力があると思うせいか、最近怪我や病気を恐れる気持ちが薄れてきている気がする。


「ふふ、コマ様はミカ様の頼れるお兄様って感じですね。見た目は姉妹なのに」

 ピッタが微笑ましいものでも見るように目を細めた。

「ピッタのお兄様はどう? ドーシャさんは頼れるお兄ちゃんだったのかな」

「まさかあ〜ですよ。カファやヴァンの方がずっと頼りになります。でも、昔から人より体力のある兄でしたからね、小さな頃はいじめっ子から守ってくれたり、私が泣くとおぶって歩いたりしてくれましたよ」

 小さなピッタをおぶって歩く少年ドーシャくんかあ。

「ふふふ、素敵だね。いいな、私にはきょうだいがいないから」

「猟犬様もよくお兄ちゃんしてますよね。お世話するのがお好きみたいですし」

「あれはオカンだよ…」

 ピッタが大笑いし、あいつをオカンだのと言うのはお前だけだとコマには呆れられた。



 チラついていた雪はすぐに止んだ。

 コマとの手合わせが始まると、イーリアと側近が移動してきて見物し始めた。


「いやー、やっぱ見られてると緊張しますねえ」

「相変わらず緊張してるって動きじゃねえんだわ。お前のそのクソ度胸は一体何なんだ」

「週七で修羅場くぐり抜けてきた結果ですかねえ」


 一通りの体術と短刀を使った攻守をおさらいし、息をつくと、コマがニヤリとした。


「よし。今日は好きに打ち込んできてみろ。俺に一撃でも入れたらそうだな、何でも一つだけ言う事を聞いてやる」

「ええー、何にしよう!? ペアルックかなあ!?」

「まだ取ってもねえのに余裕だな。それからもっと意味のある事に使え」

「親切ぅ〜!!」

「うるせえ。こい」


 ちょいちょい、とコマが指で合図する。

 思いっきり踏み込んで間合いを詰める。コマの動きを予測しつつ、急所を狙って刺突を繰り返す。

 手加減なんてしない。私の練度では下手に手加減する方が危ないだろう。コマの方は上手に手加減してくれているのだろうが。


「いいぞ、習った通りにできてんな。じゃあ、こう出たらどうだ」

「わっ」

 私の予測にない動きをコマがする。それを間一髪で避け、避けた勢いのまま反撃する。

「次はこうだ」

「ひっ、わあ」


 次々と繰り出される奇抜な手。どれもかすり傷にしかならなさそうな手だが、食らえば痛みは伴うだろう。

 そうして負った傷が増えれば、時間が経つ程血が流れたりもして体力的に不利になるのかもしれない。私には自己治癒というチートがあるのでかすり傷程度なら負けを恐れる必要はないが、逆に自己治癒能力をバラさないために絶対傷は負えない。


 体勢を立て直すために一度距離を取って息をつく。


「こういう小賢しい手を使う奴は、刃に毒を仕込んでる可能性もあるからな。警戒しろ」

「なるほど! 分かりました。私も塗るべきですかね」

「塗るならもう少し練度を高めてからだな。うっかり自分で食らってちゃ世話ねえだろ」

「確かに」


 自分で塗った毒の刃をうっかり自分の顔や手に当てたりしたら本末転倒。全くその通りだ。

 刺突のみならず体術も交えてしばらく打ち込んでいたが、一撃どころかかすり傷さえ負わせられる気がしなかった。

 息が切れてきた頃、す、とコマが私の背後を取り、刃を私の首筋に当てた。


「残念だったな」

「はあ、はあ…。くうー…っ、負けました…」

「ふん、今日はこれまでだ。なかなかいい動きだった」

「ありがとうございます!」

 日本式のお辞儀でお礼を言う。

 渡り人だとバレたんだからもう今更だ。訊かれたら日本式だと素直に言おう。


 パチパチパチ、と拍手が聞こえたので顔を上げる。

「予想以上じゃないか」

「お褒めくださり光栄です、イーリア様」

「武器を持って今日で三日目、だったか?」


 ざわ…。ざわざわざわ。

 いつの間にかイーリアの後ろに集まっていた男衆がざわついている。


「三日目、だと…?」

「本当か?」

「本当さね、昨日はまだ型を習ってるだけだったもの」

 昨日も見ていた女性達が頷く。

「王宮の豚を解体に行くなんざ冗談かと思ったが…」

「この分じゃマジに取りに行っちまうぞ」

「コマちゃんもすげえぞ。あんなナリで、本当に暗部にいたんだな」

「師であるコマちゃんの教え方もいいんだろ」

「コマちゃんなんて失礼だ、俺らもコマさんとお呼びするべきじゃねえか」

 うんうんと頷く男達。


「あんたら今更何言ってんだい…あの人は男で強いってミカ様が言ってたろ?」

 その様子を白けた顔で見遣る女性達。


「コマに敬称などいらない。他領の工作員だぞ」

 よく見れば、ザコルとエビーとタイタも男達に並んでいる。

「それに、ひ弱だったミカを手ずから鍛え上げたのはこの僕だ。ミカは元々僕の弟子であって…」

「手ずからだあ!? か弱いミカ様に何しやがったこの変態が!」

「無遠慮に抱き上げやがって何浮かれてやがんだド腐れ野郎!」

「しかもあのコマさんが元同僚だとぉ!? 美少女二人も呼び捨てにしやがって! 調子に乗んなこの外道が!!」

「…………」


 よく見たら昨夜の野次集団だ。ザコルのあの納得いかないという顔よ…。


「コマさんは男性だって何度言ったら解んのかしらねえ…」

 女性達は呆れたように彼らを睨む。


「コマ殿! 次は自分と手合わせ願います!」

 タイタがビシッと姿勢を正して前に出る。

「赤毛か。いいだろう」

 コマは短剣を軽く上に投げ、パシっと逆手で柄をキャッチして構える。かっこいい。


「コマさぁぁーん! イカしてんゼェェー!!」

「テイラーのぉぉ!! コマさんのご尊顔に傷でも付けたら承知しねえぞぉー!!」

「タイタ殿ぉー!! 我らが同志ぃー!!」

「執行人殿ぉー!! 今日こそ一本ー!!」

 ガラの悪い男達に紛れ、同志達がタイタに声援を送っている。


 中央貴族仕込みの洗練された剣術を使うタイタと、元暗部工作員で割と何でもアリなコマ。元々の戦い方は真逆だが、タイタも変化球に弱いという弱点をカバーすべく日々努力している。


 ブォンと風を切って繰り出されるタイタの重い一撃を、ヒラリと紙一重で躱すコマ。事も無げに懐に入り込んでくるコマを、体術や小手先の技で何とかいなすタイタ。周囲が固唾を飲んで見守る中、二人の攻防は続いた。


 コマには、素肌に直接触れさせるわけにはいかないというハンデもある。が、服に覆われた部分を上手に使って戦っているな、と思い至った頃、息が切れ始めたタイタの背後に回り込んだコマが、短剣の柄で心臓あたりをトントンとつついた。


「はあっ、ま、負けました…!! くっ、今日こそはせめて一撃をと思っていたのに!」

「百年早えんだよ。だが、昨日の捕物で学んだ事は生きてんな。実戦は試合じゃねえ、喧嘩だ。次は、懐に入られた時に守り一辺倒にならねえよう考えろ。いなすだけじゃ無駄に主導権渡す事になるからな」

 息をフーッと吐いたタイタが剣を腰の鞘にしまい、くるっと向きを変えてコマに礼をする。サカシータ流に倣ったようだ。

「ありがとうございます!」

 それを見たコマは黙って手をヒラヒラとさせ、背を向ける。


 うおおおおおお!! コマさんかっけぇぇー!!

 男達が雄叫びを上げた。女達もきゃあきゃあとはしゃいでいる。


 百九十センチ前後ある巨漢とも言えるタイタに、あの可憐な存在があっさり勝利したのだ。誰もが子供のように興奮していた。


「コマさーん、俺にも稽古つけてくださいよおー」

 この空気の中、気の抜けた声で稽古をねだれるのは彼のキャラと強靭な精神力ゆえだと思う。

「金髪、お前はあっちで型の見直しからだ。いいか、要領良くやろうとすんじゃねえぞ」

「はい! よろしくお願いします!」

 そんなエビーは文句の一つでも言うかと思いきや、素直に敬礼してコマの後についていった。


 コマは自由に戦っているように見えるが、実は正統な騎士の剣の型にも精通しているという事なのか。凄い、どれだけの修練を積んできたというんだろう。


 その後は、領民の男達や女達同志でも手合わせが始まった。

 私は弓を打ち込み始め、その近くでは、同志が全員でザコルに挑んだり、エビーがタイタに挑んだり、エビーとタイタが二人でザコルに挑んだりなどしていた。


 中でも見ものだったのは野次集団対ザコル。武器を持って次々と飛びかかる屈強な男達をザコルが素手でいなしまくり、最後は全員残らず喉笛に指先を突きつけたのは最高に格好良かった。




「ふおぉぉ…私ぃ…この領に来て本当にぃぃ…良かったぁぁ…殺気むんむんの魔王最高ぉだよぉぉ…!! 指をビタッ!って、喉にビタアッ!って」

「そうでございますねええミカ殿ぉぉ…かああっこいいぃぃ…!! もうかっこいいしか言葉が出て参りませんん…!!」

「ミカ様に執行人殿ぉぉ…私めも涙がとめどなく溢れて参りまするうううう!!」


 弓を引いていたはずの私は、気がついたら同志達に混じって咽び泣いていた。呆れ顔のエビーが向こうで矢を拾ってくれている。


「タイタぁぁ…お仲間呼んでくれてホントありがとおぉぉ…この気持ち分かち合えて嬉しいよおおお」

「おっ、お力になれて光栄です…ッ! ありがたき幸せぇぇッ!」

「ミカ様はやはり『こちら側』でございますなあ…ふさわしき特別な会員証をご用意いたしましょうぞ!」

「ミ、ミ、ミカ、様は、やは、やはり、ほ、ほほほ他の、女性とは、まったく、ちが、違いますね…!」

「そうですな! 現世の女とは目のつけどころが違う!!」

「実力までもが申し分ない!! やはり我らが猟犬殿にふさわしきお方よッ!!」

「実力はまだまだだけどそんな風に言ってくれて嬉しいよ皆ぁぁ…!!」

「あのような素晴らしい戦いをこのように間近で見られるなど猟犬ファンの一員としてこれほどの幸運があるものでしょうか!!」

「もはや他のメンバーに嫉妬で呪い殺されても後悔はありませぬ!!」


 私達は全員で拳を掲げる。

『我が人生に一片の悔い無しぃぃぃッ!!』


 最後のセリフを高らかに叫んだ所で、丁度森の方から朝日が顔を出して私達の拳も光り輝いた。




「ミカ様ぁ! 俺らの事も応援してくださいよお!」

「そんな仏頂面の何がいいんだこんちくしょう!」

 地面に座り込む野次集団からクレームをもらった。


「あはは、この仏頂面がいいんじゃないですか。見て、この正直な顔! 私達のテンションに全くついて来られてません!」


「ミカは本当に何を言ってるんですか……よっと、カファ、これはどこに」

「う、うおおお!? な、何だあ!?」

「猟犬様! それは彼らの前に置いてください! ミカ様! よろしくお願いします!」


 水満タンの大樽を持ったザコルが、驚いて尻込みした男達の前にズンとそれを置く。

 私がそれに湯沸かし魔法と氷結魔法を駆使し、水温を四十五度から五十度くらいに調整する。外気温が低いので熱めだ。


「汗でも拭いてもらおうかと、水を詰めた大樽いくつか持ってきてもらったんですよ。ここから汲んでくださいね」

 エビーとタイタが戸惑う男達に手桶と手拭いを配る。


「皆さんお強いんですね。先日の曲者達が、ザコルにとっていかに手応えのない相手だったかよく分かりました」

「何言ってんだミカ様、あの人数で飛び掛かって素手で倒されるなんざ恥でしかねえよ…」

「お前達は僕が手加減できる程弱くないからな。武器なんて持ったらうっかり殺してしまうだろうが」

 ザコルが手をパンパンと払いながらしれっと言う。

「ぐう!! 褒められてんのか煽られてんのか…!!」

「ふふ、皆、明日も一緒に鍛錬してくださいねえ」

「ぐう可愛…ッ!! 覚えてろよザコル様ぁ!! ……あちっ、あっちぃ!!」


 捨て台詞を吐いた野次集団がやけくそのように手桶を樽に突っ込んで頭からかぶり始めた。服まで濡らしたら後で寒くなると思うのだが…。


 荷車に積まれた六つの大樽、井戸で水を汲んでこれらに注ぐまでは同志村の部下達が行ったようだが、それを載せていた荷車が重みで全く動かなくなり、屈強なる同志達が駆けつけて全員でここまで押してきた。

 その荷車から大樽を下ろすのはザコル、そして魔法をかけるのは私だ。


「君達、ありがとうございます。手間をかけさせました」

 ザコルが部下達に労いの言葉をかける。

「いいえ! こちらこそうちのリーダーが大変お世話になっております」

「一時はどうなる事やらと思いましたが、猟犬様から歩み寄ってくださるなんて、なんとありがたいことかと感激しどおしで…」

「私どもも、打ち解けられて良かった良かったと…ははは」


 これまであまり話したことのなかった商会の部下達がザコルの言葉に照れたように笑った。部下から心配されていたリーダー達もその様子に苦笑いしている。


 私は大樽になみなみ注がれた水を見てしみじみと思う。

「この辺りが地下水脈に恵まれた土地で良かったですよ。こうして綺麗な水が手に入らなかったら確実に詰んでましたね」

「そうですね。山があるので、湧水や地下水は豊富な方だと思います」

 ザコルが淡々と説明してくれる。


 ザコル、エビー、タイタ、私の四人は、同志達の引く荷車に付き添い、大樽と手桶と手拭いを配りながら休憩する皆の間を歩く。

 ピッタと町の女性達は参加者に声をかけて牛乳を配っており、私達と鉢合わせになった。ちなみに他の同志村女子は先に町へ向かったようだ。


「ザコル様、ミカ様、すまないねえ、あの馬鹿共が失礼な事ばっかり言って」

「あいつらモテないからって僻んでんのさ」

「仕事も鍛錬ももうちっと真面目にやりゃあいいのに。人様に絡んでないでさあ」

「そういうとこだよねえ」

「ザコル様、明日もとっちめてやってくださいよ。少しは思い知ればいいんだ」

 ねーっ、と女性達が野次集団を指差しながら声を合わせた。


「はあ、あなた方がそう言うのなら…」

 女性達の勢いにザコルが戸惑いながらも頷く。


「あ、明日もあの最高のショーが見られるというの…!? 私尊死するかもしんない」

「ヒョワアア私めも正気を保てる自信がありませぬ…!!」

 などと同志達と盛り上がっていたら、ザコルに首根っこを掴まれて引き離された。

 近くにいたピッタまで微妙な顔をしている。

「ミカ様までうちのお兄みたいに…。確かに格好良かったですけどぉ…。ミカ様の舞みたいな短刀捌きだって素敵でしたよ」

「ありがとうピッタ。でも結局一撃入れられなかったよ…。くそう、あ、そういえばコマさんは?」

「コマ様は先に診療所へ行くとおっしゃってましたよ。朝飯は済んだ、とか…。何か食べておられましたかね?」

「ああー…何だろうね」


 朝飯とはきっと私の魔力の事だ。あ、ザコルがムッとした気配が。うーん、このままでは良くない気がする。


「ザコル、後で話しましょう」

「何ですか、今度こそ僕を叱ってくれるんでしょうね」

「何でですか。話したい事はありますけど、叱るような事なんてありました?」

「また甘やかす気でしょう。叱ってほしいんですよ僕は」


 いつ私が甘やかしたと言うんだ。蜂蜜牛乳の件か?


「何言ってんでしょうかねこの変態は。ミカさんが話してくれるってんだからちゃんと聞いといた方がいいすよ」

「そうです。入浴支援の後、お二人でしばらく過ごされてはいかがですか」

 エビーとタイタが何やら身構えるザコルの背中を押す。


「あ、いいね。その間二人は休憩でいいよ。自由にしてて」

「ミカ、勝手に決めないで…」

「じ、自由に…!? な、何かすべき事のご指示をいただけないでしょうか!!」

 タイタの顔色が変わった。もしや、彼に休日という概念はないんだろうか。

「いや、昼寝でも散策でも何でも…。同志達と遊んでてもいいし」

「遊ぶ…!?」

 絶望的な顔になった。遊ぶという概念もないんだろうか…。

「ミカ、僕の意見は…」

 まさかとは思うが、休日の過ごし方までモラハラカニタの干渉を受けていたり……ありうる。

「あ、じゃあ、俺と報告書でも書きましょうよ。その後はまた考えればいいって事で」

「流石はエビーだ! そうさせてもらおう!」

「ちょちょ、それじゃ休みじゃないでしょ? 休む気ある?」

「ミカさんに言われたくないセリフナンバーワンすねえ。明日はカリューに行くんでしょ、体力温存はするんで大丈夫すよ。ミカさんだって、どうせ編み物か書き物か料理でもしながら話そうとか考えてるでしょ」

「ぎく。よくお分かりで…」


 休むとか遊ぶの概念がないのは私の方か。私にとって遊びとは読書をしている時間だ。


「さすエビなんで。ピッタちゃん、お願いしてた件は」

「はい。さっき町に向かう者に町長屋敷に届けてくれるよう託しました。毛糸と編み棒、文房具類の入った紙袋でしたよね」

「そう、サンキュな。またお礼するから」

 いえいえ、いいですよとピッタが遠慮している。


「…あれ? もしかして作業していいの!?」

「まあ、作業しながらでもいいんで、ちゃんと座って大人しく過ごしてくださいよ」

「やったー、ありがとう!」

「お礼言われる筋合いねえんすけど…。さっきタイさんに言ってたセリフ覚えてます? くれぐれも根詰めねえでくださいよ」

 従者からお許しが出た。やっとコマの帽子に着手できる!


「あの! 僕はまだ…」

「ミカ様。ユーカも刺繍糸のセットを屋敷に届けると言っていましたよ。それから、カモミが裁縫箱をと…」

「ええ!?」

「それからルーシが高山綿の六重ガーゼで作ったという膝掛けを、ティスが安息効果のあるハーブティーの茶葉と砂糖菓子を用意したと」


 ピッタがまるで目録を読み上げるかのようにスラスラと口にしていく。

 ピッタ、ユーカ、カモミ、ルーシ、ティスは同志村女性スタッフ達の名前だ。どうしても女手が必要な現場があるため、ピッタを除く四人は既に町の方へと向かったようだった。


「待った待った、そんな聞くからに高価そうな物受け取れないよ!」

 この世界において糸や布は高級品だ。

 産地と穫れる時期が限られる茶葉や砂糖も言わずもがなである。

「受け取ってやってくださいませんか。皆、ミカ様のお力になりたくて仕方ないんですよ。そろそろ私が嫉妬で殺されそうですし。それに、ミカ様に商品を献上して喜んでもらえたとなれば、商会も箔が付くでしょうから」

「むむ、なるほど、広告も兼ねてるって事か…」


 相手の利が絡むのならば変に遠慮しない方がいいんだろうか。もらうからにはきっちり宣伝に貢献しないといけないが。


「ピッタちゃん、ミカさんの扱い分かってきたよねえ」

「僕を無視し…」

「あの、アロマ商会のセージさん、ダットン商会のワットさん、ピラ商会のジョーさん」

「ヒャヒャイ」

 ドーシャみたいな上擦った返事が荷車の陰から返ってきた。どうして隠れる。


 ちなみに、ユーカとカモミはアロマ商会、ルーシはダットン商会、ティスはピラ商会の所属だ。ドーシャ達はアーユル商会で…何だろう、健康法にこだわってるのかな皆。


「まだ受け取っていませんが、皆さんの商会の商品をご提供いただくことになりそうですので、先にお礼申し上げます」

「ととととんでもございませんッ」

「きっちりレビューもしますから、どうか商売の役に立ててくださいね」

「おおおお恐れ多い事でございますッ」

 何を緊張してるんだろう。さっきまで推しの話で一緒に盛り上がっていた仲なのに。


「あー、でも、私くらいのレビューじゃ弱いかなあ。やっぱり本物のご令嬢、アメリアに手紙でお願いしようか」


「ミカ殿、そのようにおっしゃる事はありません。ミカ殿はナイフにしろ、編み棒にしろ、よい道具の価値をしっかりご理解なさっているご様子。ここにいる同志の商会は皆優良な商会です。きっとミカ殿のお眼鏡に叶う逸品ばかりでしょう」

 タイタがそうフォローしてくれる。

 何となく中央貴族仕込みの人が言ってくれるならきっと大丈夫という気がしてくる。


「ありがとうタイタ。そうだね、私なりにいい所をしっかり伝えさせてもらうよ。皆さんには私の名を託します。使えるものならどんどん使っていただいて結構ですので。必要なら一筆書きます。ユナニ商会、ヤクゼン商会、カンポー商会、ロミ商会の方々も、何か相談があればぜひおっしゃってくださいね。私が持つ知識でお役に立てる事があるかもしれませんし」


 案外部下達の方が遠慮せず話してくれそうな気がするので、部下の方にも目配せする。


「あの、ミカさん、新聞に名前書かれた時は恥ずかしくてどこにも行けないって言ってませんでした?」

 エビーが茶化し半分、心配半分といった顔で訊いてくる。

「こうなれば今更だよ。聖女にしろ氷姫にしろ異世界人にしろ、お土産品の一つでも売れて皆の利益になるならジャンジャン使えばいいでしょ。せっかく話題になってるんだからね」


 その新聞記事のおかげでね。売るなら今だ。

 この同志達は恩人というだけでなく、同じ推し仲間でもあるし、オリヴァーとタイタの関係者でもある。もしトラブルになったとしても間に入ってもらえるだろう。

 もちろん、危険な知識は渡さないよう気をつけるつもりだ。別に詳しくはないが、例えば銃や爆弾など、この世界にあるか無いかも分からない兵器の仕組みにまつわるような話は避けようと思う。


 がし、と肩に手を置かれたと思ったらザコルだった。少し目が据わっている。


「僕を無視するなとあれほど…。ミカ、完全に預けるのは彼らにとっても荷が重いのでは。大体、そういう名声や知識こそまずは自分のために使ったらどうなんです」

「まあそうなんですけど、正直自分でも何が何に使えるか分からないので、プロの商人の方に提案なりしてもらった方がいいかなと…。でも、そうですね。簡単な規約のようなものは作った方がいいでしょうか」


 そういえばザコルの方も、彼の名を勝手に使った騎士団服をオリヴァーが売り出すとか言っていなかったか。きっと同志を中心に滅茶苦茶に売れるんだろうが、あれの利益分配等はどうするんだろう。

 何となく、ほとんどの利益が猟犬ファンの集いの活動費に投じられて、最終的にザコルやその周りに還元されそうな気もするが。


 この黒い生地に深緑のラインと猟犬マークの刺繍が入った団服を同志が全員で着ていたら笑えるだろうな。


「ミカ、面白がらないでください」

「全身深緑タイツじゃなくて良かったじゃないですか。私はぜひレンジャー深緑やって欲しいですけど」

「よく分かりませんが絶対やりませんからね、何なんですか全身深緑タイツにレンジャー深緑って…」


 ずい、と、ドーシャとタイタが私達の視界に入ってきた。

「全身深緑、何でしょうかその魅惑の響きは」

「俺もその話は初耳です」

「お願いですから興味を持たないでください!!」


 怖い怖い秘密結社の人達が深緑というワードに反応してしまった。

 仕方ないので説明するしかない。仕方ないったら仕方ない。


「オリヴァーがね、ザコルが着ているこの服を猟犬ブランドで売り出そうとしてるらしいんですよ。オリヴァーったらセンスはいいけど十歳が考えるにしては無難でしょう? 私は全身深緑タイツを推していたんですけど」


「そのコスチュームが手に入る…ですと?」

「なんとなんと、なる早で商品化して下さるよう会長宛に嘆願書を送りませんと」

「マントは! マントは付属するのですか!?」


 まるで餌に釣られるように、荷車の陰から同志がたくさん湧いて出てきた。


「ミカ様イチオシの全身深緑タイツとやらについてもお話を伺いたく早速ですがお時間をば」


 ジーク領の街を拠点に手芸用品や糸などを扱っているというアロマ商会のセージが、懐から手帳を出しつつ迫ってくる。

「その案は却下です!! 物凄く嫌な予感がするので!!」

 ザコルが芸能人のマネージャーよろしく、詰め寄る同志達と私の間に入る


「そうですね例えば伸縮性のある深緑色の生地や革で頭の先から足の先までぴったりに誂えた全身深緑コスチュームにまるで『忍のような』金属製の額当てとマスクをつけて刀かクナイ持ってポーズとか決めてくれたらもうね最高にカッコいいだろうなと思って」

「ミカはもう黙っててもらえませんか!?」

「なるほどなるほどなるほどシノビのような額当てとは!! クナイとは!? もしやミカ様はシノビの流儀にお詳しい…!?」

 私が物凄く早口で言ったのを、セージが目にも止まらぬ速さでメモを取る。

「ミカの中のシノビ像は一体どうなっているんですか!?」


 忍とは。足音消したり、屋敷に忍び込んだり、シュシュシュと何か投げてきたり、シュッと跳んだり消えたり…。うん。


「ザコルは充分忍っぽいから大丈夫ですよ」

「一体何が、何が大丈夫なんですかぁ…っ!?」

 あ、ザコルのキャラが崩壊し始めた。やりすぎたか。


「ここでは何ですから、機会を改めて話をしましょう。細かい規約などの話もその時に」

『御意に』

 同志とついでにタイタが一斉にこちらを見ながら跪いた。

 皆の目が爛々としすぎていて笑ってしまった。


 そんな私達の傍らで、エビーとピッタが非常に残念なものを見る目をしながら立っていた。




 ぶつぶつと何かを呟くザコルと共に荷車に残っていた樽を降ろして魔法をかけていたら、例によって大樽を持ち上げてみたい男達が集まってきた。

 汗を拭くという用途とは違うが、ザコルチャレンジも楽しい樽の使い方の一つだろう。


 今日初めてザコルが大樽を持つ所を見た同志達もウズウズとし始め、男達の輪に入っていった。部下達の言う通り、人見知りな同志達も町の人々には少しずつ慣れつつあるらしい。



 イーリアはその様子をどこか微笑ましい眼差しで見ながら、そろそろカリューへ行くと私達に声をかけにきた。


 側近達と共にひらりと馬に跨り、

「ではな」

 と残して朝日の中を颯爽と駆け抜けていった。

 そのあまりにも絵になる光景に、他の女性陣と一緒になってキャーッと黄色い声援を送ってしまった。



つづく

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