むしろ誇りなさいよッ!
穴熊達が出発して数分経った頃。
ドンドン、と今度は荒っぽいノックが鳴った。
バァン、勢いよく入ってきたのは……
「大丈夫だからな聖女様!! 急いで飛び出す必要は……って、意外に落ち着いてんな?」
「私を何だと思ってるんですかビット隊長」
フツーに散髪を続けている私達に首をひねるビットであった。彼の後ろには私の護衛補助に入っている騎士ローリとカルダもいた。
「さっき穴熊さん達が来て、子供が壁を壊したから行ってもいいかって言われたんですよ」
「ああ、だからか。そうです、ゴーシ坊ちゃんが強弓で結構なデカさの壁を崩壊させちまったんでさ」
うんうん、と、隊長の説明にどこか満足げに頷くローリとカルダ。
どうやら、彼らはいち早く現場の状況を確認してきたらしい。それこそ私が飛び出してもいいように先回りしたのかもしれない。
「ゴーシ様もやはりサカシータ一族のお子。惚れ惚れするような崩壊ぶりでしたな!」
「駆けつけた際もまだ土煙と雪煙で辺り一帯けぶっておりました!」
「なるほど、それは人手が要りそうですね」
多少の損壊であれば穴熊も五、六人で対応しているが、今回はそうもいかないくらいの規模だったんだろう。だからこそ、私の側に控えていた者まで現場に行く許可を求めてきたのだ。
「だからな、聖女様とザコル坊ちゃんは安心してゆっくりしとけよ」
あばよ、とばかりにビットと騎士二人は退室していった。
その後、メイド長やよく話すメイド達、なぜか料理長など邸付きの人間が入れ替わり立ち替わり来て、飛び出すな…あれ、落ち着いてんな。というのを全員やって持ち場に帰って行った。
「どんだけ私の信用がないのか」
ふは、とザコルが吹き出す。
「真面目に悪さしないからですよ」
「前科一犯ってやつですね」
イリヤやジーロと一緒に大騒ぎで『深部』探索に行った時は、周りもハラハラと見守っていたのかもしれない。
それでも現場は見ておくかと、ザコルの散髪を終え、掃除などを済ませた後、私達は轟音のした方角へと向かった。
現場にはこれまたどこかソワソワと浮き足立つ当主一族が集結していた。
何人かがこちらに気づいて振り返る。
「あら? まあまあ、コリーったら随分とスッキリして素敵になったわ。ミカったら本当に散髪がお上手ねえ!」
ザラミーアは息子の周りをくるくる回りだした。息子は気まずそうである。ほっこり。
「はは、嬉しそうだなあザラミーア」
「ジーロさん、あなたも誰かに髭を剃ってもらいなさいな」
「ああ、髭か、忘れていた。毎日風呂に入っているだけでも褒めて欲しいところだな」
「褒めるとしたらいつも湯を用意してくださるミカの方よ。ちゃんと感謝して湯をいただくのよ?」
「もちろんだ」
イチャイチャイチャイチャ。
べり。
オーレンとイーリアがやってきて二人を引き剥がす。
「何をする」
「私のザラとイチャつくなジーロ」
「親と睦まじくして何が悪い」
「ええ、ええ。ジーロさんはいつまでも私のかわいい子よ」
「俺もザラミーアがかわいいぞ」
イチャァ…。
「ああもうダメだダメだ! 君達は血がつながってないからシャレにならないんだよ!!」
…あれは、何関係というんだろう。三角や四角の関係ともまた違うような。安定した三角関係に男が乱入、みたいな。
安定した三角関係て何だ、と一人でフフッとなる。
「姐さん」
「ミカ殿」
「エビー、タイタ」
うちの騎士達が合流する。エビーもザコルの髪に目をやった。
「お、兄貴さっぱりしましたねえ。もしやタイさんとオソロっすか」
「はい」
「俺とオソロ!?」
うちの姫ポジ騎士が動揺する。推しとオソロの髪型いいなあ。私も刈り上げたい。
ザコルは短くなった後頭部を自分で撫でる。
「前回は変装の必要もあって短く切れませんでしたから。しかし、ミカは本当に見事な腕前ですね。コタからは、刈り上げは素人には難しいと言われていたのに」
コタはアメリアのために集められた平民の『幼馴染』の一人であり、今はテイラー第二騎士団、氷姫護衛隊に所属する騎士である。彼の実家は床屋で、団員の髪は彼が切っているということだったので、一度彼に教授願ったことがあるのだ。
「時間かけて丁寧にやればできなくもないな、と思ってたんです。そういえば、タイちゃんはどうやってその刈り上げ維持してるの。エビーと切り合ってるって聞いたけど、エビーだって素人だよね?」
「ふっふっふ、コタの幼馴染っつう肩書き舐めてもらっちゃあ困りますねえ。たまにコタの手伝いで団員の髪いじくったりもしてたんで、刈り上げとかラクショーっす」
「なんだあ、だったらエビーに教えてもらえばよかったじゃん」
「コタに教われるんならその方がいいすよ。あいつ教え方上手いんで」
「まあね、おかげでタイちゃんの髪型もいい感じに再現できたよ」
「ゴ、ゴゴ、ゴーシ様が破壊なさった壁はこちらです!!」
タイタは動揺を誤魔化すように、件の現場を指差した。
「わあ、あの壁かあ。あれ、壊したらマズい壁じゃないんですか、ジーロ様」
「よく分かったなホッタ殿。その通りだ」
穴熊が群がるようにしてせっせと修復を進めているその壁は、地上から五メートル以上はあろうかという、子爵邸を囲む外壁の一部であった。
「すみませんすみませんすみません!!」
ペコペコしているのはゴーシの母、ララである。いつの間にかザラミーアとともに物件の下見から帰ってきていたらしい。というか、イーリアもいるということはミリナも帰ってきたのか。どこに、と思ったらイリヤとともに崩壊した壁を眺めていた。
「ララさん、そんなに謝らなくて大丈夫だよ。僕の監督下で起きたことだからね、君はもちろん、ゴーシにだって責任はないよ」
「でも……」
なおも申し訳なさそうにするララのかたわらではゴーシも俯いていた。そんなゴーシの背中をパシンと叩く人がある。
「あでっ」
「何シケた面してんのよゴーシ! アンタすごいじゃないの、あの強弓の最大威力を引き出せるなんて! 末恐ろしいわねえ!」
「でっ、でもあれ、こわしたらマズいかべだって」
「なぁに言ってんの、壊したらマズい壁っていうのはね、他より分厚く丈夫にできてんのよ。それを九歳のアンタが崩壊させたのよ!? むしろ誇りなさいよッ!」
「おお、いいことを言うなあロット。さすが、あちこちの壁に何度も何度も穴を開けていただけあるな」
「ロットさんは壁より床の方が多かったわ。壁を何度も壊したのはあなたよジーロさん」
「バレたか。おかげでどこが壊していい壁なのかよく分かったというものだ」
はっはっは。
「えええ……」
ジーロのあっけらかんとした様子に、拍子抜けするゴーシ。
「ゴーシよ」
「イ、イーリアおばあさま」
少年は女帝の迫力にぴゃっと身をすくませる。
「モノは壊さんに越したことはない。だがな、お前達サカシータの子が全力を出してモノを壊さぬわけがない。つまりあの壁の崩壊は、お前が真剣に弓を引いた証拠でもあるのだ。よくやったな、ゴーシ」
「わっぷ」
ぐわし、ぐわし、ぐわし。
豪快にゴーシを撫でるイーリアに、皆が和やかに笑う。
「これはめでたいなあ、母上」
「ああ、めでたいなサンド。ザコルがドージョーの壁をぶち抜いて以来だ。今夜は宴だぞ。準備しろマヨ」
「承知しましたリア様」
マヨはうやうやしく一礼する。
「旦那様。弓の訓練用に買い付けてきた鶏を全て〆てよろしいでしょうか」
「ああ、いいよ。せっかくだし、今からミカさんに射ってもらったらどうだい」
「それはいいですね! いかがでしょう氷姫様!」
「もちろん。鍛錬の機会をいただき、ありがとうございます」
目配せでエビーが私の弓を取りに走る。三日連続パーティの開催が決定した瞬間であった。
つづく




