すりすりすんすんしないって約束できます?
食後、まだミリナ達が戻らないので、一室借りてザコルの散髪の儀を執り行うことにした。
気を使われたのか、オーレンとエビタイは、ゴーシとイリヤに乗馬や弓を教えると言って外へ出て行った。
もう大まかな雪かきや雪踏みも終わった頃だろうな、と窓に目をやる。冬の午後特有の、淡い色の陽光が床へこぼれ落ちていた。
「ザコルの故郷は美しいですねえ」
「それはそうですね、僕もそう思います」
穏やかな声。愛しさが込み上げて、ふへ、と目の前の椅子に座った人に後ろから抱きつく。
「あの、髪は」
「切る前に補給です。このモサモサ頭ともおさらばなので」
すーりすりすりすりすんすんすんすん。
「やっ、やめてください、髪などどうせすぐ伸びますから」
「えー、じゃあ私が髪をバッサリ切るって言ったらどうします? すりすりすんすんしないって約束できます?」
「…………できかねます」
「でしょう。だからすりすりすんすんしてもいいですよね?」
「………………」
返答がないのを是とみなし、私は大好きなモサモサ頭を引き続き堪能した。
シャキン、シャキン。よく研がれた髪切り鋏のいい音がする。
「いいなあ、私も久しぶりに短くしたいな」
「は? ミカも髪を切るということですか? 冗談でなく?」
「あ、いや切らないですけど。切ったらザコルが困りますよね?」
「困ります」
即答である。まあ、私の髪は彼のテリトリーらしいので仕方ない。
「といいますか、僕が困る以上に周りに叱られますよ」
「あ、やっぱりですか」
実は高校卒業までは祖母の指示でおかっぱ頭にされていた私である。近所の理容室で切ってもらっていた。オシャレかどうかはともかくとして、扱いの楽さはピカイチだったように思う。
祖母の介護が本格化する頃には髪を切りに行く時間もなくなったが、理容室のおばちゃんが心配して連絡をくれ、祖母と私の髪を切るために家まで出張してくれることになった。
おばちゃんは色々な髪型を勉強してきては私に勧めてくれたが、祖母が子供の髪はおかっぱに決まっていると言って絶対に譲らず、私も特にこだわりがなかったため、卒業して祖母と離れるまではおかっぱ街道を走り抜けることになった。
大学入学以降は、おかっぱの維持はやめたものの、節約も兼ねて自分で前髪や顔周りを整えたり、胸のラインを越しそうになったら自分で切るようになった。入った会社で、隣のデスクにいた後輩に『はぁ? 髪自分で切ってるんですかぁ? 美容院行ったことないとか……いや、やっば』とガチトーンでドン引きされたのもいい思い出である。
ちなみに、テイラー邸でも同じことをしようとしたら、私についてくれていた侍女ホノルが悲鳴を上げたのでやめた。顔周りだけ整える許可はもらえたが、自分で鋏を持つことは許されなかった。そして現在の伸ばしっぱなし黒髪ロングスタイルに至る。
「ミカは自分のこととなると本当に不精ですよね…。あんなに繊細な料理が作れるのに」
「不精とかザコルに、というかサカシータ兄弟には言われたくないセリフですね。ふふっ」
シャキン。伸びすぎた襟足の毛束が足元にはらりと落ちる。
「うーん、そう考えると、こないだメリーが禊ぎで断髪したのも、よほど思い切ったことだったんですね」
そんなメリーと髪の少ない赤子を除き、この世界に来てから短髪の女性というのは未だに見たことがない。日頃からドレスアップの必要があって入浴も頻繁にできる貴族女性はともかくとして、庶民や子供は短髪の方が衛生面ではメリットが多いと思うのだが…。
「あ、修道院に入る方は短くしたりしますかね?」
「そうですね。例えばメイヤー教の教会に入る修道女は、入所の際に一時的に短髪にすることが多いそうです。身一つで教会に入る場合、唯一自分の裁量で寄付できる財産だとかで」
「えっ、お金に変えるのを目的に切るんですか? 信仰のためとかじゃなく?」
「はい。髪は高く売れます」
どうやら、所変われば修道院のルールも変わるらしい。少なくとも剃髪や断髪に宗教的な意義を求めていないことは判った。
メリーの髪も『禊ぎ』というより迷惑料的な感じで回収されたんだろうか。いや、いつでも金に変えられるものを奪うことで、どこにも逃げられないよう退路を絶ったというのが正しいか。
なるほど。貴族も庶民も、みんな換金向きの金のチェーンネックレスを身につけるみたいな感覚で髪を伸ばしているわけか。非常に納得がいった。
「え、じゃあ洗うのも大変だし半分くらい切って売っても」
「ダメです」
却下されてしまった。今の時点で腰に到達するくらいの長さがあるのに、どこまで伸ばしたら切る許可をもらえるんだろうか……
ズドォォオオン…………
「えっ」
どこかで鳴り響いた轟音にバッと窓に目をやる。確認のために近づこうとしたら手を掴んで止められた。
「非常時と思う時は不用意に窓へ近づいてはいけません。居場所を教えるようなものです」
「あ、確かに。すみません」
「音からして外ですね。地下などではありません」
「流石。音だけでよく判りますね」
トントン。
控えめなノック音。この気配は…
「穴熊さんですか」
うぉう。
元気なお返事があった。
ガチャ、と少しだけ扉を開いた彼はどこか興奮しているようだった。
「こども、かべ、こわすぃた。ぃく、ぃぃ?」
子供が壁を壊した。行ってもいいか。
「あ、はい。どうぞ……」
うぉううぉう、扉の向こうで複数の穴熊の声がする。
彼らはそれぞれ道具を担ぎ、意気揚々と現場へと向かっていった。
つづく




