銀座の喫茶店にでも来ちゃったみたいだ
ランチは、少年達のお守りをしているオーレンも誘い、私専用に整えてもらっている調理場でいただくことにした。
「せーじょさま! このダシマキ、こないだのよりもっとうまいよ! こう、なんていうかさ…」
「おいしいスープがたまごにとじこめられてるみたい!」
「そう、それ!!」
口いっぱいに出し巻き卵を頬張る少年達をほっこりと見守る。
「おいひい…」
よし、ザコルの語彙もなくなった。鶏ガラ出汁を使った出し巻き卵は大成功だ。
「ふふ、喜んでもらえてよかったです。オーレン様もいかがですか。出汁巻きというより、ちょっと天津飯の卵みたいな味になっちゃったかと思いますが…」
動物性の出汁で、さらにひいた油もラードというせいで、天津飯だとしても大分コッテリ味に仕上がってしまっている。これはこれで美味しいが、例によって出し巻き卵とは似て非なる卵料理である。
「何言ってるんだ、ぼかぁ天津飯だってずっと食べたかったんだよ!! これは昨日のスープを入れて焼いたんだろう? そうだよね、鶏ガラで出汁を取れば中華風になるだなんて、どうして今まで気づかなかったんだろう…」
オーレンがというか、うどんに合う出汁としてこの領の料理人が開発したのは牛骨スープであった。それはそれで韓国風で美味しかったと思うが、オーレンの思い出の味の中には無かったのだろう。
「中華かあ、ネギと肉と小麦粉があるなら餃子も再現できるなあ」
ガタッ。
「餃子!? 君、餃子も手作りできるの!?」
「ギョウザ、とは何ですか!」
同時に反応したオーレンとザコルに「ふふっ」となる。
「皮から手作りしたことがあるので作れますよ。例によって醤油がないので、タレはワインビネガーを使った『もどき』になるとは思いますが」
はあああ。
「君に世話されていたというお祖母様が心底羨ましいよ」
「私に料理を仕込んだのもまた祖母ですけどね」
持ちつ持たれつ。祖母は、自分が高齢だったこともあり、私が一人になっても生きていけるよう、家事の類は事細かに教え込んでくれた。
「オーレン様。こちら俺が焼いたアップルパイとパウンドケーキっす。デザートにどーぞ」
洒落た一皿がコトリと置かれ、オーレンは目を丸くした。少年達からも「わあ!」と歓声が上がる。
「ケーキ!? 君が焼いたの!? なんだい、これも本格的じゃないか!」
「へへっ、シータイ産の林檎、テイラー産の小麦粉、兄貴が街で買ってきた白砂糖を贅沢に使用しております」
エビーはおどけたように一礼してみせた。
「生クリームも添えときますね」
「お紅茶も一緒にどうぞ。エビーの用意する甘味もまた絶品でございますよ」
今度は音もなくスッとカップとソーサーが差し出される。執事タイタの仕業である。
エビーと執事は、ザコルと私、少年二人の前にも同じようにケーキセットを届けてくれた。
「まるで銀座の喫茶店にでも来ちゃったみたいだ。ケーキだなんて久しぶりだなあ…。いただきます!」
パンッ、孤独のなんとかよろしく、オーレンは合掌してからケーキにフォークを入れる。
「オーレン様、他のお客人にも届けていいすか?」
「もっ、もひほん」
エビーは私にも了解を取り、ワゴンにケーキ類とホイップクリームをたんまり乗せて商会女子達の部屋へと出発した。
「君の従者は有能だねえ」
「でしょう。うちの子達はみんな有能なんですよ」
どや。
「ミカ殿、ザコル殿のご指導の賜物でございます」
「タイタの作法が完璧なことに僕の指導は関係ありません」
「それはそう。元コメリ子爵夫人様のおかげですよね」
私とザコルはケーキセットを頬張りながらうんうんと頷く。
「タイタ君は特に公爵家や王家のお付きもできそうだね。コメリ家のご子息だったんだから当然か。タイタ君のお父上とは何かすごく気が合ってねえ、酔った山犬君を二人で介抱したり……ああ、懐かしいな。あの時あんなに小さかった子がこんなに立派な騎士になったんだ。時の経つのは早いね……」
今は没落したタイタの生家、コメリ子爵家は、タイタが小さい頃にこの近隣に家族旅行をしに来ている。タイタ自身が思い出を語っていたので覚えていたことだ。
「ご両親は息災と聞いたよ。手紙を預けたら届けてくれるかい?」
「もちろんでございます。我が父母に格別なるご厚情を賜り、深く感謝申し上げます。……して、オーレン様。恐れながら、父母について一つ質問をお許しいただけますでしょうか」
「ああ、うん。僕が知っていることなら」
オーレンもケーキセットをもぐもぐ食べながら快く頷く。
「我がコメリ家はオースト貴族の中でも特に地方と関わりのない、中央貴族と呼ばれる家でありました。それがどうして、山派貴族の筆頭であるサカシータ子爵家やモナ男爵家の方々と交流の機会をいただけたのかと、皆々様にあたたかいお言葉をいただくたびに気になっておりまして。差し支えなければ、きっかけなどをお教えいただけますでしょうか」
ふむ、オーレンは再び頷いた。
「なるほど、タイタ君は知らなかったんだね。知らされる前に貴族社会を離れちゃったのかな…。君の母君、マイ様のお父上は、この領の東にあるタイラ男爵家の傍流なのさ」
「えっ」
タイタがその緑眼を瞬かせる。
タイラ男爵領とは、オースト国の北東に位置し、巨大な塩湖有する領地を治める家である。サカシータ家五男ザイーゴの派遣先でもある。
「君のおじいさまに当たる方だね。嫡流ではないが、塩を売るためにタイラ男爵の名代として王都に出て、マイ様の母君と出会って婿入りしたんだと聞いている。マイ様ご自身は王都育ちで地方にはほとんど行ったことがなかったらしいけれど、一度でいいから自分のルーツを辿る旅に出てみたいと願っていた。ってゴーハン君に聞いたよ。ゴーハン君からいきなり文をもらった時は、中央貴族が何の用だろうと僕も不思議に思った。当時、山賊がジーク領とタイラ男爵領の境にのさばっていたという事情もあって、回り道にはなるがモナ領とうちの領を通ってタイラ領に入りたいと、わざわざ触れをくれたのさ」
それはものすごい長旅だな…。王都から寄り道せずサカシータ領に来るだけでも十日はかかるのだ。往復を含めると、全旅程は最低一ヶ月。子連れ旅ならそれ以上の期間を要したのではないだろうか。
確か、コメリ一家はウスイ峠にある山小屋にも立ち寄っている。あの過酷な峠を越えたかどうかは知らないが、前モナ男爵からぜひにと山小屋へ誘われたのかもしれない。あの御仁は少々強引なところがある。
「知りませんでした…。なりゆきはもちろん、まさか母方祖父にそのような経歴があろうとは」
タイタは、迷ったようにザコルの方をちらりと伺った。ザコルは咀嚼していたパウンドケーキをごくんと飲み込む。
「僕は君の家系のことはよく知りませんが、君が知らされなかった理由は何となく分かります。おそらくですが、後に属した派閥のせいかと。元ホムセン侯爵とその一派は山派の人間を軽視というか、差別する傾向にありました。君に山派貴族の血が流れているとは、知らせられなかったのではないでしょうか」
「そんな……っ」
顔色を変えたタイタに、大丈夫、とばかりにオーレンが首を横に振る。
「ゴーハン君も葛藤があったと思うよ。コメリ家として付き合いのある家があのホムセン侯爵一派に属していて、誘いを断れないかもしれないって頭を抱えていた。ゴーハン君とマイ様とは駆け落ち同然で、マイ様のご生家である伯爵家とは絶縁状態だったとも聞いている。あの伯爵家は同じ中央貴族でも、シュライバー侯爵家の一派だったはずだ」
シュライバー侯爵家とは、テイラー伯セオドアに嫁いだサーラの実家だ。アメリアの実母で、かつて王宮にて王妃の侍女を務めていたセーラはサーラの姉である。
シュライバー侯爵家は政務の才能に恵まれた人物を多く輩出する事で有名な家だが、同時に『頭脳と引き換えに野心をどこかに置き忘れてきた』『仕事人間』などと揶揄される一族としても有名らしい。
私の中でシュライバー侯爵一派は、引きこもりオースト王に代わって、王妃とともに王政の維持に奔走する『社畜一派』と勝手に解釈している。
コメリ一家は、没落後も絶縁した母方の家を頼れなかったのだろう。祖父の出生に関することをタイタが聞いていないのも、当然と言えば当然かもしれない。
つづく




