とっちめよう。そうしよう。
ぎゅう。
そろそろ布団から出なければいけない時間だというのに、ザコルが私を抱き締めたまま動かない。
「…あのう」
「…………」
返事もない。まさか二度寝か? と顔を見ようとしたら、動くのも許さんとばかりに腕に力が入った。起きてるじゃん。
仕方がないのですりすりしてみることにする。相変わらず胸板は硬い。硬いがぬくい。
「ふへへぇ」
「変な声で笑うな」
「だって、ぎゅってしてくれるから…」
よく分からないが、昨日ミリナやカズと手を握ったり抱き合ったりしたせいだろうか。
それとも、穴熊が何度も何度も『分かってるぜ』みたいな顔でこっちを見てくるので『よろしく頼む』とばかりに頷き返していたせいだろうか。それとも、突然涙目になったエビーをよしよししたせいだろうか。それとも……
「全部です」
「声に出てました?」
「……今日は、髪を切ってください」
「はい。もちろん」
やっと腕がゆるむ。私は、モサモサになった頭をいーこいーこと撫でた。
ザコルとエビタイを伴い、一番乗りのつもりでまだ薄暗い訓練場に行くと、既にゴーシとイリヤが雪合戦していた。
「早いね君達」
「せーじょさまたちだ!」
「ほんとだ、おはようございます!」
雪まみれの少年二人が、雪をかき分けるようにしてこちらに駆け寄ってくる。
「きょうは、ぜんぜんゆきがかたまらないです」
イリヤが不満そうにさらさらの雪を手ですくう。
「あー、随分積もったもんねえ」
昨夜降り出した雪は、今朝までに分厚い新雪の層を作り出していた。彼らは一番乗りなので、まだ一歩も踏み固められていないふわふわの雪の中で遊んでいたようだ。それはそれで楽しかろう。
「ゴーシくん達はしばらく子爵邸に泊まるのかな」
「うん! シゴトひとだんらくしたからいーんだって。みて! ロットおじさまのけん、かしてもらった!」
シャキーン。ゴーシは背負っていた剣を鞘ごと掲げてみせる。剣ももれなく雪まみれだ。
「おー、良かったねえ。…あれ? それ、前にイリヤくんが借りてた剣とは別の剣だね」
雪まみれでパッと見同じに見えるが、鞘や柄のデザインが微妙に違う気がする。それに少し長いか。
「ロットおじさま、こどものころ、いきなりせがのびたからなんぼんかあるんだって。いーなあ、おれも早くせがのびてほしい!」
「ぼくも!」
…そんなに急いで大人にならなくてもいいのに。
と、そんなありきたりなセリフがよぎって思わず苦笑する。
大人は子供に憧れるのでもったいなく思うが、子供は大人に憧れてくれるものなのだろう。自分の時はどうだったろうか。
「おじさまたち、みんなかわってておもしろい。おれもおもしろおかしく生きる。ぜったい」
「えっ」
ゴーシは女子にモテたいのではなかったか。
「だめかしら?」
きゅるるん。
「だめ…ではないね。うん、かわいいしいいと思うな」
時代はモテより個性である。
「へへっ、いまのはロットおじさまのマネ!」
「にてますゴーシ兄さま!」
わーっ。ごろごろごろごろ。
少年達は笑いながら雪に体をまぶす。このまま雪だるまにでもなるつもりだろうか。
「ゴーシは今、僕のことも変わっていて面白い部類に入れましたか…?」
「そりゃ兄貴は筆頭だろ」
ブンブン、ザコルがエビーに雪を投げたが、新雪なのでかろうじて当たった雪玉もさらっとほどけ、飛沫となって散った。少年達はそれを見て爆笑し、まるで水をかけ合うかのように雪の浴びせ合いを始めた。
「聖女様ぁ! 坊ちゃん方ぁ!」
「あれ、ビット隊長とオオノくんだ」
おーい、と騎士二人が手を振りながらこちらへやってくる。
「雪が積もったばっかだからよう、今日こっちは使い物になんねえ。鍛錬はドージョーの方へ行ってくだせえ」
「ははは、皆さん雪まみれですね」
オオノに笑われてしまった。
少年達と一緒になって雪を浴びせ合っていたザコルやエビタイはもちろん、私も新雪をかき分けながらここまで来たので半分は雪だるま状態だった。少年達のことを言えない。
私達を呼びにきたビットとオオノは、私達が切り拓いた道を器用に歩いてきていた。
「ほらあ、今日は絶対こっちでやらねえだろって言ったじゃねーすか」
エビーが呆れ半分、からかい半分にそう突っ込む。やらねえだろと言いながらも笑って付き合ってくれるのが彼である。
「ふふ、ちょっと新雪でいっぱいの訓練場が見てみたかったんだ」
「ミカ殿のお気持ちも解ります。やはり、壮観でございますね」
タイタは一面真っ白、何の凹凸もなくなった訓練場を見渡す。この領に来てから積もったばかりの雪原は何度か見てはいるが、何度見ても感動するのが非雪国出身者なのである。
「さあ、行きますよミカ」
「待って! 今日こそあれをやらないと!」
「あれ?」
私は差し出されたザコルの手から一歩離れ、両手を横に広げた。
「雪だ雪だーッ」
「それはいつもやっているでしょう…っ、ふ」
くるくる回ればみんなが吹き出す。
新雪に足をもつれさせて後ろに倒れた私は、背中まで雪まみれになった。
パンパン、私達は服のあちこちについた雪を払いながら邸の方へと歩く。背中はザコルが自分のマントをハタキがわりにして雪を落としてくれていた。
「聖女様」
「え、何かありましたか、ビット隊長」
神妙な顔をしたビットに、私も思わず気を引き締める。
何だろう、近隣で厄介な曲者でも出たとか、それとも魔獣のことで何か問題でも……
「…いやほら、イタズラ、するんだろ?」
コソコソ。
「は?」
声を潜めて告げられた内容に、思いっきり怪訝な顔で返してしまった。
「ほら、うちの騎士団長とシュウ坊ちゃんがコソコソ掘ってたトンネルを使うってハナシさ」
「…えっと」
その話、こんなところにまで広まっているのか。いや、ビットは騎士団の幹部でもあるだろうから、耳に入れていてもおかしくはないだろうが。
「その話、俺も噛ませてもらえねえかと思ってなあ。ヒヒッ」
言い方は悪いが、どこか下卑た顔で笑うビットだ。悪いこと考えてる山賊のドンかな…。
「あのう、どうしてそれを私に」
「何言ってんだ、騎士団長っつうかロット坊ちゃんが主導みたいな顔してやがるが、黒幕は聖女様だろう?」
「違います」
「違ぇこたねえだろ、ロット坊ちゃん本人が聖女様に詳細は訊けっつってんのに」
「はあああ?」
よおし。今日はロットをとっちめよう。そうしよう。私は心に決めた。
つづく




