もっと問題で笑う
「ちょっとカズっ、やめなさいよアンタあたしのことが好きなんじゃないの!?」
「手を離せナカタ」
ぐぐ、まだ赤面が残るロットとザコルが固く結ばれた私とカズの手を持って引き剥がそうとしたが、強めに握られていて簡単には剥がれなかった。というか痛い。
「ダメよ、ミカの手がちぎれちゃうわ!」
「離せと言っている」
「やです。だってー、ついに堀田先輩の嫁は誰だ選手権始まったんですよねぇ? 選手権てゆーか戦争? もーどんどんアピってかないと出遅れるカンジじゃないですかぁ。なんかマヨ様も先輩と遊ぶ約束したとか言ってたしぃ」
どうしてそこにマヨが出てくるんだ。
「マヨ様には、私『で』遊んでもいいですよって言っただけだよ」
「あっは、もっと問題で笑う」
…あれ、後輩ギャルの目が笑ってないどうしよう。
「それはナカタに同意です! ミカ、あまり体を許すような約束はしないでください!」
「あ、いえ、着せ替え人形的な遊びだと思うんですが」
人妻相手にいかがわしい嫌疑をかけるのはやめてあげてほしい。
「まあ、ミカ様が着せ替え人形をなさるの。きっとかわいらしいわね、素敵!」
不穏な空気に気づいているのか気づいていないのか気にしていないのか、ミリナがどこか羨ましそうに声を上げる。
「私もミカ様にお洋服を選びたい……あっ、そうだ私、何か作って差し上げてもいいでしょうか!」
圧。今日はいつになくミリナも積極的だ。
「そ、それはもちろん、といいますか私、ミリナ様とおそろいのエプロン勝手に縫ってるとこです。キモいことしててすみません」
「まあキモいだなんて。どうして声をかけてくださらないんですか、一緒に縫いたいわ」
「じゃあ明日…」
「ちょお、ミリナ様! 先輩独り占めしないでくださいってばぁ! ウチ裁縫とかできないんですけど当てつけですかぁ!?」
「でしたらカズ様も一緒に作りましょう。苦手なら私が縫って差し上げます」
ニコニコ。
「…えっと、じゃーお願いします?」
「決まりね。明日は一緒にかわいらしいエプロンを縫いましょう!」
「あ、はい」
ヤンデレギャルは毒気を抜かれたような顔で頷く。
「天然無双かよ…」
ボソ、とエビーがつぶやいた。
「ね、ね、ミリ姉、そのエプロン作りってあたしも参加していいヤツかしら!?」
きゅるるん、キラキラおめめで両の拳を握るのはロットである。
「もちろんよロット様。お裁縫はお得意なの?」
「さっぱりよ!」
どーん。マッチョオネエは胸を勢いよく叩いた。
「っふ、あはははっ、もうっ、笑ってしまったじゃないの。いいわ、ロット様の分も私が縫って差し上げますからね」
「あたしの分はいいのよ、ただどんなフリルやリボンをあしらうか一緒に選びたいだけなのっ。ユーカ達にも声かけとくわ。ここに上得意客であるザコルがいるんだもの、売り物いーっぱい持ってきてるでしょ!」
ユーカとカモミは、同志の一人であるセージが会頭を務めるアロマ商会のスタッフだ。かの商会は手芸用品を専門に扱う、オースト国内トップクラスの大店である。
というか、エプロンごときをどんだけゴージャスに仕立てるつもりなんだろうか。
「ミカに似合いそうなリボンは既に僕が買い占めました!」
フンッ。
「もー、ザコルは相変わらずなんだからぁ。そんなにあったって結びきれないでしょ? ミカにかわいーいエプロンつけてもらいたくないわけ」
「…………僕は、服装に色気を感じるタチではありません」
「強がっちゃってー。その割に手作りマフラーとか贈ってるわよねアンタ」
「そっ、それはミカに教わった技で作ったから」
「いーじゃないのよかわいいエプロン一緒に作りましょーよどうせアンタ縫い物だって習ったら一瞬でできるようになるでしょスッゴイ豪華でまるで鎧みたいなドレスとか作ってよねえお願いよザコル!」
「ちょっ、ロット兄様、やめ」
ガクガクガク。兄に思いっきり肩を揺さぶられて白目になりかけるザコル。レアだ。
「すご、ザコルがちゃんと揺さぶれられてるのって初めて見たかも!」
「ええ、いつもは誰がどんなに揺さぶろうともビクともなさいませんから。流石は実の兄上様です!」
私とタイタは目の前の奇跡に感動を禁じ得ない。
「お二人はよう、何に感心してんすか、確かにすげーけどカオスすぎんだろ」
「全くお前達は実に面白いなあ。とても有事のさなかとは思えんぞ」
「ジーロ様も呑気すねえ…」
「そうか? 一番呑気に振る舞っているのはホッタ殿とザコルだろう。エビー殿もそうは思わんか」
「っすね。あの二人は、どんな時でも楽しい老後の話とかしてるよーな人達っす」
「老後だと? くっ、ははははっ、老後か、笑えるなあ!」
むー。カズがわざとらしく唸って頬をふくらませる。
「なんかぁ、不安になってたのバカみたいなんですけどぉ」
「え、カズは不安になってたの? 何に? 邪教の考えのエグさに? 大丈夫だよ、あんたなら襲われても秒で返り討ちでしょ。あ、でも魔封じの香には気をつけてね。牢とか密室は避けた方が」
「違うっての! 自分のこととか心配してねーし。…ただ、先輩が、ひどい目に遭ったらヤダなって、思っちゃっただけだし……」
きゅーん。どうやら私の身を案じて不安になっていたらしい。
「後輩がやさしい…!」
「ちょ、だっ、抱きしめんのやめっ」
「何よー中田まで、何ザコルやロット様みたいなこと言ってんのいーじゃん女同士なんだからーむふふふぉ」
「そーいうとこだっつの!! ちょっとは危機感覚えろし!! ほんっ、ガチで…っ」
ジタバタ。
「まあ仲良しねえ、かわいらしいわ。ねえタイタさんもそう思わない?」
「ええ微笑ましい限りです」
ほわほわ。
「天然無双かよ…」
「離れろナカタ!!」
「うるせーし彼ピのつもりならちゃんと管理しとけっつのこの野生人!!」
ギャイギャイ。
後輩のぶりっ子が完全に剥がれて元ヤンみたいになっている。
それもまたかわいいなと思う私も大概、親バカならぬ先輩バカなのである。
つづく