わかりすぎてつらいまである
私達は魔獣舎を後にした。
行きは徒歩だった私達だが、帰りはミリューとスザクが手分けして乗せて送ってくれることになった。
話し込んで遅くなってしまったが、なんとか日が陰る前に子爵邸に帰れそうで安心した。
ミリューの方に乗った私は、後ろのスザクに乗っているジーロ、ロット、カズの方を見遣る。魔獣に乗るのが初めての彼らは大興奮で乗っていた。とりわけ、魔獣と仲良くなりたいジーロのはしゃぎっぷりは微笑ましいまである。
今回は無事、ミリナ完全主導という形で魔獣達の協力が得られることが決まった。作戦『コード・エム』は順調に進んでいる。
騎士達の訓練場へと降り立ち、ミリューとスザクを見送った後、私はオーレンに声をかけた。
「オーレン様。魔獣舎での話になるのですが、渡り人の、特に女が狙われやすい理由ってあれ、本当ですか」
オーレンは、父親が渡り人であるよりも、母親が渡り人である方が魔法士としての適性が子に受け継がれやすい、と話していた。
「ああ、昔はよく言われていたらしいよ、通説ってヤツさ。だから王侯貴族は渡り人を、特に女性の渡り人を自分の家に入れたがった。優秀な魔法士を身内に抱えることが、名誉とされた時代があったからね」
この世界の『現代』では、渡り人召喚が世界的に禁忌とされるようになり、魔獣の召喚にも制限が設けられるようになった。そうなったきっかけは、どの書物にも書かれていなかったので知らない。
「君の前で言うつもりはなかったんだけれど、ごめんね、つい話題にしてしまった」
申し訳なさそうに言うオーレンに、私は首を横に振る。
「いえ。前々からどうして女が特に狙われているのかと不思議に思っていたので、聞けてよかったです。話は変わるのですが、オーレン様は、この世界で魔法士が希少になったのを、召喚行為そのものが減ったせいだとお考えだったりしますか?」
んー、とオーレンは首をひねる。
「断言はできないが、渡り人の血が薄まってきたことは理由の一つに挙げられると思うよ」
新たに召喚されなければその血は薄まる一方、道理だ。
ということは、この世界ではもともと、魔力を持つものが自然発生する確率が低いということになる。いや、そもそも魔力そのものが存在しなかったという仮説も成り立つかもしれない。召喚か自然転移的な現象によって魔力を帯びたものがやってきて初めて、この世界に魔力や魔素的なものがもたらされた、的な。
何ていうか、ミトコンドリア宇宙から来た説みたいだな。母性遺伝というのならなおさらだ。
「オースト国とサイカ国の間でも、魔獣による迫り合いを止めようと協定が結ばれたのは知っているだろう。渡り人も魔獣も強力であるがゆえに、ひとたび争いが起きれば被害が甚大となる。僕達が生きた世界でも、原爆に反対する動きがあっただろう。やっと冷戦が終わったってニュースで見た記憶があるけれど、それでも、まだまだ大国が核を持って脅し合っていたはずだ」
アメリカとソ連の冷戦が終わったのは何年だったろうか。オーレンがあちらで亡くなってこっちに転生したのは一九九〇年くらいだと推察されるので、その少し前か。
「こちらの世界でも、大きな力を持ちすぎるとお互いの破滅につながるという考えがやっと浸透し、成果が出始めたところと言えるかな。まあ、僕らサカシータ一族もその『大きな力』の一つだ。だから、僕はこの里や聖域を守る以上には使いたくなかった。ツルギの女王も同じ考えでいらっしゃるよ」
なるほど、オーレンがというか、旧ツルギ王朝、山派貴族全体で国の要職に就かない方針になったのは、その血に受け継がれる力を争いごとの種にしたくないという崇高な志によるものだったのか。百パーセントオースト王家への当てつけかと思っていた。
「えっと、当てつけじゃないよ?」
「声に出てました?」
「君って面白いよね」
オーレンにまでオモシレー女認定されてしまった。
「でもね、僕も怒ることはあるんだ。こんなに怒ったのは久しぶりだなあ……」
オーレンは、ミリューとスザクが帰っていった魔獣舎の方に視線を向ける。
「暴れてやろうね、ミカさん」
ニコォ。
私はその日、アカイシの番犬という二つ名を冠する彼の本気の殺気というのを、初めて体感することになった。
ザッ、ザッ、ザッ。オーレンは悠々とした足取りで邸へと向かって去っていった。背中から何か熱気のようなものが立ち上っているように見えるのは幻覚か。
「ブチギレてるわあ…」
ボソリとロットがつぶやく。オーレンは昨日のパーティでも尋常じゃなくキレているように見えたが、あれでもまだ女子や子供達に遠慮していたのだろう。
あは、とロットの横でカズが笑う。
「ウチ、キレてるオーレン様って好きですよぉ」
「好…っ」
「ちな、キレてるだんちょーも好きぃ」
「好…っ!?」
「だってぇ、マジんなった時の顔つきとかぁ、空気とかぁ、めちゃカッコイーじゃん?」
青ざめたり赤らんだりと忙しいロットを軽くおちょくりつつ、カズは歌うように推しへの想いを語る。
「わかる」
私は強めに頷いた。
「わかってくれますかぁ」
「わかりすぎてつらいまである。あのね聞いてくれる。これ何度でも言うんだけど、ザコルのマジは『無』なんだよ。もうホント完全なる『無』! 殺気はもちろん気配も音もなんにも無くなって、相手は心臓貫かれるまでその存在にさえ気づけないの。わずかな光にきらめく刃、飛び散る血さえ花吹雪の如し。もうもうもうホンットカッコよくって…!!」
視界の隅でタイタが強めに頷いている。ザコルは頭を抱えている。エビーは『うへえ』という顔をしている。
「あは、先輩感性ブチ壊れてて草。今度、ウチがマジんなって戦ってるとこも見てくださいよぉ、流石にコロシてるとこ見られたら引かれるかと思ってたけどぉ、全然ダイジョブそーで安心しましたぁ」
「何言ってんのそんなの引くわけないじゃん私だって曲者にも鶏にも躊躇なく矢を射れる女だよ!?」
「へえ。じゃあ、次こそ絶対、ウチに惚れさせてあげますね」
ぎゅ、強めに手を握られ、ニィ、と目が細められる。
私は「ひょ…」としか言えなくなった。
つづく




