『はぁ?』って言われてもめげないわ!
その場の全員の注目を浴びたミリナは、急に怖気付いたらしく目を泳がせた。
「ひぇっ、あ、あのっ、わっ、私も何か、あのっ、まっ、魔獣のことっ、なので!?」
キュルル……
冷静。ミリナ。
ミリナの近くに黙った控えていたミリューが、静かに『落ち着け』と鳴いた。
「ミリュー…落ち着けと言いたいのね? そうね、そうよね」
すーはーすーはー。深呼吸。
ミイミイミイ!
ママ、ミイ達使え!
ミリナがやる気になったと期待したか、ミイを筆頭に、小中型の魔獣達が一斉にミリナへと迫る。
「ちょっ、待って、待ってちょうだい、分かったから。でも、不安もあるのよ。いくらひどい目に遭っている魔獣の子を助けるためだとしても、果たして、私の判断であなた達を…………」
ミイ?
何が不安なの? と言わんばかりのキラキラした瞳達に、ミリナが「うっ」と唸る。
ううう、むむむ…………キッ。
散々悩んで唸った後、瞳に力を宿したミリナには思わず拍手を贈りそうになったが、ここは我慢である。
「ま、まずっ、コマちゃんには私が交渉します! あの子以上に、ジーク領の隅々まで把握してる子はいないはずだもの。私、彼とはお友達…だと思うし、ちょっとは話を聞いてくれるはずよ。『はぁ?』って言われてもめげないわ!」
ふんす。意気込むミリナに、ミイは感動したように手を叩いている。私も叩きたい。
「そっ、それからあのっ、穴熊隊長、さん」
「なに」
穴熊がコテンと首をかしげる。ちょっとかわいい。彼は言葉が少し不自由な分、ジェスチャーを交える癖がある。
「こっ、この子達も、連れて行ってやってくださいな!」
ちら、ちら。穴熊は、私とオーレンの方を伺ったのち、ミリナに向き直った。
「どれ」
「どれ……ええと、こちらの、小回りのきく大きさの子達です。大型の子達では目立つでしょうし。この子達を連れていけば、必ず相手の魔獣とのコミュニケーションに役立つはずです。いくら助けに来てくれた相手でも、初対面で大人しく従ってくれるとは限りませんから」
ミリナの言葉に、オーレンが「そうだね」と頷いた。
実際、子爵邸の地下で迷子になっていた魔獣達をみんなで捜索したときは、コミュニケーションの取れる私の班以外はもれなく魔獣に攻撃を受けていた。穴熊も傷だらけになりながら小さな魔獣達を連れてきてくれたのだ。
「ミイとナラとトツ、それからジョジーもいいでしょう。この子達は普通の動物にも姿形が近いですし、何度か戦場に出た実績もあります。他の子はまだ若いので、こちらの話すことを完全に理解できない可能性がありますわ」
「えっ、魔獣達って、人間の言葉を後天的に覚えてるんですか?」
思わず口を挟んでしまった。
「あ、お話し中に失礼しましたミリナ様。魔獣達も、渡り人と同じく翻訳能力でも持っているのかと思っていたので、つい…」
「お気になさらないでください。召喚されたばかりの魔獣の子は、こちらが話しかけても明らかに反応が薄いのですよ。行ってとか、食べて、のような簡単な指示でも、最低でも半年くらいは教え込む必要があります」
「そうだったんですね。…あ、そっか。それでイアン様、ミリューに乗ってシータイに来た時、ミリューが難しい話は理解できないだろうって、誤認してたんですねえ」
「まあそうだったんですか夫が…。そんなこともあるかもしれませんわ。夫は好きな時に連れ出すばかりで、この子達の成長に寄り添っていたわけではないですから」
イアンの中では、ミリューは難しい言葉を解さず、簡単な指示しかきけない『赤子同然』の魔獣のままだったのだろう。
キュルルウ…
仲間、侮辱、許容、不可。成敗、共に。
「うんうん、私とミリューで一緒に氷の牢を作って閉じ込めたよね。あと、それで本当にミリューの『主人』なんですか? って言ってやったよねー」
キュルル!
強力!
「強力? 強いって褒めてくれてるのかな。あの時はミリューが魔力分けてくれたのもあるんじゃ」
キュルー、キュキュ。キュキュウ…
言葉、強い。代理、の…
「あー、口喧嘩の方か。それはいつでも任せてよ」
ミイミイ。
ミイが補足に来た。
彼の話によると、どうやら魔獣達には『言語』という概念がもともと無いらしい。魔界では魔力のやり取り的なことで意思疎通を図っているらしく、この世界に来て初めて音による意思疎通の方法を知るのだとか。ただ、人間と同じ発声はできないので、それらしく鳴いて意志を伝えようとしているらしかった。
「それで君達、話し方のレベルがまちまちなんだねえ…」
よく喋れるというか、よく言語化できているミイやゴウはまさしく頭脳派なのだ。玄武も達者だが、彼には長年こちらの世界で暮らしてきたというアドバンテージもあるだろう。
「ひめ。連れてく、ぃぃ?」
穴熊が魔獣達を指して私に確認を求める。
「もちろん。女王様のご厚意です。ぜひご協力いただきましょう」
やったー、とばかりにミイ達小中型魔獣達が浮き足立つ。ミリナは複雑な表情ながら、ホッと胸を撫で下ろした。
キュルキュル。
ミリューが何かをねだるようにミリナに鼻先を押し付ける。ミリューは言葉を理解はしているが、自分の意志を言語化するのは苦手な方である。
「分かったわミリュー、あなた達大型の子達にもちゃんと出番を考えるから。そうね、助け出した魔獣を迎えに行ってもらうのはどうかしら。それに、私とミカ様を乗せて領内を散歩してもらわなくてはいけないわ。私、ミカ様と一緒に遊びましょうとお約束したのよ」
「覚えててくれたんですね、ミリナ様」
ミリューに協力してもらって領内観光に行こうと提案したのは私である。
「ええ、だって嬉しかったんですもの。シータイに来たばかりの私に、交流を深めたいのだとおっしゃってくださったでしょう。あの時はお世辞のようなものかとも思ったけれど、ミカ様ったらずうっと本気でいらしたわ。敢えて私を立ててくださっているのももちろん理解していますが、それすら口実に思えるほど、あなた様のご厚意は本物でした」
地道な下僕活動が身を結んだ瞬間である。
「私、社交もそれほどしてこなかったせいか友達と言える令嬢もほとんどいなくって、特にここ十年程は家族や使用人、あとコマちゃんとしか話していなかったのよ。この歳になって、こんなにかわいらしいお友達が…………っお、お友達は流石に図々しいですね!? も、申し訳ありませんミカ様!」
私は、あわあわとするミリナの手を取る。
「いいえ。光栄です。ミリナ様が私のことをせめて対等くらいに思ってくださるなら。ふへ、一緒にデート行きましょうね」
「ええぜひ」
ミリナはホッとしたように笑った。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「姉上」
「あらザコル様。どうされたの」
ミリナはらしくない顔でザコルに笑いかける。
「そのデートとやら、僕らも護衛としてお供させていただきますので」
「そうなんですのね。では私達を見守ってくださいな、護衛として」
にっこり。
「も、もうミカの手を離してください!」
「あら、手を握ってくださっているのはミカ様よ」
ぎゅ、ミリナはそう言いつつ私の手を両手で挟み込む。
じり、じり、じり。
姉弟の間で、新たな戦いが幕を開けた。
つづく