盗み聞きをしている子がいたみたいだからね
「では、こっちはこっちで調査および救出活動を開始したいと思います。まず、穴熊さん」
うぉう、といいお返事である。
「持ち前の隠密術を活かして、捕らわれの魔獣達の捜索にあたっていただきたいです。いきなり全国に潜入するのはコンプラ的にも問題がありますが、ジーク伯爵領とテイラー伯爵領内につきましては我が妹、アメリアの協力によりトップの許可が下りています。サギラ侯爵領は、侯爵様ご本人がモナ領で難民達の誘導にあたっているそうで、連絡を取るのに時間がかかっています。なので返答があり次第の対応になります」
ピッ、ジーロが挙手する。
「誰を使って連絡を取ろうとしている? 一応一般人だというザコルのファンに頼んだわけではなかろう。まさか、穴熊を侯のもとへ直接向かわせたのではあるまいな」
「いいや」
オーレンが否定する。
「僕から説明しよう。どうやらシータイで盗み聞きをしている子がいたみたいだからね。その子に、僕が書いた手紙を届けてくれるよう穴熊に頼んでおいた。だろう? ロット」
「そうね! マージが何とかしといてくれるわよ!」
あ、名前言っちゃった。
「えっ、マージさんが!? 盗み聞きを!?」
驚いたのはミリナのみで、他のメンツは顔を見合わせた。
「あーロット様がバラしたー」
いーけないんだー。
「なっ、どっ、どうせミカは知ってるんじゃないのよっ!!」
「知ってるっていうか、ロット様が漏らしたんじゃないですか。イアン様の尋問の情報をつかんですぐにシータイを出ようとしたロット様を、強く引き止めたのはマージお姉様だけだったんですよね。モリヤさんは止めなかったんでしょう。であれば、ロット様に穴熊を使ってこっちを探ってはとそそのかし……いえ、提案したのはマージお姉様と考えるのが自然かなと」
うぐ。
「まあ、その通りよ…」
「ふふっ、素直ですね」
「ザラ母様にメチャクチャ怒られたもの。やるならせめてボロを出さないようになさいって!」
「そう言って早速ボロを出しているんだから。僕も人のこたぁ言えないけど、そういうところだよ、ロット」
ぐう。
父親の言葉に押し黙るロットの頭を、その腕に抱かれたギャルが菩薩のような顔で撫でている。いーこいーこすんじゃないわよっ、とロットはすぐに反発した。
ミリナは納得したらしく、神妙に頷く。
「…なるほど、ミカ様はあの時の会話でそこまでのことを推察なさっていたのね。勉強になります」
「姉上よ。このホッタ殿はな、ロットが乗り込んでくる前から穴熊の『感覚共有』を利用して盗み聞きしている人間がいることを察していたぞ。穴熊も、このホッタ殿の手駒である以前に、いち騎士団員という立場がある。女帝や騎士団長の圧力には逆らえまいとな」
うぉう。穴熊の隊長も頷いてみせる。
「ひめ、だけ知らなぃ、きかれぅ、ふこぅへぃ」
姫だけ知らない、聴かれる、不公平。
「…もしや、このホッタ殿だけが盗み聞きされ、動向を把握されていることを知らないのでは不公平だと、そう考えて能力を明かしたのか? 穴熊よ」
「さぁて」
とぼけてみせる穴熊である。あんなにシャイだったのに随分とお茶目になったものだ。いや、あれが本来の性格なのか。もう秘密も大勢に明かしてしまったし、向かうところ敵なし状態なのかもしれない。
ふむ、と隣のザコルも頷いた。
「穴熊の懸念も解ります。シュウ兄様も、ミカが監視され慣れていることを気にしていましたからね。その聞き分けの良さは異様だと。元の世界で自由に暮らしていたというのならなおさらです」
「一番過干渉にしてる人が言ってら」
「うるさいエビー」
ヒュン、かぎ針が飛ぶ。
「私、全然聞き分け良くないですよ。図太いだけです」
その言葉には、タイタがニコニコしながら首を横に振った。
「もともと貴人としての資質がおありだったのでしょう。そうに違いございません」
エビーとザコルも顔を見合わせて、ふ、と笑う。
「へへっ、召喚初日からベッドで爆睡してましたからねえ」
「どこかも判らない場所に拘束された状態で爆睡とはなかなかできることではありません」
いーこいーこ。ここはやさしい世界なので、図太いだけで褒めてもらえるのだ。
あの座敷牢生活や逃避行の旅を楽しんでいたなんて嘘だろう、と最初は納得できなかった騎士二人も、今では微笑ましいとでも言わんばかりの面持ちである。
「で、えっと、何だっけ。そうだ、穴熊さんに邪教のアジトを探ってもらうって話でした。テイラー領についてはザコルが詳しいほか、ハコネ騎士団長かテイラー邸からの情報もアテにできます。ジーク領は魔の森やウスイ峠、荒野など、無人の難所が多いのでその分捜索も大変でしょう。ジーク伯から得た情報や、私達が持つジーク領内の情報はお渡ししますが、深緑の猟犬ファンの集い、北の辺境エリア統括者でジーク領出身のマネジさんからも改めて話を聞こうと思っています。穴熊さんの能力は伏せつつ」
「ミカ殿、コマ殿にはお訊きにならないのですか?」
「コマさんねえ…。ジーク領の地理なんて私が訊いて教えてくれるかなあ。お金で売ってもくれないだろうし」
「はは、聞き出せるくらいの手札はお持ちでしょうに」
「タイタの中の私像は一体どうなっているのかな。でも、そうだね。ジーク伯の許可を盾に一応アタックしてみようか。手札は言う程持ってないし望み薄だけど」
ちら。私はミリナの顔を伺う。ミリナはハッとしたような顔をした。
「じゃあ、穴熊さんのグループ分けを」
「待って、他の騎士も出すよ。穴熊だけじゃ聞き込みがしたい時に困るだろう。冬は暇してるのが多いからちょうどいい。ロット、選定を」
「ええ、任せてちょうだい父様!」
「ウチも手伝ってあげるぅー」
「俺も参加していいか。自分で言うのも何だが、俺は地理に詳しい方だぞ」
「わあ、ジーロ様も。助かります」
わいわい。テイラー勢とサカシータ勢による合同調査の始まりだ。
「ちょっ、ちょっと待ったあっ!!」
勢いよく挙手したミリナの方を皆が一斉に振り返った。
つづく




