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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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温厚とか笑うんですけど

「それが『魔封じの香』…」


 ミリナがエビーが出したものに触れようとした瞬間、グウウ、と唸り声が聴こえた。


「あら、ゲンブ?」


 亀型魔獣の玄武は、ミリナをその包みから遠ざけるかのように、自分の長い尻尾を割り込ませた。


 グウグウ、グウグウ。

 それは何だ、嫌な感じがする。


 玄武の行動に他の魔獣達も腰を上げる。警戒させてしまったようだ。


「玄武様、勘が鋭いですね。これは、どういう仕組みかは未だ判明していませんが、火を点けると独特な香りが煙とともに広がり、それを一定量吸い込むと魔力が強く抑制される効果のある香です。魔力が少ない人だと自覚症状は出にくいですが、比較的魔力の高い人には頭痛などの症状が出ます。さらに魔法士だと魔法が使えなくなり、より強い不快症状が出ることが判っています。ですが、火を点けないうちは無害ですよ。先生方にも確認していただきました」


 先生方。魔力視認能力のあるシシ、薬学ほか魔力にも詳しいコマ、同志で天才医師のリュウという研究グループである。


「ホッタ殿よ、貴殿はその煙を吸ったことがあるのだな」


 黙って聴いていたジーロが口を挟んだ。エビーが持っている香は、ジーロが山中で邪教徒とみられる人間に渡されたものだった。


「残り香ですけどね。捕まえた邪教徒達が身体にまとわせていまして、訪れた牢の中にそのにおいが充満していたんです。まあ、他のにおいもすごかったですけど…。段々と頭がガンガンと痛み始めて、と思えば急にイライラしてきて、ザコルに嫌な態度取る邪教徒の四肢か指を壊死でもさせてやろうかと思ったのに、いざ魔法を使おうとしたら使えなくってですね」


 ぷふっ、と私の腕に引っ付いていたギャルがかわいらしく吹き出した。


「あっは、凶暴すぎんですけど!」

「恐ろしい香だよ。この温厚な私があんなに衝動的になるとはね…」

「温厚とか笑うんですけど。先輩らしくないっちゃらしくないですけどぉ。普段はもっと証拠とか残さずにヤるタイプですもんねぇ?」

「人聞きの悪いこと言わないでくれる?」


 どうやら誤解があるようだ。前々から凶暴だったとは護衛達にも言われたことがあるが、私はいたって平和主義である。


「証拠残さずに、ですって。ミカだけは怒らせちゃダメねえ」

「ふむ、流石は異界娘だ。うちの弟を任せるに足るな」


 ロットとジーロはどこか面白そうに笑っている。


「もー笑い事じゃねーんすよ! この人、これでもまだ誰も殺したことないお姫様なんすからね? 頭痛と吐き気で倒れそうになりながら外に出たってのに、検証のためにもう一回牢に入ろうとかすーぐ言い出すしよお、止める方の身にもなれってんだ!」


 苦労性の護衛兼従者のエビーはプンスカしている。


「えっ、まだ誰も殺してないのかい? こないだヌマの町で曲者が出た時は何の躊躇もなく毒矢を放っていたのに…」

「鶏の首も躊躇なく狙ってたわよ! ていうかあたしもこないだ殺されかけたんだったわ」

「あの元従僕の影にも何か始末しろと命令していたぞ」

「ぉもしろぃ、ぉんな。ぐふぉっ」

「イアン様も恐ろしい拷問をかけられそうになっていたわ」

「人を笑いながら追い詰めてる姫様最高に好きです」

「ミカはまだ短刀術を覚える前から曲者に短刀を突き刺すくらいの度胸がありました」

「…ミッ、ミカ殿の剣筋には、最初から全く迷いがございません!!」


 心神喪失していたはずのタイタまで叫んだ。


「ちょ、みんな私のこと何だと」

「あはははは温厚とか誰も思ってねーし…!!」


 ギャルは腹を抱えて笑い出した。




 笑い転げる後輩をその彼ピに押し付け、私はくるりとミリナの方に向き直った。


 彼ピ、もといロットはやれやれといった感じでカズを抱き上げて背中をさすっている。触ろうとすると逃げ回るくせに、自分から触ったり世話する分にはいきなり距離感がゼロになるところ、本当にウチのピとそっくりだな…。


「コホン。で、こちらのエビーとタイタがその邪教徒達を尋問していますので、説明を代わりますね」


 私は、従者を兼ねている騎士と、心神喪失から復活した騎士に話を振る。


「じゃー俺から話しますね。俺が話を聞いた教徒共は、ある獣を大人しくさせるための道具だって話してました。獣とやらの魔法を封じるためのモンだと」

「エビーが情報を引き出した者達のうち、女の一人がある獣の世話を一時期引き受けていた事が判っております。獣の形状は、頭に角が一本生えた、馬に近い見た目と大きさであると。女は、その馬のような獣について、常に例の香が焚きしめられた部屋で、足枷を付けられた状態のまま何年も飼われているといった趣旨の発言をしておりました」


 エビタイのオブラートにも包まない説明に、ミリナが「なんてことを…」と絶句する。


「…正直、その子の安否はもちろん、今どこで世話をされているかも判りません。考えたくはないですが、そのユニコーン風の子の他にも、同じような目に遭っている子がいるはずだと私は考えています」


 魔獣達の様子を伺う。同じように召喚された者達がひどい目に遭っているかもしれないという話だ。動揺して……いるかは判らないが、取り乱してはいない。私は話を続ける。


「根拠はあります。一つは、いくつもの魔獣目撃例があること。二つ目は、私がこの領に来てから、この『魔封じの香』の実物を見るのはこれが四回目だということ。実際にはそれ以上の数が持ち込まれていたと思います。私を拘束するために『本物』がいくつも持ち込まれているところをみるに、この香は邪教、ラースラ教徒の間でそれなりに流通していることが伺えます。供給があるということは需要があるということ。対魔法士の魔法無効化なんていう特殊な使い途ではなく、この香を必要とする現場が他にいくつもある、という仮説が成り立ちます」


 この香は明らかに特殊なあつらえだ。だが、密室で使う必要があるなど、魔法士を拘束するために作ったとすれば効率が悪すぎる。強力な魔獣を飼うために作られ、生産されているものを『魔法士にも有効だろう』と考えて持ち出したと考える方が自然である。


「ちなみに、この香は邪教徒の間で麻薬のような使い方もされています。ニタギという魔力解放の作用を持った毒とセットで使うと、一時的に尋常でない爽快感、解放感が味わえるとか。魔獣の世話をする中で見出された副産物的な使い方でしょう。そのニタギの毒を生成し、中毒性を限りなく取り除いた薬をシシ先生が試作してくださいました」


 私はカバンからその薬包紙の三角包みを取り出して見せる。


 はあ、とオーレンが溜め息をつく。


「うちの関所町、シータイには、いつの間にか薬学研究所までできてたのか…。進んでるなあ」


 やりたい放題か、というジト目である。


「たまたま優秀な医者や薬師が揃っていたので分析をお願いしただけですよ。領外出身の人ばかりなので期間限定開設です」

「邪教が持ち込んだ怪しいブツを恐れるでもなく、短期間に検証と研究を重ねてここまで解明したのは素直にすごいよ」

「でしょう? 水害後も、シシ先生とリュウ先生がいたから誰も命を取りこぼさずに済んだんです。コマさんも知識量すごいし、ブツ拾って次の日には研究始めてくれて大助かりで!」

「いや、僕が言いたいのは君の行動力をだね」


 私は首を横に振る。


「いえ、この件に関してだけは、私はほとんど何もしてないですよ。むしろ危険物丸投げしちゃって申し訳なかったといいますか」

「気にする必要ねーすよ、シシ先生もコマさんも嬉々として俺からブツぶん取ってったじゃねえすか。リュウ先生はコマさんに脅されてて気の毒でしたけどお」

「そうだったねえ。頼んだのは私だけど、渋る彼を無理矢理巻き込んだのはコマさんだからねえ」

「そのリュウ殿も、コマ殿には随分と懐いたご様子でしたから。あの方にとって居場所となれそうな方が見つかったことは、僥倖でもございましょう」


 同志で天才医師のリュウは、コミュニケーションに難があって周りとうまくやれず、今まであちこちを転々としてきたらしかった。だがあのコマに目をつけられてしまってはもはや逃がしてもらえないだろう。南無三ッ。


「話を戻しますね。そんなわけで、私は全国で不当に捕らわれているかもしれない魔獣達を救いたいのです。邪教が何を企んでいるのかと危ぶんでいるのもありますが、この香を四六時中焚かれたら私でも発狂しますから。シンプルに早いとこ解放してあげたいんです。ここまではよろしいですか、ミリナ様」


 こくり、ミリナは真剣な面持ちで頷いた。




つづく

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