ただ触りたくて触っているだけ
ぎゅむ、ぎゅむ。
カズが私の腕を取ったので、ザコルはその反対側を取った。完全に捕獲された宇宙人状態である。
「あの、ザコルはどうして私の『中和』が効いてないんですか?」
「さあ、どうしてでしょうか」
しゅた。小さな猿型の魔獣、ジョジーが私の肩に飛び乗った。
キキィ、キキキィ。
ザコル、ミカの力を大事にしてる。闇と混ぜてない。中和してないです。
「えっ、中和してない? 逆にどうやって…? じゃあ、何の目的で触りにきてるのこの人」
キキィ…。
わかんないです。
「ザコル、闇を中和しにきてるんじゃなかったんですか」
「? 僕はただ触りたくて触っているだけで、結果的に中和されているらしいと知ったのは後のことです。実際に闇の力が中和されているかどうかなど、僕には判断がつきません」
「そうですか……」
触りたくて触っている、という素直というか率直すぎる言葉に軽く脱力する。
まあ、自分では判らない、という言い分は理解できる。私も自分の魔力や魔法について知らないことの方が多いからだ。
ミイによれば、私も闇の力を鍛えるのに適した魔力を持っているらしい。作り方というか鍛え方? は、このジョジーに教えてもらう予定だ。自分の中に闇の力を持ってみれば、何か判ることもあるだろう。
「えっと、では私が立案した作戦について、これからご説明申し上げたいと思います。ミリナ様、魔獣のみんなも、よろしいでしょうか」
「は、はい」
ミリナは、その体勢のまま話すんだ、という戸惑いを顔に浮かべたままこくりと頷いた。魔獣達は黙ってその場に伏せたり腰を下ろしたりなどする。聴いてくれるようだ。
「寒いし端的に申し上げますね。我々テイラー勢はですね、これまでの調査や状況からいって、邪教団体などによって不当に召喚された魔獣が、全国各地にいるのではと推察するに至りました」
「全国に魔獣が…ですって、まさか」
ミリナが思わずといった感じで両手を口に当てる。
「違法召喚で魔獣を囲っている、という噂は王弟殿下にもありますが、ひとまずそれは置いておきましょう」
ミリナはもちろん、オーレンの顔色も悪くなった気がしたが、見なかったことにしよう。王宮魔法陣技師イアンは、王弟派に属していた。王弟の依頼によってイアンが違法召喚に手を染めていてもおかしくはない。
「王弟殿下と邪教のつながりは未だ不明です。ただ、少なくともテイラー伯爵領、ジーク伯爵領、サギラ侯爵領、王都周辺などで、魔獣らしき獣を連れた黒ローブ集団の目撃例は相次いでおり、深緑の猟犬ファンの集いの同志達の証言からも裏は取れています。彼ら、その邪教の儀式を早い者勝ちで邪魔しているらしく、邪教グループの動向には割と詳しいらしいのです」
「では、その不当な召喚というのも彼らは目撃しているのですか? 会員は一般人ばかりとお聞きしましたのに、随分と危ない真似をなさるのね」
ミリナはまだ固まっているタイタ、もといファンの集い幹部、通称『執行人』の方を見上げた。
本当は同志に関することは彼に説明を任せようと思っていたのだが、久しぶりに心神がどこかに行っているようなので私が説明している。
「いえ。同志達がちょっかいをかけているのは、あくまでも儀式の真似事をしている末端信者止まりのようです。周囲に被害の及ぶような戦闘行為、ゲリラ行為は本部から禁止命令が出たそうで、せいぜいが通報したり、虫や爬虫類を投げ込んだり、黒ローブを全部赤や青に変えたり、香を馬糞にすり替えたり、儀式に紛れ込んで魔法陣に一本線を加えてみたり。そんな『嗜み程度の嫌がらせ』を楽しく行っているそうですよ」
じっ。みんなの視線がザコルに集まった。ザコルはコホンと咳払いをする。
「まあ、この彼の信者ですからね。『真面目に悪さする』のが得意なのでしょう。で、末端信者を粛清して回っている彼らですが、たまに『本物』を目撃する同志達もいました」
ミリナが眉を寄せる。
「それは…。見たことそのものを疑うつもりはないのですが、信憑性のある情報と見て間違いないのですか? 皆様、あくまでも『一般人』でいらっしゃるのでしょう?」
「ええ、一般人ばかりですね。あくまで『自称』ですが。同志に限らず、テイラー騎士団の方に寄せられた目撃情報も一般の方が寄せたものばかりで、裏取が難しかったそうですが…。ここへきて同志の中でお一人、かなり信用できる人物の証言を入手することができました。ですよね、ザコル」
カサ。ザコルが私の腕をつかんでいる手とは逆の手で、懐から便箋を取り出す。
「これは、サギラ侯爵令息、フィリオ・サギラ様のご証言です」
サギラ侯爵親子。高位貴族ながら、水害が起きた翌日にはカリューの関所から自ら被災地に入り、支援物資の調達から避難所の世話まで、全て自分達の手で水害支援にあたっていたという猛者中の猛者である。会員ナンバー、一桁台の古参でもあるらしい。
彼らは私達がシータイを発ってしばらくしてから犬ゾリで追いかけてきて、王都からどんどんやってくる難民問題への干渉や、領への屯留を許可するようにと、貴族の立場でオーレンに申し立てにきていた。憧れの猟犬殿や、伝説のアカイシの番犬殿を前にした同志二人ということで、とても侯爵親子と子爵親子の対面とは思えない絵面ではあったが…。
「彼は同志ですが次期侯爵でもある。身分があるから信憑性がある、という話ではなく、実際に領政にも関わっている玄人として、彼の証言は信頼できます」
平民と比べ、貴族の言葉は重い。そういった意味でも彼、フィリオの証言というのは無視できないものではあるのだが、ザコルは彼の為政者としてのキャリアを鑑みた上で信用に足ると判断した。
実際、フィリオは父親で侯爵であるパードレ・サギラの補佐を普段からしっかり務めている様子だったし、侯爵令息としての責任と立場を充分に理解した人物であるように見受けられた。動きはブレてたけど。
ザコルは私に視線をよこした。私は話を続ける。
「フィリオ様の詳しい証言内容については、後でお話ししましょう。そういうわけで、我々テイラー勢は全国に不当に召喚された魔獣が、さらに不当な拘束を受けている可能性が高いと判断しました」
「あの、ミカ様。その邪教の方々こそ、戦闘や魔獣に関しては素人、と言える方が多いのですよね?」
「はい。どうしてその素人が魔獣を御しているか、という話ですよね。それは、例の『魔封じの香』が関係していると我々は考えています。エビー」
「はい。こちらっす」
エビーは懐から、油紙で厳重に包まれたものを取り出した。
つづく




