たんさいぼう…!?
「つまり、俺達のようなひねくれ者は魔獣に好かれにくいということか…?」
「ええ、そういうことねジロ兄」
魔獣と仲良くなりたいのに警戒されがちなジーロに、ロットが頷いてみせる。
「何言ってんのぉ? ジーロ様はともかく、だんちょーって発言がアマノジャクってだけでかなりの単細胞じゃね?」
「たんさいぼう…!?」
ロットが白目になった。
「おいカズ殿よ、俺はひねくれ者に見えると?」
「え、はい。なんか頭良さそーだし。ていうか、ジーロ様第一歩兵隊隊長ですよね? うち何の階級もない平隊員なんで呼び捨てでいーですよぉ」
「しかし貴殿、モナの令嬢なのだろう」
「職場で元の身分とか関係なくないですかぁ」
「まあ、そうだな。だが」
ちら、ジーロはロットの方を伺う。一応、弟の相手なので遠慮しているらしい。
「だんちょー、堀田先輩のこと呼び捨てにしてやがりますよぉ?」
「はは、確かにな。ではカズと呼ばせていただくこととしよう」
「ちょっ、何丸め込まれて仲良くなってんのよっ、カズはうちの隊の隊員でっ」
「かず」
ヒョコ。
「わっ、穴熊!? 驚かせんじゃないわよッ、てか何でアンタまでカズを呼び捨てに」
「穴熊のおっちゃんも隊長なんだから問題なくないですかぁ」
ふんす。何をアピールしに来たのか、得意げな穴熊隊長である。
穴熊は第七歩兵隊で特殊部隊だ。では、第二から第六は何をしているんだろう。
「第二はカリューに常駐しています。第三はシータイからカリューの間、ルナ男爵領との領境を警備しています。第四は領都から見て東の領境を担当、第五と第六はザイーゴ兄様とザナン兄様について領外で国境を護っています。本来、シータイにも常駐部隊があるべきですが、あそこには元騎士団長であるモリヤがいますので」
「騎士団、って言うからには騎馬の部隊もいるんですよね?」
「はい。団長であるロット兄様が率いる第一騎馬隊と、義母の率いる通称女帝隊、それからアカイシ側にそびえる北の城壁を護る第二騎馬隊があります。基本的に山岳地帯が多いので馬が活躍できる場は少なく、歩兵隊と名打つ部隊の方が多いですが、歩兵隊でも馬を使わないというわけではありません」
へー、と私の背後でエビーやタイタ、ついでにカズも頷いている。我らが兄貴はいつもタメになる授業をしてくれる。
「ザコルって、何でそんなにうちの騎士団に詳しいのよ。全然領にいなかったくせに」
「自分の生まれ育った領なのですから当然では。といいますか、子供の頃に習いましたよね?」
「そうだったかしら…?」
「あっは、義務教で習ったこと忘れてんの愛しすぎるんですけど」
「カズはさっきから何よっ、バカにしてんでしょ!?」
「あははごめんなさーい」
怒ったロットの周りをチョロチョロして嬉しそうなギャルである。好きな子をいじめちゃう系の男子かな…。
「ふふ、みんな仲良しで嬉しいなあ」
「そうですわねえお義父様」
オーレンとミリナはほっこりしている。
ロットとカズとなぜか穴熊の三人が本気で雪合戦し始めそうになるのを止めている私やエビーのことは目に入らないんだろうか。ジーロとザコルは我関せずだし、タイタはニコニコしてるだけだし。
そうこうしているうちに、私達はやっと魔獣舎の本舎にたどり着いた。
本舎の大きな入り口をくぐり、魔獣舎の中心へと案内される。
ミイ以外の魔獣達は、本当にここにいるのだろうか。そう思ってしまうくらい、魔獣舎の中はひっそりとして物音一つ聴こえない。何となく、私達もおしゃべりをやめて静かに歩いた。
中心部は天井が高く、まるでドームのような構造になっていた。ミリナが私の手を取ってひらけたスペースの真ん中へといざなう。他のメンバーは中心部の入り口で足を止めた。
「…?」
不思議に思いつつ、ドームのど真ん中で改めて周りを見渡してみる。
棟や廊下などが複雑に組み合わさった仕組みの子爵邸や、オーレンが作った木造の道場とも全く造りが違う。建築のことはイマイチ分からないが、こっちはギリシャやローマの石造りの建物に近い印象を受けた。
確か、アカイシ山脈には活火山も含まれるはずだが、地震などの被害は無かったんだろうか。実は耐震の工夫がどこかにされているとか?
レンガや石造りの建物を見て地震は大丈夫かと心配するのは日本人あるあるな気がする。
魔獣達のためのねぐら、半分はオープンな構造になっている個室スペースは、今いる吹き抜けを中心に円を描くような形で造られているようだった。一階と二階があって、どの部屋にも今いる吹き抜けスペースから楽にアクセスできるだろう。
キュルルウ!
「あっ、ミリュー」
ばさり、二階から水竜型の魔獣、ミリューが現れて降り立つ。
彼女は私とミリナの前でかがみ、鼻先を差し出した。ミリナが撫でるとミリューは嬉しそうに鳴いた。
キュルキュル。
ミカ、撫でる。
「あ、うん。一日ぶりだねミリュー」
私はお言葉に甘え、ミリナに続いてそのスベスベの鼻先を撫でた。
キュルル、キュルウ…
魔力過多。化け物…
「もー、ミリューまで化け物って言わないでよ。こっちも回復が早すぎるのある意味困ってるんだから。そんなわけで、他のみんなはどこ? どうしたら食べやすい? ダイヤモン…」
キュルルッ!!
禁止!!
「わ、怒られた。はいはい、アレはやらないよ。少なくとも広範囲では」
キュル、キュキュウ。
推奨、禁止。
ミリューは私の肩に乗ったミイを睨む。ミイは目線を下げた。
ミイミイミイ。
分かってるもう勧めない。
「ミリュー、ミイを叱らないで。あの時はそれしか方法が無かったはずでしょう。救い方を教えてくれて感謝してるよ、ミイ」
私はミイの背中をそっと撫でる。
「ミカ様」
「えっ、ミリナ様…」
ぎゅ。ミリナが私に手を伸ばし、そして抱き締めた。
「感謝しているのは、私達です」
突然のハグに戸惑っていると、グウウ…と場に低音が満ち始めた。魔獣達の鳴き声だ。ミリナと再会した時のような大迫力の雄叫びではないが、ここにいるよ、と静かに報せてくれているようだった。
腹に響く振動はどこか心地よく。私はミリナに抱かれたまま、両目を閉じた。
つづく




