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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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なんだ。君もそんな悪い顔をするんだねえ

「どうかな、ミカさん」


 世にも恐ろしい笑顔のまま、オースト国の責を問うオーレンに、私は曖昧に頷いた。


「そう、ですね。王都では、人も魔獣も日常的に魔力を搾取されていたようです。複数の魔獣に聞いたので間違いありません。ね、ミイ」


 ミイ。


 私の肩に、ドロンと白リスが現れる。

 姿は見えないが、何となくいるような気がしていた。多分、ミリナを護る影としてずっとこの会場のどこかにいたのだ。


「そうか…ならば」

「ただし」


 失礼は承知の上で、私はオーレンの言葉をさえぎった。


「彼らの命を直接脅かしたのはその魔力搾取のせいではないと私は考えています。玄武様もそうおっしゃっていたので」

「玄武が?」

「はい。だからこそ単純に魔力を分けるだけでは助からないのだと、確かにおっしゃいました。本当なら…」


 私はジーロの方をチラリと見る。本当なら『浄化』の方が処置としては正解だった。


「私が行った処置は、あくまでも力技に過ぎません。私には本来、呪いのようなものを祓って失くしてしまうような能力はないんです。あの場でできたのは、違う性質の魔力を大量に浴びせることで中和…つまり『洗い流す』ことだけでした」

「それで、あの膨大な量の細氷を」

「はい」


 オーレンは、少し考え込むようにして、



「…ルギウスは、知っていたと思う?」



 と、ポツリと言った。


「ルギウス様とは、オースト国王陛下のことですね。どうでしょう。玄武様からは、その致命的な要因は、人が意図的に創り出したものではなく、ある機構の『経年劣化』によるものだと聞いています。その機構の仕組みも含めて、今を生きる人間がそれをどこまで把握できているのか、王都にさえ行ったことのない私には判りかねる問題です。あちらの王族も、直接会ったことがあるのは第二王子殿下とうちの妹くらいですし。その第二王子殿下は、王都から流れてきた難民を見て『魔力が澱んでいる』と発言していたそうですが」


「第二王子殿下が?」


「はい。彼、機密とか秘密を全然隠せないタイプの子で。……あ、そうだ。近所に王都や国王陛下に詳しい人、いるじゃあないですか」


 ニヤリ。


「近所に? 誰のことかな」

「水害の後始末では、私以上に領民の命を救ったお方ですよ。ピッタによれば子爵邸に来たがっていたそうです。私の責任で、こちらに招聘することをお許し願えませんか」

「ああ、そっか、彼か!」


 ぽん。オーレンが拳を打つ。


「オーレン様とお酒を飲む約束をしたともおっしゃってましたよ」

「そっかそっか、じゃあいいお酒を用意しておかなきゃね。僕は酔えないけど」

「蒸留酒がよろしいのでは。消毒にも使えますし」

「それはいい。君もシータイでは怪我人の手当てに蒸留酒を使ったんだってね。素晴らしい機転だよ」

「お褒めいただき光栄です。たまたまジーク領の秘境で強いお酒を持たされたところだったので。ふふっ、きっと楽しい日になるでしょうね」

「なんだ。君もそんな悪い顔をするんだねえ、安心しちゃうなあ」


 ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふふ。

 ハタから見れば不気味な笑いを共にする当主と聖女もどきに、周囲はまたどよめき始めた。






「僕らの古き友、そして新しい友を救ってくれた彼女に。幸多からんことを!」

『幸多からんことを!!』


 うおおおおおおおおお。


 私達はワインがなみなみと注がれたマグをかかげる。


「わーい、久しぶりのお酒…」


 ばっ。ごくごくごく。


「あーっ、飲まないでくださいよお!」


 過保護軍団筆頭、ザコルに酒をぶん取られ、半分以上いただかれてしまった。

 サカシータ一族には毒が効かない。酒というかアルコールも毒判定らしく全く効かない。彼らはたとえ樽いっぱいの高純度アルコールを丸ごとくらっても酔わないのだ。魔獣達いわく、解毒の加護を持って生まれるからだという。


「こんな大きなマグというかジョッキ…。半分で充分でしょう。また酔ったらどうするんですか」


 むう。


「ふ、僕の好きな膨れっ面だ」


 じと。ほのかに笑う彼を私は軽く睨む。


「今日、こんなにゴージャスなドレスを着せてもらってから、初めて褒め言葉いただきましたね師匠」

「え。あ、いや」


 彼は私が『師匠』と呼ぶとびくつく。ただのあだ名なのに。


「猟犬様? 今のは本当ですか?」

「え。あ、いや」


 あと、私に紳士的な振る舞いができないと女子に詰め寄られてびくつく。国に認められた英雄で伝説の工作員のくせに。


「同志関係者が帰ってきてくれて嬉しいな」

「別室でお茶をいただいてましたよ」


 ドレス姿のピッタ達は、乾杯の時間になると普通に戻ってきた。いや、無事乾杯を迎えられてよかった。決起集会とかに移行しなくて本当によかった…。


 むふふふふふふふぉふぉ、近くで変な笑い声が聴こえる。きっとマネジとローリとカルダがザコルの何かに萌えているんだろう。


「なぁーにやってんのよマネジ」

「ひょ」

『エリア統括者殿!』


 壁に溶け込んでいたマネジがオネエに見つかった。


「アンタも酒が効かないらしいわねえ」

「ま、全く効かないことはありません。ただザル体質なだけで」

「それを効かないっつうのよ。アンタってやっぱ、ウチの傍流とかなんじゃないの」

「まさか。我が家の家系図を見る限りそんな事実は」

「家系図があるの! まー平民だって聞いてたのに由緒あるお家なのねぇー。ますます怪しいわ。父様んトコ行くわよマネジ」

「ちょっ、まっ、いきなり御前に出たら心身喪失してしまいますからご勘弁をっ、ロット様ああああ」

『エリア統括者殿おおお!!』


 ズルズルズル。

 由緒ある武器職人家系の人は引きずられていった。


「ホッタ殿よ」

「ジーロ様」


 にこにこ。この家の次男は貴公子然とした佇まいで微笑む。


「よくぞ父上の気をそらしてくれた。俺としてはこの界隈で無駄な戦を起こしたくなかったのでな、礼を言おう」

「いえ…」


 煽らないようには気をつけたつもりだが、特別何か誘導のようなことをした覚えはない。強いて言えば、シシに丸投げしたくらいである。


「で、誰を呼びつけて尋問する気だ? 異界娘よ」

「異界娘て。尋問とは人聞きが悪いですねえ、シータイの町医者先生をご招待するだけですよ」

「ああ、なるほどな」

「知ってましたか」

「もちろん。特殊な血を色濃く継いだお一人だ」


 ツルギの番犬、それがジーロの異名だ。彼は元ツルギ王朝の中枢一族である山の民とその文化・信仰の保護に全力を注いでいる。下界にはあまり興味がなかったようだが、実はツルギ王朝の直系でもあるシシの素性や動向くらいは把握していたらしい。


「彼、自称『聖女の主治医』なんですよ。きっと喜んで来てくださると思います」

「くくっ、貴殿はやはり底が知れんなあ。どれだけの人間の肝を掴んでいるのだ」

「肝を掴むだなんて物騒な言い方ですねえ。ちょっとご縁があったってだけですよ」

「そういうことにしておこうか」


 クク、クククク、クククククククク。

 悪い顔ごっこ楽しい。


「今更だが、これは貴殿を接待するための催しだ。ゆるりと楽しまれよ」

「はい。ご厚情に感謝申し上げます」


 ジーロはそう言うと人波の中に戻っていった。




つづく

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