全部聖女様のおかげってこった
ひとしきりコンパニオン遊びを楽しんだ後、ピッタ達、つまり深緑の猟犬ファンの集い同志の関係者は会場を退出していった。
どこに潜んでいたのか、深緑の猟犬ファンの集い北方エリア統括者マネジも現れてそして退出した。以前のようにうっかり領の内情に触れないように本人も注意しているのだろう。
「お楽しみいただいておりますか聖女様」
「うん、お楽しみがすぎて脳が溶けるかと思ったよオオノくん。あのさ、穴熊さん達ってどこにいるか知ってる?」
「会場内にはいると思われます。ただ、彼らに気配を消されると誰も感知ができませんので…」
「そう。まあ、どこかにはいるんだね」
サンドが穴熊も正式に招待するようなことを言っていたのに、姿が見えないので気になっていた。
私の護衛に割り振られているサカシータ騎士、ローリとカルダは聞いていないと言う。ザコルも分からんと言うので、隅に控えていた子爵邸警備隊隊長補佐、オオノに訊いてみたが居場所の特定は叶わなかった。
「うぉい聖女様、旦那様がお話しになるそうだ。特等席にご案内申し上げよう」
「あ、はいビット隊長」
振り返れば子爵邸警備隊隊長ビットだった。騎士団服に隊長バッジらしきものを着けている。これが彼の正装なのだろう。
ニコニコ、彼は随分とご機嫌なようだ。
「なんだかなあ、俺は嬉しぃんだ。ご当主一家がこんなに揃って楽しそうになさってるとこなんて、警備隊長になってから初めて見たってなもんよ」
「そうなんですか。いつもは皆さん自分の持ち場に散ってらっしゃいますもんね」
アカイシを守るもの、ツルギを守るもの、領外で金を稼ぐもの、家を守るもの。人手が多いわけではないこの領では、誰もが目の前のことに忙しい。
もちろんこれで家族全員というわけではないが、大人数で賑やかに過ごせること自体、奇跡みたいなものなのかもしれない。
「…いや。単にお忙しいってだけじゃないさ。どなたも不器用なんだ。まあ、全部聖女様のおかげってこった」
私は世話になっているだけだ、と言おうとしたが、彼はニカッと笑って言葉をさえぎった。
ビットの言う特等席には、ドレスを着た女性達や子供達の分だけ椅子が用意されていた。さっきザコルが髪結いに使っていた椅子もここから拝借していたものだ。
椅子席の最前列に案内されたので、私はありがたく座ってピンヒールを履いた足元を休める。ザコルとエビタイは私の脇に立った。私とミリナ母子、ララルルとその子達が席に落ち着いたのを皮切りに、続々とドレス姿の女性達が席に着き始める。
目の前に用意された壇の脇には、第一夫人と第二夫人、それから次男、三男、六男が立って控えている。その前を通って、当主であるサカシータ子爵オーレンが登壇した。
しん、と場内が静まり返る。
「皆、集まってくれてありがとう。知ってると思うけど、僕は話が下手だ。でも、できるだけ自分の言葉で伝えることにする。砕けた物言いになることを許してくれ」
普段人見知りも女見知りも激しいはずの彼は、近い席に座っている女の子達に臆することなく、そう穏やかに言った。
「知ってる者も多いだろうけれど、ここのところ色々あってね…」
彼は、これまでのサカシータ領のことを簡潔に説明した後、秋口にツルギ山からカリューに向かって流れる川の沿岸地域で起きた水害のことや、渡り人を受け入れたこと、シータイで起きた戦のこと、ミリナ達母子と魔獣達が飛来したことなどを淡々と説明していった。無論、息子達が起こした事件についてもだ。
ザハリのせいでザコルが長年受けていた誤解のこと、ザハリが私に刃を向けたこと、イアンが妻子と魔獣達をないがしろにしていたこと。そして、四男ザッシュが、王の隠し子でテイラーで育った姫にくっついて王都に向かったことも…。
「どうやらね、王都に言ったうちの長男は、現在クーデターを起こしている王弟殿下や、隣のサイカ国の使者と通じていたようなんだ」
どよ……。サイカ国の名が出て、明らかに動揺が走る。
サイカ国は、その辺境近くに住む人々にとって、日常を長年に渡り物理的に脅かしてきた敵国だ。かの国の動向は、国内のことよりもよほど重要なこととして捉えられているだろう。
「不安にさせてすまない。ただ一つ安心してほしいのは、長男イアンは我が領の内情について詳しくなかったということだ。何せ、ここを出て行ってから一度も帰ってきてないし、僕らも彼に当主を継がせる気は既になかった。サイカが接触したとしても、うちの軍備などに関する有益な情報は得られなかっただろうと思う。サイカの目的はおそらく我が一族の血だ。尋問の結果、その辺りは未然で済んだことが判っている。…生々しい話をしてごめんよ。でも大事なことだったから、知っておいてほしい」
オーレンは孫達の方に目線を向けた。二歳のリコが理解することは難しいだろうが、九歳のゴーシや七歳のイリヤなら、補足説明があれば充分理解できるだろう。
今後、サイカ人のサカシータ一族が現れて宇宙大戦争みたいになる心配だけはしなくていい。確かに大事なことである。
「次に話すことは、決して長男を庇う意図はないと前置きしておこう。あれの除籍は既に決定している」
オーレンはそこで一拍置いた。
「イアンは、王都へ上がった後、暗示や洗脳のようなものを受けていたようだ。実はずっと尋問が難航していたんだけれど、この度、ある人の協力によってその『呪い』を解くことに成功した。それで一気に尋問が進んだんだ」
のろい、呪いだって? と戸惑いが広がる。
聴き慣れない人の方が多いはずだ。そもそも、魔法がどうたら魔力がどうたらという話ですら、この国ではほとんどの人が知らないことなのだから。
「彼は『悪役であれ』という暗示、そしてサイカに関することだけを口に出せない暗示をかけられていたようだ。これ以上のことは未だ調査中だが、かの敵国が我が家に明確な悪意をもって接触してきたことは明らかとなった。もちろん証拠はない。でもね、この件は『山賊』がちまちまとちょっかいを出してきているのとはワケが違う。いくら不肖の息子でも、我が一族の者を虚仮にしてくれたことを、許すつもりはないからね」
ピリ。
「それからね、もう一つ重大な発表があるんだ」
ピリリ。
「オーストとサイカの同盟の証、そして、前線から彼らだけでも解放させようと願って送りだした魔獣達がね、王宮で不当な扱いを受けていたことが判っちゃったんだ。イアンの怠慢とは別にね。僕らの古き戦友達は、ただそこにいるだけで命を削られるような目に遭っていた。…そうだね、ミカさん」
急に話を向けられてビクッとしてしまった。
オーレンは尋常でない殺気を身にまとわせながら、しかし笑顔のままこちらを見ている。
「………………」
ここで返答を間違うと最悪、サカシータとオースト国との大戦争になりかねない。
私はごくりと生唾を飲み込んだ。
つづく




