女王の瞳に乾杯
「さあ、かわいい子達のご入場でーす! さあどいたどいたぁー!!」
マヨの声がして、ぞろぞろと何人もの気配が道場になだれ込んできた。
そういえば、この道場の正面には『忍』と筆で書かれた額があったはずだが、パーティの雰囲気にそぐわないからか外されている。シャンデリアはないが、ランプの数は増やされており、場内は随分と明るかった。
その光に照らされ、大輪の花達が目に飛び込んでくる。
「ふお、ふおぉぉお…!?」
ドレス、ドレス、ドレス。
ドレスの波がこちらへ押し寄せてくる。着ているのは全員若い女の子。よく話す洗濯メイドや調理メイドの女の子達に、執務メイドの若い子達。同志村女子ピッタ達の姿もあり、交流はまだ少ないが掃除メイドの女の子達もいる。
「わ、すっごぉ、何コレ、女子みんなドレス着てんじゃん、舞踏会ってヤツ!?」
「ふぉ…!!」
「でも女子だけ…? 女子だけで踊れなくないですかぁ。ねえ先輩」
「ふぉ…!!」
「あっは、先輩『ふぉ』しか言えなくなってて草」
ミカ様、聖女様、カズ様、とかわいらしい声が私達を取り囲む。
「きゃああミカ様カズ様!! お二人ともなんてかわいらしいの!?」
「やっぱりこの二着はお二人に着ていただいて正解だったわね!!」
「本当ですね! これだけのフリルやレースやリボンに全然負けてないんですもん!」
「もう存在自体がラブリーなのよ!!」
きゃあきゃあきゃあ。
「ね、ねえもうみんな何言ってんのザ・日本人の私達よりみんなのが断然似合うに決まってるじゃんもうもうもうめっちゃかわいいめっちゃかわいいめっちゃかわいいよみんなしゅきいいいい!!」
「私達だってしゅきですミカ様ぁ!!」
きゃーっ!! ぎゅむぎゅむぎゅむ。
「やば、ノリが女子校すぎてついてけないんですけど」
後輩ギャルは引いているが、私のテンションは爆上がりでとどまることを知らない。
「ふふ、作戦成功、のようですね」
そう言って、ドレス集団の最後に入ってきたのは、シュッとしたマーメイドラインのドレスを着込んだミリナであった。王子様みたいな格好のイリヤと手をつないでいる。
「ふおぉぉぉぉぉぉ女王降臨んんんんん!!」
私はシュバッと駆け寄った。
「何ですか何ですかこれはもしやイーリア様のドレスですか!?」
「そ、そうなのです、私ではザラミーアお義母様のドレスが壊滅的に似合わなくって、数少ないイーリアお義母様のドレスを貸していただいたのです…が、やっぱり、私ではこの素敵なドレスに申し訳なく…」
「は? 何言ってるんですか? 超超超ハイパーウルトラ似合ってるし全世界一ふつくしいに決まってるんですが!?」
「ど、どうして怒っ」
「素敵素敵素敵素敵素敵眼福眼福眼福眼福眼福」
ぐるぐるぐるぐるぐる。シュッとしたミリナとイリヤの周りを三百六十度の角度から眺め回す。
「あはは、ミカさまおもしろーい」
「お、落ち着いてくださいなミカ様! なぜ回るのですか!? ミカ様、ミカ様ったら」
がし。肩を持たれて足を止める。
「ミカ。落ち着けと、姉上がおっしゃっています」
「はい」
すー、はー。一旦深呼吸だ。ちょっと我を忘れすぎていた。
「女王の瞳に乾杯」
我は忘れられたまま戻ってこなかった。
「全く正気じゃありませんね……」
「いや、姐さんって普段からこんな感じじゃねーすか?」
「はは、相変わらず美しい女性には目がなくていらっしゃいます。こうなってはお止めできますまい」
ヒソヒソ。護衛達が私を扱いあぐねている。
「せいじょさま! おれたちもいるんだけどー!!」
「えっ、ゴーシくん? リコも!」
ミリナ達の後ろから姿を現したのは、ザハリの子達でゴーシとリコ、そしてその母親であるララとルルの双子姉妹だった。
「ミーカ、かーいい! かーいい!」
「あっコラ、リコ!」
もふん、走ってきたリコが私が着ているドレスに追突した。
「っぷ、ふあふあ、かーいいねえ」
フリルに埋もれたリコもまた、フリルに包まれていた。
「ありがとう、リコ。リコのドレスもかわいいねえ」
んふふっ、二歳児は恥ずかしくなったのか、急に踵を返して母親の元に戻っていった。
「ゴーシくんも王子様ルックじゃん、イリヤくんと並んで並んで!」
「えっ、こ、こう…?」
ゴーシがぎこちなくイリヤの隣に並ぶ。
きゃーっ、私だけでなく、背後にいた女子達が一斉に黄色い歓声を上げた。ゴーシはへらりと笑い、イリヤは照れたのか赤面してぷいと後ろを向いた。男子めちゃくちゃかわいいな。
「ララさんルルさんもドレスじゃないですかお化粧もしてますかめちゃくちゃ似合いますね超超超かーいいですね!!」
「っふ、めちゃくちゃ早口…っ」
「そういうミカ様もめちゃくちゃかーいいです! この世のものとは思えない……あ、異界から舞い降りた天使でしたそうでした!!」
「は? 天使に天使とか言われたくないんですけど!?」
「なんでキレ気味…っ」
「面白すぎる」
きゃーきゃーきゃー。オタクノリの通じるララルルとお互いを褒めちぎりあって盛り上がる。
どよどよ。一方でオーディエンスは先ほどよりもさらにどよついていた。
「聖女様って、なかなか面白いお方…ね?」
「騎士達が女帝の仲間だって言ってたけどよお。単なる女傑って意味じゃあなかったんだ」
「俺ら、鍛錬であの商会の娘らやメイド侍らせてダラシねー顔してんの何度も見てっかんな」
「流石はミリナ様。聖女様のご趣味をよく理解なさっているわね」
「ええ、計画を聞いた時はちょっと意味が分からなかったけれど」
「まあ、お喜びのようで何よりだわ。何の欲もない方かと思っていたから」
どよどよ。どうやら聖女は変態だと噂されている。その通りである。
「もてなしは成功のようだな。羨ま……微笑ましい限りだ!」
「ほほ、ミカはリア様と似た嗜好をお持ちですもの。ドレスを全て出した甲斐がありました」
「リア以外にもコンパニオンが好きな女の子がいるんだね…」
領主夫妻は無事接待に成功したことを喜んでくれている……多分。
「ミリ姉に頼まれてた土産って、あのザハリの子供達だったのね? サン兄」
「ああ。俺達が呼びに行った。もう一人いたのだが、そっちには遠慮されてしまってな。無理強いはしなかった」
遠慮して来なかったのは、メリーの姉が産んだという子か。
もし来るとしたら私達とは初対面になるし、メリーの姉本人も敷地内にいる。いきなり大人数のパーテイに招待されても負担が大きいと保護者が判断したのかもしれない。
「それにしても、あの布の塊のようなドレスで俊敏な動きができるとはやはりタダモノではないな」
「それはそうね…。流石はサン兄、目のつけどころが違うわ」
「はっは、ホッタ殿が嬉しそうだと世の中捨てたもんじゃないと思えるなあ」
「ジロ兄は何を悟りきっちゃってるワケ? もっと疑り深いっていうか斜に構えた性格だったじゃないのよ、何がどうしちゃってそんな好々爺みたいな顔してんのよ」
「? ロット、お前が言ったのだろう、あの二人を見ていると不思議と心が穏やかになるのだと」
「それはそう、それはそうだけれど」
「俺も似たようなものだ」
そう言われてみれば、最初に出会った時のジーロはあまり人を信用していない雰囲気だった気もする。それ以降はザコルを見てほっこりしている人という印象しかないので忘れていた。
まあ、彼とはまだ三日ほどの付き合いなので知らない面の方が多いはずだ。そういえば、今日の掃除、もとい浄化はうまくいったのだろうか。
つづく