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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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お前のミカは私のミカだ!

 舞台の早着替えさながら、鮮やかな手際で私は服を剥かれ、そして新たな服を着付けられている。


「マヨ様が背負ってきたその大袋、毛糸じゃなかったんですね」

「ふふっ、だまされました?」


 素朴な生成り色の袋から出てきたのは。フリルやレースをこれでもかとあしらった若草色のドレスだった。


「この趣味って、もしかしてイーリア様の…」

「はい。イーリア様が奥様に着せるために仕立てたものですよ」

「やっぱり」

「よくお分かりですね?」

「たまたまです。マージお姉様が嫁入りの時にイーリア様から贈られたというワンピースも、こんな感じの若草色だったので。それに……」


 ザラミーアの趣味ではないと思っただけだ。彼女の普段着はシックな紺色や深緑色のワンピースドレス。仕立てや色からいって安物ではないだろうが、シルエットはいたってシンプルで、決してこんなラブリーな意匠ではない。


「もしかして着せられました? マージ姉様のドレス」

「あ、はい。その格好で町を慰問パレードしてこいって、イーリア様とマージ様に…」

「………………」

「マヨ様?」


 私は無言になったマヨを振り返る。


「すみません、正直に言いましょう。ちょっと嫉妬しています」

「えっ、ごっ、ごめんなさい!」


 マヨからすれば、育ての親であるイーリアも、姉代わりだったマージも大事な大事な家族だ。ポッと出の変な女が気を引いたと知れば、不愉快に思って当然で、


「違います」


 違ったらしい。


「誤解を招く言い方をして申し訳ありません。氷姫様は何も悪くないんです。私達がミリナ様救出作戦や魔獣奪還作戦で戦っている間、こーんなかわいらしい子にお姉様とかお母様とか呼んでもらって着せ替え遊びまでしてたとか本当に何? って思っちゃって」

「えっと」


 こっちはこっちで水害が起きたり曲者が出まくったり戦が起きたりして大変だったんですよ、などと言う間もなく、


「あーたーしーにーもーさーせーろー!!」


 彼女は虚空に向かって叫び始めた。


「いや、今着付けていただいているじゃないですか、こんな変な女でよければ存分に遊んでいただいて結構ですから」


 ぐるん。マヨの首だけがこっちを振り返る。


「存分に? 遊んでいい? 本当に?」

「あ、はい、よろしければ」


 ぐぐぐ、とマヨは溜めに溜め、


「……ぃやぁったー!!」


 と、両手を上げて跳び上がった。


「言質取りましたからね!? ね!?」

「は、はい。あの、常識の範囲内でお願いしたいんですが、聞いてますかマヨ様、マヨ様ってば」


 …早まったかもしれない。

 フゥーッ、元サカシータの使用人とは思えないテンションで盛り上がる彼女に、私は早くも自分の発言を後悔していた。 






 邸の廊下を、ザコルのエスコートで歩く。ドレスの裾を踏まないように、いつもよりゆっくりと慎重に。


「ふふっ、久しぶりですね、こういうの」

「そうですね。足首まで隠れるようなドレスを着たミカを見るのは、テイラー邸でダンスや茶会マナーの手解きを受けた時以来です」


 ザコルもモサモサの頭を軽く上げ、おめかし仕様だ。


「エビーとタイタのその姿も久しぶりだね、テイラーの騎士団服!」


 一応持ってきてはいたようだが、お忍びの旅にはそぐわず、寒すぎるサカシータ領の気候には対応しておらずで、ずっとしまいっぱなしだったらしい。慌ててアイロンを当てたと二人は笑った。


「寒くない? 大丈夫?」

「へへっ、大丈夫すよ。この寒さにも慣れてきたんで」

「厚手のマントも貸していただきましたから。ご心配要りません」

「でもなんか、サイズがキツくなってる気がするんすよねえ。うっかり破りそーっす」

「それは俺もだエビー」

「鍛えられて筋肉がついたのではないですか、陽キャのエビー殿、執行人殿」


 私達は、サカシータ騎士で私の護衛に割り振られているローリとカルダの案内のもと、指定された場所、オーレンが鍛錬のために作った道場へと向かっている。

 随分と歩いたが先ほどから誰にも会わないし、使用人の気配も少ない。私達以外の招待客はもう会場に入っているのかもしれない。


「ペータ、メリー」

「は」


 シュバ、若い影二人はすぐに私の側に侍った。


「さっきは二人に同席を遠慮するように言っちゃったけど、私が思うよりたくさんの人が招待されてるみたい。二人も他の使用人や騎士と同じように、部屋のどこかに控えててくれる?」

「承知いたしました」


 ペータはそう言って、メリーは無言のまま、二人は一礼してササッと下がった。




 道場に近づくと、ガヤガヤと人の声が聴こえてくる。入り口の脇には、サカシータ騎士が二人控えていて私達に一礼した。


「あ、オオノくん」

「今宵はお楽しみください、聖女様」


 これは何のパーティーなのかと訊こうと思ったのだが、カリュー出身騎士オオノの笑顔に何も言えなくなった。どうやら善意で用意された席であるらしい。深刻な話し合いとか告白のし合いとかではなさそうで、そこには安心した。


 私達が入り口に立つとワッと歓声が上がり、人々の注目が集まった。

 私はザコルの腕に片手を置いたまま、もう一方の手でスカートの裾を持ち上げる。そしてザコルと共に一礼した。一斉に拍手が巻き起こる。道場に土足で立ち入っていいのかと一瞬迷ったが、足元を見るとふかふかの絨毯が敷き詰められていた。マヨに無理矢理履かされたピンヒールで場内に踏み出す。


 人々が開けてくれた一直線に通った道を、ザコルのエスコートのまま真っ直ぐに進む。その先には、オーレンとザラミーア、そして、


「義母上」

「イーリア様…!」


 会うのは十日以上ぶりだ。相変わらずの凛々しい立ち姿に、目が潤みそうになる。


「ザコル、ミカ! 久しぶりだな!」


 イーリアは駆け寄ってきて、私をザコルからぶん取るようにして抱き締めた。ぎゅむう、豊満な胸部に頭をうずめられる。


「……んむ……!!」

「ああ、この目で息災な姿を見られるまで全く落ち着かんかったぞ。あまり心配させるな」


 すーりすりすり。やば、意識が遠く……いい、匂い…………


 べり。


 ザコルが私とイーリアを無理矢理はがした。


「何をする」

「何をするとはこちらのセリフです。僕のミカですよ!」

「フン、お前のミカは私のミカだ!」

「また意味の分からないことを…」


 相変わらずのジャイアニズムである。


「ほら、義母上が乱暴にするから髪が乱れてしまったでしょう。せっかく完璧に結えたのに」


 着付けと薄化粧はマヨがしてくれたが、髪結いだけはザコルにお願いしたのだ。マヨにはブーブーに文句を言われたが、私の髪は彼のテリトリーらしいので仕方ない。


「相変わらずミカの世話を独占しているようだな。ミカ、そろそろ飽きた頃だろう。今夜は私の部屋に来い」

「えっと…」


 ぐい。ザコルに抱き寄せられる。


「そんな危ない場所にはやれません」

「危ないとはなんだ。女同士だぞ。何も心配はいらない」

「心配しかないから言っているんです!」


 ギャイギャイギャイ。

 言い合う親子。どよつく周囲。通常運転である。




つづく

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