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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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なじってよぉ…!!

 屋敷中の風呂という風呂に湯を張り、足し湯用に替え湯用の熱湯も充分すぎるほど用意した後。


 ざぶーん。


「あーっ。久しぶりのお風呂だあ…!」


 魔力を使いすぎて昏倒したジーロの看病に忙しかった一昨日と、自分が倒れかけて魔法が使えなかった昨日。ゆっくりお風呂に浸かるような余裕なんぞなく、二日間とも清拭で済ませていた。


「次、ザコルも入ってくれますよねー、ふへへ」


 シーン。当然、廊下で待っている人の返事は聴こえない。でも、こっちの声は聴こえているはずだ。

 その後。風呂に入りながら話しかけてくるなと散々文句を言いつつも、彼は私の残り湯を使ってエコ入浴してくれた。




 入浴後、夕食までに少しだけ時間ができたので自室に戻る。


「手を見せてください」

「またですか。何度確認しても一緒ですよ」

「だって…」


 そう言いながらもザコルは左手を差し出してくれた。

 一時は腫れて黒く変色していた手の平も、今は何事もなかったかのようにまっさらである。


「…あれ? こんなに手の平柔らかかったですっけ。もっとタコとかありませんでした?」

「タコが消えたのは以前からですよ」

「そうなんですか?」


 これまで、手ばかりをさわさわすることがなかったので気付けなかった。


「そっか、自己治癒能力が移ってた時に……」


 ややこしいことだが、私には涙の治癒能力のほかに自己治癒能力もあり、彼に体液を介して魔力を譲渡した場合、副産物として自己治癒能力まで移ってしまうことが判っている。どうやらそのせいで彼の手にあったタコの類が消えてしまったらしい。


 また、涙の治癒効果にしろ自己治癒にしろ、作用にはタイムラグがあるというか、魔法が効き始めてから怪我や病が完全に治るのに、数分から十数分の時間がかかることもこれまでの実証や経験から判っている。


 ザコルは手の平に氷結魔法を受けてすぐに、自分に蓄えていた私の魔力をほとんど私に返してしまった。だから自己治癒では治りきらずに傷として残ってしまったのだ。


「タコがなくなったら、逆に武器が持ちにくくなったりしませんか」

「すぐに慣れたので大丈夫です」


 私は貸してもらった手の平を自分の頬に当てる。

 温かい。この温かさに、もう何度泣きそうになっただろう。


「泣きそうになった、ではなく、泣いているんですよ。今朝も泣いていたじゃないですか、もう泣くのはやめてくれませんか」

「ぅえっ、だって…っ」


 トントン、続き部屋からノック音がして、馴染みの騎士二人が入ってきた。


「また泣いていらっしゃるのですか、ミカ殿」

「だってぇ…っ」

「ザコル殿はご無事です。ご安心なさってください」

「タイタの言う通りです。また過呼吸を起こしますから、いい加減に泣き止んでください」


 ぽんぽん、いーこいーこ。


「ふべえ…!!」

「余計に泣いた!! なぜ…」


 なぜと言われても、優しくされると余計に泣けてくるのだ。

 ザコルは懐からまっさらなハンカチを一枚取り出した。


「ほら、顔がひどいことになっていますから。一旦拭きましょう」

「だめっ、やさしくしないで、なじってぇ…!」

「なじ…っ、変なことを言わないでください。あ、そうだ、僕を補給するのはどうですか」


 ザコルは私を受け入れようと両手を広げた。私はそんな彼の胸を叩いた。


「らめぇ、なじってよぉ…!!」

「ちょっ」

「ほらほらやめとけ姐さん、変態がまた変な扉開くぞ」

「なっ、なじってよがる趣味だけはありませんから!!」

「そーすね、兄貴はなじられてよがる方の変態すよねー」


 ヒュンヒュン、かぎ針が飛ぶ。


「女の子からの『なじって』は個人的にちょっとナイけどエロいなー」

「サゴシ殿」

「やべ」


 紳士警察が壁を睨む。


 しばらくすると、毛糸の大袋を担いだサンドとマヨがカオスと化した部屋を訪ねてきた。




「駄目じゃないですかザコル様、女の子泣かせちゃあ」

「これはかぎ針か。面白いものを武器にしているな」

「えっ、氷姫様、坊ちゃんに怪我させたかもしれないって泣いてたんですか? えっ、いじらし……」

「ほら毛糸を買ってきてやったぞザコル、あの羊のようで羊じゃない少し呪物っぽいものを作れ」

「ぶふぁっ。少し呪物っぽい…!」

「いや、少しじゃないな、羊のようで羊じゃない見るからに呪物、だ」

「呪物じゃないもんんんん…!!」


 カオスな部屋は余計にカオスになった。




「サンド、そろそろ」

「ああ」


 マヨの声かけで、ふざけていたサンドが急に真面目くさった顔になる。

 この人、変人ぶってはいるがそこまで変人には思えないんだよな…。兄弟がこぞって『変人』と言うからには何か理由があると思うのだが。


「氷姫殿。父上がな、話したいと言っている。やっと少し冷静になったらしい」

「オーレン様が。そうですか…」


 ロットが言った通り、オーレンは昨日から魔獣達がこうむった仕打ちを知って『ブチギレて』いたようだった。


「今日でしょうか」

「ああ、今日だ。我々は一応、貴殿の体調などをうかがいにきた」

「それは大丈夫です」

「そうか? 今しがた乱心していたようだが」

「だいじょびませんが大丈夫です」


 ザコルの手に凍傷を負わせた件を簡単に忘れられるとは思わない。落ち着く日など待っていたらいつになるやらだ。


「向かう人選は」

「この部屋にいる者達で来たらいいだろう。穴熊も呼ぶ」

「分かりました」


 ペータとメリーは遠慮させた方がいいだろう。あの二人もよく解っている。もし後から呼べと言われたら呼べばいい。


「じゃ、氷姫様以外、この部屋から出てってくださーい」

『えっ』

「はい脱いだ脱いだ」

「マヨ様!? 何、何何何、きゃーっ!?」

『ちょ、まっ』


 どたどたどた。



 かくして。この子爵邸についてから最も大人数になる『食事会』に私達は招待されることとなった。




つづく

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