そーね反省するわ!
「ロット兄様。ノックをしないと怒られますよ」
「そーね反省するわ!」
特に反省する気はなさそうだ。まあ、あれだけの物音を立てながら来るのだから、ノックされなくとも誰が来たかくらいは判る。
「それより聞いたかしら。あのバカ兄からペテル家の名が出てきたって」
「ペテル家? それは今聞きました。まだ話の途中でしたので」
「あら、そう?」
ロットは、突然の来客にまだ戸惑っていたミリナの方に目を向けた。
「ごきげんよう、ミリナお姉様」
ちょこん。マッチョオネエは一礼してみせた。
「あ、はいごきげんよう、ロット様」
「ふふっ、いいわねこういうの!」
お姉様にご挨拶できて嬉しそうなロットだ。
「僕が脱線させましたね」
「いいえ、貴重なお話をありがとうございますザコル様。旧ツルギ王朝に属した領の立場、我が国とサイカ国との関係、かつて魔獣を預けるに至った経緯。大変参考になりました。…正直、オースト貴族の血を引く私が養子に入っていいものかと考えさせられる内容でしたが」
「何言ってんのよ、そんなこと言ったらリア母様もザラ母様も元はサイカ貴族よ! あの兄に接触してきたのはリア母様の実家だしね!」
「え、そうなんすか。ペテル家って、タイさん知ってます?」
エビーはなぜかタイタに質問を投げた。
「ああ。ペテル伯爵家は、サイカ国随一の歴史を誇り、かつては一族で国の要職を歴任、王妃や王子妃も輩出してきた名家だ。だが、直系の姫にして若くして騎士団長に上り詰めた女傑が国を出奔、隣国の辺境子爵家に嫁ぐという前代未聞の事件によって失脚。以前ほどの興盛は失われたという」
おおー、パチパチ。流れるような説明に拍手が起きる。
「まー、流石ねタイタは。 元中央貴族の子息の中でも近衛候補だったんでしょう? 英才教育ってやつね!」
「恐れ入ります。ですが、俺に詰め込まれた知識も古いものとなりつつあります。ミカ殿の方が現在の情勢にお詳しいくらいでは」
「まさかー。そんなことないよ、貴族年鑑なんて流し読みだもん。国外のことは手に入る情報も限定的だったし」
サイカ国に関しては、かなりざっくりした位置関係と主な気候風土くらいしか本では知れなかった。
「で、ペテル家よペテル家。タイタの言う通り没落寸前らしーけど、バカ兄と接触してこっちの情報流すように言ってたらしーのよ。見返りは何かあった時に亡命先になって、ペテル伯爵家の家督継がせてやるとか言ってたんですって、笑っちゃうでしょ!」
「それは笑えますね。ですが、サカシータの血を持ち出そうとするのは笑えません」
「ザコルってやっぱりあったまいいのねえ! あたし、うちの血を持ち出すつもりだとかまで考えられなかったわ」
「そうですか。では、次回からは真っ先にそれに思い至ってください」
その、サイカのペテル伯爵家は、直系の姫にして若くして騎士団長に上り詰めた女傑、つまりイーリアの隣国寝返り事件によってギリギリの淵に立たされて今にいたるらしい。ご愁傷様である。そんなペテル家は、起死回生の一手としてイーリアが産んだ子供に目をつけた。中でも、王都住みの長子はサカシータ一族としては珍しく野心があるらしい。と、オースト国の王弟に聞いたかどうかは定かでないが、国使団に紛れてやってきたペテル家の使いは王都でイアンに接触した。で、絶賛悪役ムーヴをかましていたイアンは、定期的にペテル家と連絡を取るようになった。時に金銭を受け取ることもあったという。
ペテルの目的は、サカシータ子爵領の情報そのものではなかったのだろう。王都住みのイアンからでは、国境の戦力配備などの重要な軍事情報は得られない。真の目的は彼自身、サイカの女性と引き合わせて子を産ませることにあったとザコルは考えたようだ。
もしそれが当たっていて、しかも成功などしていたら、将来的に国境の攻防にサイカ擁する『サカシータ一族』が現れていたかもしれなかった。それは確かに笑えない。また地形が変わるほどのド派手な争いが始まってしまう。
「……なるほど。それで他に縁談があるようなことを言っていたのですね。夜会に連れていたという女性もサイカからの使者と考えると納得だ。国内でうちに嫁ぎたがるような奇特な令嬢がいるとは思え…っ」
ぎゅむ、私はザコルの足を踏んだ。どうやら反対隣でエビーも踏んだらしく、横目が合った。
当のザコルは斜向かいに座ったミリナの存在に気づいた。
「…申し訳ありません姉上」
「ふふっ、構いませんよ」
ミリナがクスクスと笑う。彼女はイアンというより、サカシータ一族に憧れて嫁いできた奇特というより稀有な令嬢である。
「で、父様も『これは明確な侵略行為』だって認めたわ。魔獣のこともあって昨日からずっとブチギレてるもの、今なら直接サイカに乗り込んでも怒らないと思うのよね!」
そうか。ロットはイアンがペテル家とつながっていたという情報を穴熊から聞き出し、であればこちらからサイカに乗り込んでやろうと考えて子爵邸にやってきたのだ。
彼は何年も国境の防衛に身をやつしてきた。変わらない戦局にイライラもしていただろう。しかしこちらから攻めたくとも、同盟関係にある国に正当な理由なく攻め込むことはできない、と兼ねてより親達から止められていたのかもしれない。
「今、ですか。兄様、アカイシは雪で閉ざされていますよ。どのようにして乗り込むつもりですか?」
「ふっふっふ……トンネルよ!!」
ぱちくり。ザコルが瞳をまたたかせる。
「は? トンネル? アカイシに? まさか、それも遺構か何かですか?」
「いーえ。できたてホヤッホヤの新作よ!! 何年も前からシュウ兄とたくらんできた策がようやく日の目を見るわ!!」
ロットは驚いたザコルにフフンと笑ってみせる。
「大変だったのよお、工事の音や瓦礫ごまかすために喧嘩したフリしたり、穴を隠すためにその周辺で寝ずの番したこともあったわ。今はデッカイ岩でいい感じに隠してあるけど、どけたらいつでも使えるようにしてあるの! せいぜい二人並んで通れるくらいのせっまいトンネルだけど、充分でしょ!」
騎士団長(謹慎中)は、イタズラ成功とばかりにウィンクしてみせた。
つづく




