もう、灰燼に帰していいですよね?
「母さま。おはなしはおわり? いっしょにゲームしましょう」
はっ。方針演説中のミリナが我に帰る。
「お、終わりじゃないわ! 肝心なことをまだお伝えしていないの、当主候補どころの話ではないんです!」
ミリナはザコルの方へ向き直った。
「夫が、どうやら隣国と通じていたようなのです」
「隣国とは、サイカ国のことですね」
「えっ、ええ…」
何でもないことのように返したザコルに、ミリナが拍子抜けしたような顔になる。
「もしや、ご存知でしたか?」
「いえ。こんな北の領地の人間と通じて益があるのはそこの国くらいかと思っただけです。あの兄は王弟殿下と付き合いがあったようですし」
「王弟殿下もサイカ国と通じていらっしゃると?」
「証拠はありません。ただ、兄などよりずっと『悪役』の名に相応しい方ですから」
「悪役……」
王宮の豚、とコマが貶していた。姿を見たことはないが、さぞ恰幅のいいお方なのだろうと思う。
「サイカ国は表向き、我が国と同盟関係にあります。しかし、さっさと併合してしまいたいのでしょう。かの国に比べれば温暖で肥沃な土地が多いですし、資源もまあまあ豊富です。同盟を謳いながら、かの国の『山賊』はアカイシの国境を絶え間なく攻撃している。ここ数年は特に激化しているとロット兄様も言っていました。しかしどうしてもアカイシを越えられないので、内側から崩そうとしている。まあ、当然の流れかと」
はーい。エビーが手を挙げる。
「せんせー。何でウチの王家はサイカに抗議しねえんすか?」
「ここで抗議すれば、山賊の平定を口実に大兵を山に送り込む案を提示され、言うが早いか正規兵が堂々『善意』を振りかざして乗り込んできます。犠牲の一つも出せば戦争は不可避です」
「じゃー、何で国の騎士団はこっち手伝いにこねーんすか?」
「手伝わずともサカシータを始めとした『山派貴族』が勝手に防衛してくれるからです」
「舐めてんなあ…」
「ええ、舐められていますよ。オースト国も、山派…というかツルギも」
オースト国としては、かつてのツルギ王朝の民なんぞ勝手に戦って勝手に死ねばいい…………とまで思っているかどうかは定かでないが、それに似た意識は根底にありそうだ。
しかし旧ツルギ王朝領に住まう山派貴族達もまたオースト王家を相手にしていない。サカシータ一族でいえば、魔法陣技師以外では国の要職に就かないと決めている他、陞爵を提案されても断るなど、ある意味でオースト王家のメンツを潰し続けているとも言える。
しかし、『勝手に守ってもらっている』オースト側が、何か文句を言えるだろうか。それどころか怒らせることすら得策ではない。触らぬ神に祟りなしだ。
文句は言わないが、言わせもしない。沈黙の山派、と言われる所以である。
「併合から何十年経っても、この辺りは未だにツルギ王朝という別の国なのです。ツルギには山神信仰の聖域の他、金になる資源もある。そういったものを侵さないこと条件として、盾となりオースト国を護っています」
アカイシ山脈では火薬の材料になる硫黄が採れる。隣のタイラ男爵領には塩湖もあり、隣国サイカとしては、このツルギ山周辺の領を手に入れるだけでも国利になるだろう。
「なんでツルギ王朝はオースト国に併合されてくれたんすかねえ」
「ツルギ王家の持つ力の衰え、そしてサイカ側の防衛に集中するため。また、サイカと付き合うよりはマシだからとも言えます。かの国もこの地も、麦などの実りは少ないですし」
「メシ問題すね。で、何で魔獣は王宮に預けちまったんすか? 別に、国の言うことなんざ聞いてやる義理なかったすよね」
「理由は様々あるようですが、サイカ国との同盟を結ぶ際の条件の一つだったそうです。当時のサカシータは『別格』の当主一族に加えて多くの魔獣を従える世界最強の里だった、と祖父ジーレンが語っていました。もちろんサイカ国側でも強力な魔獣達を戦力に組み込んでおり、アカイシ防衛戦の激しさは今の比でなかったようです。犠牲者の多さもさることながら、地形が変わるなどの被害もしょっちゅうだったとか。その戦いに終止符を打つための策として、両国とも国境から魔獣達を全て退かせることが提案され、そして採用されました」
そして、サカシータだけでは不公平、とばかりに、全国の魔獣は王宮に集められ、領ごとの魔獣召喚は全て禁止された。サカシータからは『魔法陣技師』という役職に人を出すことになり、その全てを管理することになった。
「魔獣達にも寿命があります。国力を落とさないためにも、定期的な召喚は必要とされました。ただし、古参にも新規にも、たまの要請で出動する以外には穏やかな暮らしが約束された。魔獣達だけは、絶え間ないアカイシ攻防戦から解放されたのです。父上は、これ以上人間の都合のために魔獣達を酷使せずに済むならと王宮に預けることを了承した」
ザコルはそこで一拍置いた。
「……実際には、王都は魔力を搾取するための陣の上にあり、年々減りゆく高魔力の人間の代わりに魔獣達がその搾取の対象となっていたようですね。当時の王家がそこまで意図して魔獣を集めたかどうかは知るよしもありませんが、力を持った魔法士も同じように王宮で囲う仕組みがあったことを考えると、王家は魔力を持ったものを『資源』とみなしていた可能性が高い」
どうして、テイラー伯セオドアが私とザコルを辺境に移したか。また、どうして第一王子がザコルの『隠居』を止めなかったか。そして、どうして王弟が渡り人を狙い、クーデター後に逃げようとする民を兵を使ってまで王都に囲いたがったか。
「この国は怒らせてはならない相手をついに怒らせました。僕としては、どうして早くそう思わなかったのかと苛立ちすら覚えます。魔獣のことに限らず、我が故郷はずっと『搾取』の対象でした。義母上も、理不尽を嘆きながらも父の思いを尊重し、何十年もの間ひたすら我慢してくださった。魔獣達と領を任せられる、素晴らしい人を得ることもできた」
にこ。ザコルは穏やかに笑った。
「もう、灰燼に帰していいですよね?」
「ちょ…っ」
どたどたどた。にわかに廊下が騒がしくなる。
バターン。部屋の扉が勢いよく全開になった。
「ザコル! サイカに殴り込みに行くわよぉ!!」
そう叫んで乗り込んできたのは、この領の騎士団長であった。
つづく




