アレみたいなもの
「魔力搾取自体は呪いでもなんでもなく、本当にただ魔力を取られるだけ、に等しいんだと思います。ミイも『疲れるだけ』って言ってましたし、王都の人達も無自覚なまま生活できていたみたいなので」
ゴウやミイによれば長年搾取されている人にはその痕跡が見られるとのことだが、ただそれが原因でみんな早死にするとか、そういうことではなさそうだ。
「単に、王都にいる人間や魔獣の数が減ったせいで、残された方の負担が増えたっていうのはあると思います。玄武様もそう言っていたし、難民の人達の魔力の状態も酷かったと……ええと、サモンくんも言っていたようで」
「まあ、サモン様が。確か魔力を目で見る能力があるとお聞きしております。シシ先生と同じ能力の持ち主だとか」
本当は第二王子にそんな特殊能力があるのは国家機密のはずなのだが、本人がボロを出しまくるせいで公然の秘密、いや、ただの公開情報みたいになってしまった。まあ、この際世間様にバレても堂々と生きていけばいいと思う。
「それで、古参の子達を瀕死にさせた原因なんですが。玄武様は、王都の魔力吸収陣は朽ちかけてて不完全、あちこちによくない力の凝りができている。それに長年さらされてきた者はもう戦えない、みたいなことを言っていました。つまり彼らの命を脅かしていたのはその『よくない力の凝り』、つまりこの家の地下にもできていた、アレみたいなものっていうか」
「アレみたいなもの」
そう、アレみたいなもの。あの、闇の力が漏れ出して溜まって腐ったみたいなもののことだ。
スッ、エビーが挙手したのでどうぞと発言を許可する。
「そのアレみたいなヤツって、長年さらされてると死にかけるようなものなんすか?」
「うーん、よく分かんないけど、少なくとも魔獣の彼らにとってはよくないものだったんだと思う。すぐには死なないけど、少しずつ身体に蓄積していって徐々に身体を蝕んでいくものみたいな。弱い呪いみたいな感じなのかなあ…」
「ミカとジーロ兄様はアレに近づくと明らかに不調をきたしていましたよね。僕と穴熊は割に平気でしたが」
それはザコルや穴熊が闇の力および、闇の力に対する耐性を持っているからだろう。
「人によって相性とかあるんじゃねーすか? ほら、魔力も相性あるらしーし」
「エビー、僕もそのばしょへ行ったけど、へいきだったよ」
「あれ、イリヤ様が平気なんじゃあ、魔力の相性は関係ねーのか?」
イリヤとジーロは魔力の相性がいいはずである。
「相性との関係は否定しきれませんよ。成熟度や魔力量なども関係するのかもしれません」
「まあ、その辺りはまたミイかジョジーに訊きましょうか。玄武様も色々知ってそうだったし」
古参の魔獣達はきっと色んな知識をもたらしてくれるだろう。ここ数十年の王宮のことなども。
「ミカ殿、どうしてゲンブ殿には敬称をつけられるのですか。何か特別な理由が?」
我らがマナーブック、タイタからの質問だ。
「特別な理由はないよ。玄武という名が私の世界にいる神様の名前だから、何となく畏れ多いっていうか…」
「ほう、異世界の神の名ですか」
そわ。タイタの瞳に少年心が宿る。好きそうだと思った。
「中国、日本から見て海を渡った先にある大国が起源でね、四神と言って、方角や季節を司る神様のうちのひと柱なんだよ。東と春は青龍、南と夏は朱雀、西と秋は白虎、北と冬は玄武。それぞれ、龍、鳥、虎、亀の形で描かれることが多いんだ。玄武様は亀型魔獣だし、ピッタリだと思う」
「ミカ殿の世界では、方角や季節にそれぞれ神が宿ると考えられているのですか。なんと深い…。魔獣達への敬意も感じられる、素晴らしい名付けでございますね」
「うん、愛があるよねえ」
ふと、私はオーレンの泣き顔を思い出した。あの涙が悲し涙にならなくて本当によかったな…。
「ミカ様、今、スザクとおっしゃいましたか? 鳥型の赤い魔獣で、スザクという名をつけられた子がおります。ご覧になりましたでしょうか」
ミリナに問われ、私は記憶をたどる。
「ああ、鳥っていうかちょっと羽毛生えた恐竜みたいな見た目の……もしかして火を操ったりしますか?」
「まあ、よくお分かりですね。彼女はナラと同じで火の魔法を扱います」
「やっぱり! 四神として描かれる朱雀も火を操る鳥だと言われているんです。ミリナ様、他の古参の子達のこともまた紹介してくださいね」
「もちろんです。皆もミカ様とお話ししたいと思いますから、ぜひ」
魔獣達はよく休めただろうか。王宮で何があったかまではまだ聞けていないが、ここに来るまで休まる日などなかったはずだ。
「ミイちゃん達って今どこにいるんすか?」
「子爵邸の裏手にある、かつての魔獣舎を整備してくださったそうなので、古参の子達とともにそちらに移りました」
「お、修復完了したんすね」
私がサカシータ子爵邸に入るよりも前から、ザッシュの指示で穴熊達が修復に入っていたと聞いている。大型魔獣達が来るのに間に合ったようでよかった。
「こちらにある魔獣舎は歴史が古く、魔獣達が王宮に召し上げられてからも最低限の手入れは続けていらしたそうなのです。今回、より多くの魔獣を受け入れられるようにと増築までしてくださったとか。私達も見に参りましたが、大変立派でしたよ。ね、イリヤ」
「はい! とーっても大きいんですよ! ちっちゃいまじゅうの子たちにもちゃんとおへやがあるんです。ミカさまもいっしょにあそびにいきましょう!」
「うん、明日許可が取れたら行こうかな。一応子爵邸の外になるから」
この子爵邸は厚い石壁で囲まれ、屈強な騎士達によって常に安全が保たれている場所だ。そこを勝手に出るとなると警備上の問題が生じかねない。警備隊隊長ビットに直接頼んでもいいが、その前にオーレンかザラミーアに話を通した方がいいだろう。私も随分と護られ慣れたものだ。
「ミリナ様。人払いならぬ『魔獣払い』をしたからには、何か内緒話があるのですよね」
「…はい。以前、ミイが私に話があるようなことをおっしゃっておられましたわよね。ミイや他の魔獣の前で聞き出すのははばかられましたから、もしミカ様がよろしければ…」
「もちろんお話しします。私の判断で勝手に話すわけにはいきませんが、ミリナ様のご要望とあればミイも文句はないでしょう」
ごくり…。
緊張したような様子のミリナに、私は微笑んでみせた。
つづく




