ひろいんとは何でしょうか
イアンが受けた暗示のようなもの、つまり呪いのようなもの、とは、イアンの生き方にある種の役割を強制するものだったらしい。
共犯なんていない、俺が、俺だけが悪だ! 悪は俺なんだよ、悪であれと、そう…!
浄化の光を浴びたイアンは、そう叫んだ。
悪は俺、俺だけが悪。つまり、
「悪役、か……」
何だろう、王都が実はゲームや創作物語か何かの舞台で、シナリオの強制力みたいなものが働いているとか、そういうヤツなんだろうか。
「ということは、ミリナ様はヒロインなんですか?」
「ひろいん? ひろいんとは何でしょうか」
「物語の主人公的な女性のことです。絵本でいうとお姫様みたいな」
「私がお姫様ですって? ふふっ、まさか」
「母さまがおひめさま! すてきです!」
「まあ、ありがとう。イリヤはいつだって母様の王子様よ」
ミリナはイリヤを撫でながら話を続ける。
「魔獣達が負っていた、魔力を吸い取られるような『呪い』はミカ様の細氷の魔法によってすっかり解けました。ですが、夫の方はあの細氷を集中的に何度も浴びてすら解けなかったのです。それほど強力な『呪い』だったということなのでしょうか…」
「母さま。父さまは『のろい』にやられていたから『てき』だったんですか?」
「そうだったのかもしれないわ。でも、だからといってされたことを許すか許さないかは、イリヤが決めていいのよ。イアン様も、あなたや私に許しを強要したりなさらないわ」
「ふーん…」
イリヤは少し考え込むように黙り、目の前のマグカップに手を伸ばした。
「あの、多分なんですが、王都全体にかけられていた魔力の搾取? の作用は、呪いってほどのものじゃなかったんだと思います」
「どういうことでしょう。ミカ様はその魔力搾取という呪いを解いてくださったのですよね?」
「ええと、私はそもそも、呪いらしいものを中和して和らげただけで解いてはいないんです。魔力搾取による魔力の欠乏に関しては、単に失われた魔力を補填しただけかと。そもそも魔力搾取は呪いってほどのものじゃなくて」
「?」
どうやらミリナは、私のダイヤモンドダストが浄化に準じる魔法だと未だ思い込んでいるようだった。
地下でもさらっと説明した気がするのだが、彼女は苦しむイアンを心配するのに忙しかったので、あまり聴いていなかったのかもしれない。
それに古参の魔獣達の死に至る原因は魔力搾取ではない。そこのところは私も含め、周りの説明不足だ。
私はまず、ジーロが使った浄化魔法と、私の行った処置が完全に別物であることをいちから説明することにした。
浄化とは、闇の力やそれが変質したものなんかを綺麗さっぱり消失させることができるという、便利かつ強力な魔法である。
対して私が行ったのは、闇以外の魔力を最大濃度出力で大量に浴びせ、無理矢理中和しつつ魔力も与えるという、玄武いわく『力技』だ。
「高濃度の魔力を、大量に浴びせる、力技……!? それがあのダイヤモンドダストだと!?」
説明を聴いたミリナはなぜか顔色を悪くした。ずっとそう説明していた気がするのだが、やはり彼女には伝わっていなかったようだ。
「はい。そうらしいですよ。私はただ空気中の水蒸気を氷に変えたってだけで、ちょっとした理科実験が成功したくらいの気でいたんですが、ミイには『呪いを灼き切るくらいの濃い魔力浴びた』とか『ただの空気を氷に変えるほどの魔力、濃くないわけない。ミカはアホ』とか言われました。玄武様にもなんか呆れられましたし…」
「まさか、そんなご負担の大きい魔法だったなんて…! 私、毎日何百人分のお風呂を沸かすよりは楽そうだなんて、とんだ思い違いを…っ」
「あっ、気にしないでくださいミリナ様! 私もそんな感じで軽く考えてたんですよね。水を凍らせたり沸かしたりに比べればちょっと集中力が要るってくらいなので」
私は頭を抱えるミリナに慌ててそう付け足した。
「姉上。ミカの『ちょっと』とか『少し』とか『大したことない』はあまり当てにしてはいけません。常人と基準が違うので」
「ザコルには言われたくないです!」
ミリナには、イアンにダイヤモンドダストをかけてくれるよう何度も頼んだことや、古参の子達が救えると聞いて縋ってしまったことなどを滅茶苦茶に謝られた。
「私、ミカ様の『大したことない』はもう信じません。甘えすぎだったことを反省いたします」
ミリナはそう固く決意したように、きっぱりとそう宣言した。
「ええー、全然甘えすぎてなんかいないですって、むしろやっと頼ってくれるようになったとこじゃないですか。もっとじゃんじゃん使ってくださいよ。そうやって使い渋りされるとさっきみたいな魔力過多にもなるんですから」
「加減が難しいのは理解しました。なので今度ミカ様のご協力を仰ぐ場面があれば、まずザコル様か騎士のお二人かサゴシ様に相談することにいたします。先ほどの過集中に関する対策案も詳しく決まりましたらぜひ共有を。私も協力いたしますから」
「僕もミカさまがたおれないようにきょーりょくします!」
「ええ、ともにこのクソ姫を見張りましょう、姉上、イリヤ」
「実に頼もしいです」
「マジ大歓迎っす」
「女王様好きです」
ペータとメリーは無言で拍手している。
うぬぬ、過保護軍団の人員が増えてしまった。倒れかけて心配かけたのは自業自得なので何も言えない。
「で、話が逸れてしまったので戻してもいいでしょうか。王都全体にかけられていた魔力搾取の作用は、呪いってほどのものじゃなかったんだと思う、のあたりから」
こういう時は話題転換に限る。
つづく