ちょい人外仲間です
「そうだったのサゴシさん、ミカ様は魔力が多すぎてこういった不調を起こされることもあるのね。よく泣かれていると聞いたけれど、そんな事情があったなんて…」
「そーなんですよー。俺が合流した頃にはもう魔力過多にならないよーにご自分でコントロールなさってたんで、情緒不安定な姫様とか俺はあんま見たことないんですけどー。何ならわざと魔力過多状態作って魔法出力上げる実験までしてたりして」
「敢えて魔力過多状態を作るですって? それって、お身体に負担はないのかしら、心配だわ」
「あの自称主治医には怒られてました」
「自称? シシ先生のことかしら?」
ミリナはサゴシを相手に事情を訊いていた。隣でイリヤもふんふんと聴いている。
「ミカ様。本日はお風呂を沸かされますよね。全ての浴室に水や雪を準備するよう、声をかけてまいりましょうか」
「あ、うん。お願いペータくん」
シゴデキな元従僕は一礼し、部屋を出て行ったかと思ったら数十秒も経たないうちに戻ってきた。シゴハヤだ。
「はあ、シータイであれば言わずとも湯船に水くらい張ってあるのに…」
「仕方ねーさ少年、まだシータイほどミカさんの生態が知れ渡ってねえんだからよ」
シータイでは、町長マージが常に先回りで水を汲ませてくれていた他、そこらの町民でさえ、私がみっともなくボロボロ泣いているのを見たら「うちの聖女はしょーがねーな」の一言で入浴小屋に案内してくれた。つくづく居心地のいい環境だったと思う。感謝せねば。
「ミリナ様、すみません。私事で時間を使ってしまいました」
「いいえ、また一つミカ様のことが知れてよかった。次に同じことがあればヤカンか鍋をご用意すればいいのですよね」
「お水やぎゅーにゅーもいるよ、母さま」
「そうだったわねイリヤ。お風呂の手配もできたら完璧よ」
フンスと意気込んでくれる母子がかわいい。
「お二人ともありがとうございます。今の時期は雪がありますから、外に出るというのも手っ取り早いです」
私は目の届くところにあるヤカンの水を凍らせたり溶かしたりしながら話を続ける。
「あと、皆には止められるかもしれませんが、ダイヤモンドダスト、すなわち空気中の水蒸気を凍らせることができるようにもなったので、やろうと思えば割とどこでも魔力を解放できるようになりました」
「ただし俺が死にそうになります」
「そう、問題はそこなんです。ある力の持ち主、特にサゴちゃんがいる場では注意が必要で。この子も厄介な生態の持ち主ですから」
「はい。姫様とはちょい人外仲間です」
「ちょい人外、ふふっ」
特殊な体質を持つ人はみんなちょい人外。いいな、異世界っぽい。
「おい姐さんウケてんなよ、俺ぁ姐さんやサゴシを人外とか言いたくねえすよ。大体、それで姐さん悩んでた時期あんのに…」
「ごめんごめん。でも『ちょい人外』ってことは『だいたい人間』ってことだよなーなんて思っちゃって」
「それでもさあ…」
「エビー。僕の考えた鍛錬メニューを『鬼畜人外』と称していたのは君ですよね?」
「そーだった。兄貴はもろ人外だったわ」
ヒュン、かぎ針が飛んだ。
では、とミリナが仕切り直す。
「皆様にお話したいことというのは、他ならぬ夫のことでございます」
ぴく、とイリヤが弾かれたように隣に座る自分の母親を見上げた。
「え、でも」
「私がお耳に入れるべきと判断したのです。それ以上でもそれ以下でもございません」
ミリナはきっぱりとそう言った。
「分かりました。それがミリナ様のお考えならば」
「ありがとうございます。お耳汚しな部分も多いかと思いますが、どうかお聞きくださいませ」
ミリナは自身の夫、イアンを尋問した結果について話を始めた。
イアン・サカシータ。彼はオーレンが十九歳、その妻イーリアが二十歳の時、待望の第一子としてこの世に生を受けた。
「えっ、イーリア様、二十歳で産んでるの、ていうことは、それよりも若い時に大国の騎士団長になってそして出奔、嫁入り…?」
まだ話の冒頭だというのにスルーできずに口を挟んでしまった。
「ミカ、義母のことは横に」
「いやだって、 騎士団長に上り詰めた時点の年齢は最低でも十八歳以下ですよね? つまり、女子高生が騎士団長になっちゃったってこと……? 何それやっば、やっっっば」
「ミカ、姉上の話を」
私を止めようとしたザコルをミリナが制す。
「お気持ちは解ります。私にとっても憧れの方ですもの。女騎士がほとんどいないオースト国ではもちろん、隣国でも異例の出世であったはずです。しかもお飾りでなく、実力でその座を勝ち取られたというのですから」
「ふっ、そうなのです。『別格』と謳われるサカシータ一族にさえ引けを取らぬ武勇、そのカリスマ性、アカイシの女帝といえば国内はおろか世界にとどろく伝せむーむーむー!!」
「はいはい、女帝様がすげーって話は後でいいすから。続きどうぞミリナ様」
執行人タイタの口を無理やり封じたエビーが先を促した。
武勇に優れた両親から産まれたイアンは、周りの期待を一身に受けて育った。
イーリアはイアンとジーロの二人を産んだ後、祖国から連れてきた侍女に、第二夫人として夫に嫁ぐよう命じた。
その命令には、ザラミーアはもちろん当主であるオーレンまでもが戸惑ったようだが、なんやかんやでザラミーアは嫁ぎ、彼女にとっての第一子で四男ザッシュを、イーリアの第三子で三男サンドと同じ年に授かった。
四男ザッシュは誕生の時点で、唯一の『父親似』だった。オーレンはどの息子も平等に可愛がったようだが、イーリアは特にザッシュの成長を喜んでいたのだという。
その後に実子として産まれた六男ロットしかり、イーリアが強く関心を寄せたのは一貫して『父親似』の子だった。
「……というのは、あくまでお義父様やザラミーアお義母様、ジーロ様、サンド様のご見解です。当のイーリアお義母様がどうお考えであったかは、ご本人に訊いてみる必要があると私は考えております」
「そうですか…」
正直、兄弟間で比べられて育ったと子供自身が感じているのならそれが全てのような気もする、とは言わなかった。
誰もが認める『立派』な母親の期待が弟達に奪われていく様を、『母親似』であったイアンやジーロはどのように見ていたか。ロットが物心つく頃、イアンとジーロは思春期に差し掛かっていたはずだ。正直、このサカシータ家が特別家庭環境の悪い家だとは思わないが、グレる要因というのは人それぞれである。
イアンもジーロも、ついでにロットも、産みの母親には一言も二言も言いたいことがありそうだった。ザッシュとイーリアにはそういった壁をあまり感じなかったのは…。つまり、そういうことなのだろう。
そして、イアンとサンドは出仕のため王都へ、ジーロは自分探しの旅に出た。
「それで、どうやら夫は、上都してから、何者かによって暗示のようなものを受けたようなのです。お義父様は『いわゆる呪いだろう』と話しておられました」
「それが、ジーロ様の『浄化』によって解かれたわけですね」
「はい。その通りです」
呪い。
そんなものをかけられるほどの力を持った魔法士に心当たりはない。そう、私の自称主治医であるシシは言っていた。
だが、その力の源が『個人』でなかったとしたら。
例えば、多くの人間や魔獣から魔力を集める仕組みを持った『魔法陣』であったとしたら…?
私達は、ミリナの次の言葉を待った。
つづく




