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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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瑣末なんて言わないで

 …女子達がやっと納得してくれた頃。


「イリヤくんはサンド様達に何か頼んだの?」

「僕にはなにか『おもしろいもの』をえらんで買ってきてくれるそうです!」


 少年は、楽しみだなあと笑う。


「あー、私もおまかせにすればよかったかなー」


 せっかくお土産をと言ってくれたのに、普通におつかいを頼んでしまった。可愛げのないことである。


「ミカは物を必要以上に必要としない性格ですから、それでいいのでは」

「ええ、欲のないミカ様らしいご注文ですわよね」


 ザコルの言葉にミリナが頷いてみせた。


「さっきも言いましたが、こちらで何不自由なく世話していただいているからこれ以上必要な物がないんですよ。それに、ミリナ様だってあまり欲があるように見えないんですが、何を頼まれたんですか?」

「ふふふっ、内緒です」

「えっずるい」


「さあ、そろそろお昼でございます。本日はどちらでお食事なさいますか?」


 執務メイドの一人が声をかけてくれる。


「あの、みんなでお食事しませんか?」


 私が女子達の方を視線で示せば、ミリナは微笑みで返してくれた。


「まあ、素敵ですね。いかがでしょう、皆さんも」

「私達までいいんですか!?」

「ピッタたちもいっしょにごはん? やったあ」


 イリヤが嬉しそうに跳び上がる。ザコルがサッと移動して肩を押さえた。


「では食堂に運ばせましょう。お支度整いましたらご案内致します」

「ありがとうございます。みんなとお食事するの久しぶりだね」


 女子達は商会代表として、ソロバン習得のために子爵邸に滞在している。約束の期限は一週間。あと二日もすればシータイからお迎えがやって来る予定だ。

 また商会リーダー陣というか同志達に会えるのは楽しみだが、その後は寂しくなるだろう。







 賑やかな食事会の後。


 一時間程の休憩を挟み、ミリナの希望により、同じ食堂に茶会の席が設けられた。


 今日は朝から一度も当主陣、オーレンやザラミーアに会っていない。まあ、彼らも暇ではないはずだ。ここ最近はバタバタしていたし、ジーロが午後は地下に行くと言っていたので彼らもそこにいるのかもしれない。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。ミカ様、ザコル様、皆様」


 向かいに座ったミリナが頭を下げれば、その隣に座ったイリヤもぺこりと頭を下げた。

 ミリナの同伴者はイリヤだけだ。魔獣達も今朝ミイとミリューを見かけたきり、その後は誰の姿も見ていない。


 こちらのメンバーは私とザコル、エビー、タイタ、サゴシ、そしてペータとメリーである。穴熊はミリナの指名がなかったので呼んでいない。


「発言をお許しいただけますでしょうか、ミリナ様」


 こちらで一番に声を上げたのはペータだった。


「ええ、どうぞペータさん」

「僕とメリーは同席させていただいてよろしいのでしょうか。奥様にも、シータイ町長からも、僕達は未熟と判断されております」


 メリーも無言のままこくこくと頷く。…あの子、まだ語彙がなくなったままなんだろうか。


「今のあなた方は、サカシータの者というよりはミカ様の預かりなのよ。ここには、ミカ様ご自身が信を置かれる方を中心にお集まりいただきました。穴熊さん達には申し訳ないけれど…」


 ちら。ミリナは私の顔を伺う。昨日あたり、私が休んでいる間にミリナも穴熊の能力『感覚共有』について話を聞いたのだろう。


「大丈夫です。彼らに信を置いていないわけではないですが、内緒話をするつもりなら呼ぶべきではないですね。彼らも理解していますよ」


 彼らにも立場がある。

 昨日は堂々とロムっていることをバラされたが、それが判ったところで穴熊の口を完全に封じることなどできない。私が穴熊に命じてシータイやカリューにいる人員を引き揚げさせればいいのだが、被災地、準被災地である二つの町の状況が全く判らなくなるというのも心配だ。まあ、あちらも同じ気持ちだろうから、これでいいのだ。


 私のフォローに、ミリナはホッとしたように胸を撫で下ろす。


「ミカ様、改めまして。昨日は、古参の魔獣達をお救いくださり、誠にありがとうございました」

「ありがとうございました!!」


 ミリナとイリヤが揃って頭を下げた。


「どういたしまして。ですが、私が救いたくてしたことですからお気になさらないでください。…といいますか、やりすぎてむしろご心配をおかけしました」

「それは、本当に…っ」


 ミリナは何かを言い募りかけ、そしてコホンと咳払いをして姿勢を直した。


「どうか、命を脅かすようなご無茶は今後なさらないでください。私達も、それから魔獣達だって、あなた様のことを大事に思っているのですから」

「はい、反省しております。魔獣達には真っ先に怒られました。自分でも、たまに過集中状態になる癖をどうにかしないと、とは思っているんです。隙だらけにもなりますし」

「それは、その通りだわ。常日頃周りの動きや気配に人一倍敏感でいらっしゃるのに、あんな風に誰の声も届かなくなってしまうだなんて…。以前からもよくあったことなのですか?」


 スッ、エビーが挙手した。ミリナが頷けば、彼は口を開く。


「弓を引くときによく見る光景すね。七十本くらい打ち込むと徐々に集中切れてくるんすけど、それまでは何言っても止まんねーっす。兄貴がめちゃくちゃ至近距離で顔のぞき込んでても気づかねえし」

「至近距離で顔を…?」


 ザコルは一体何をしているんだ。ちら、隣を見る。


「すみません、集中している時の目の動きや、無意識と思われるつぶやきが興味深くてつい」


 コホン。ザコルは仕切り直すように咳払いした。


「今回もやはり声や視線くらいでは止まりませんでしたが、手を掴んだら止まりました。やはり、大声を出すよりも接触した方が止まりやすいと思います」


 ヒュ、冷たい空気が喉を鳴らす。私は思わず右側に座ったザコルの左手に目をやった。


「ミカ殿。よろしければ、集中しすぎていると判断した際、許可なく御身に触れることをお赦しいただけないでしょうか。止められる者は多い方がいいと思うのです。できれば、俺達以外にも…」


 斜め前、イリヤの隣に座ったタイタが私の反応を伺う。


「そうすね。やっぱ、いざとなったら近くにいる誰かが止めるっきゃねえもんな」


 そのタイタの反対隣に座ったエビーも頷く。


「で、でもっ、危ないかもしれないよ、ザコルだって手を…!」


 あの腫れ上がって黒く変色した手の平には血の気が引いた。ああなって治療できる相手は限られているし、もし怪我したところを部外者に見られていたら治療後に誤魔化すのも大変になる。


「姐さん、そんなこと言ってらんねえすよ。今後こういうことがないと言い切れねえ以上、対策は必要だ」

「エビーの言う通りです。お止めした結果どのような問題が生じようとも、あなた様を失うことに比べたら瑣末なことなのですから」

「瑣末なんて言わないで!!」


 タイタが言葉を飲む。


「…っ、ごめん、解ってるの、でも言わないで。私のせいで私以外の人が負うものを『瑣末』の一言で済ませないで。私が悪いんだよ、集中して周りが見えなくなったりする私が、全部…っ」

「違います! あなた様は何も…っ」


 前のめりになりかけたタイタの腕をエビーが掴み、首を小さく横に振る。イリヤもびっくりしたのか私とタイタを交互に見ている。


「申し訳ありません、取り乱しました」


 タイタが立ち上がって私やミリナ達に一礼する。


「ううん、ごめんタイタ、護衛としてあるべき意見だって解ってるのに突っかかってごめん。ほんと、何してるんだろ…」

「ミカ殿…」


 どうしてこう冷静になれないんだ、つくづく自分が嫌に………………あれ。そういえば、今朝は皆に止められるからと、魔法をほとんど使っていないことに思い至った。


「ミカ殿、もしや魔」

「ミカさま、おげんきじゃない…?」


 はっ、イリヤの言葉に顔色を変えたのはミリナだ。


「ミカ様、もしやまだ魔力がお戻りでないのですか? 申し訳ありません! 配慮が足らず」

「いいえ! 大丈夫ですミリナ様! というかむしろ、魔力過多のような気がして…」

「魔力過多、ですって?」

「やはりそうでしたか、いかがいたしましょう。一番近い浴室にでも」

「うん、行ってこようかな…」


 ぬん。立ちあがろうとした私の目の前に大きなヤカンが現れた。中は満タンらしく、チャプ、と水の揺れる音がする。


「こんなこともあろうかと借りておきました」

「今どこに持ってたんですか?」


 私はそう言いつつ、ザコルが差し出したヤカンに魔法をかける。あっという間に外側に霜が付着した。


「おー、さっすが兄貴、さす兄っすね。俺とペータ少年は牛乳を鍋で用意してます。さすエビ、さすペーって呼んでくれていーすよ」


 でん。私の前に片手鍋が置かれる。私は牛乳に魔法をかけ、沸騰寸前まで温めた。


 ペータがその鍋を引き取って部屋に用意されていたワゴンの方に持っていくと、既にメリーが人数分のマグカップを用意して待っていた。

 ペータが手際よくホットミルクを注ぐかたわら、メリーが甕にティースプーンを入れ、垂れる蜂蜜をくるくると絡めながらマグカップへとトプ、トプ、と落としていく。準備がいい。さすエビにさすペーにさすメリである。


 まるで霧が晴れるかのように、みるみる間に鬱思考から解放されていく。やはり魔力過多で情緒不安定になっていたらしい。


 タイタも私の顔色の回復を見て緊張を和らげた。


「ミカ殿。お優しいあなた様のご懸念はもっともでございました。では御身に触れる際、なるべく魔法を放つ手や武器を持つ手を直接触らない、などの決まりごとを作ってはいかがでしょうか。触れた弾みで、魔法や矢の狙いが逸れることにも配慮いたしましょう。ですからどうか…」


 私は改めて提案してくれたタイタに笑顔で頷いた。


「タイタの言う通りだね、ちゃんと決まりを作ろう。それから、その後に問題が起きた場合の対処法も。ありがとう、みんな」


 配られた蜂蜜牛乳のマグを両手で包み込む。不安から冷えた指先には少し熱い。


「ミカの、ある意味稀有とも言えるその集中力は、使いこなせるようにした方が利点が多いと僕は思います。意図的にそういった状態を作り上げたり、また解除もできるように検証と鍛錬も行っていきませんか」


 そう提案したのはザコルだ。


「意図的に過集中を起こしたり解除したり、ですか。確かにできたらすごいですね」

「僕も、本番の戦闘の際には感情を無にするなどの切り替えをしますので。似たようなものでは」

「感情を無に」


 何だそれ、プロフェッショナルのにおいがする。


「感情を無に…!」


 そわ。深緑の猟犬ファン筆頭であるタイタも詳しく訊きたそうにしていた。




つづく

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