下僕筆頭として当然の行い
「わあ、元々異次元だった雪合戦がもっと異次元になった」
サカシータ一族の大人が四人に子供が一人、チートギャルが一人に、不可解に強い武器職人が一人、後は本職の精鋭騎士ばかり。雪玉がビームのように飛び交う様は、宇宙戦争もかくやという大迫力である。
「ピッタ参加してきてよ私の代わりに!!」
「蜂の巣になれとおっしゃるんですか!?」
モナ領から来た工作員は参加してくれなかった。
「あっ、エビーに集中砲火!! 当た…らない! すご、今のが一つも当たらないなんて!」
「そりゃ、毎日猟犬様に何か投げつけられてたら避けるのもお上手になりますよ」
苦笑された。今朝その彼をペシコンと叩いていた人の言葉ではない。
「ミカ様は何を見てもお楽しそうですねえ」
そう声をかけてきたのは三男サンドの妻、マヨだった。
「マヨ様こそ。マヨ様はあれに参加なさらないんですか。戦闘員でいらっしゃいますよね?」
「あら、どうしてそう思われるんですか」
「あれ、違うんですか? サカシータの邸付きで戦闘員じゃない人を見たことがないので、てっきり」
マヨは元々、イーリアかザラミーアの側近でもしていたのだろうと勝手に考えていた。なので、それ相応に鍛えているのが当然のように思っていたのだ。
「いいえ、当たりです。イーリア様の隊に所属していたこともあります」
「やっぱり!」
そういえば、イーリアがマヨのことを『正義感の強い女』と評していたことがある。
元部下だからその気性をよく知っていたのか。正義感に燃えて突っ走っているような姿は今のところ見ていないが。
「それでは問題です。私はどのような役を仰せつかっていたでしょうか!」
急にクイズが始まった。
「…うーん、マージお姉様は斥候と暗号開発でしたよねえ」
「!? それをご存知の時点ですごいわ! ……よほどマージ姉様に気に入られてるのね」
マヨはなぜかゴクリと喉を鳴らした。
そんなマヨを、少々不躾かと思いつつも足先から頭のてっぺんまで眺める。
体格は一般的な女性から逸脱しているわけではない。身体強化などのチート魔法でも持っていない限り、大きな獲物を振り回すようなパワー系戦士ではないだろう。
であれば、マージと同じ斥候か影だろうか。しかし、マヨの髪色はクリーム色とも呼べそうなほどの明るいプラチナブロンド。斥候や影をするには少々『派手』な気がする。
「あのう、お触りって厳禁ですか?」
「お触り」
マヨは吹き出しつつ、快くOKしてくれた。
「では失礼します」
気になっていた上腕のあたりをさわさわしてみる。マヨはイヒヒヒとくすぐったそうに笑う。
「分かった弓兵!!」
「あったりい!!」
イエーイ、マヨが手を上げたのでハイタッチを決めた。楽しいお姉さんである。
「そんなわけで、私には前線から一歩引く癖があります」
「なるほど、これが弓兵の間合いというわけですね」
戦闘に巻き込まれず、矢が威力を失わずに到達する絶妙な距離。
「勉強になるなあ…」
「ミカ様も弓をお使いになるんですか?」
「始めたばかりのド素人ですよ。まだ動かない的にしか打ったことがないですし」
狩りで野獣相手に試すのが楽しみだ。
「では、今度ご一緒にいかがでしょう。動く的も用意させますよ」
「いいんですか!?」
食いついた私に、マヨはニヤリと口角を上げる。
「もちろんです。ふふっ、奥様のおっしゃる通りでした!」
「ザラミーア様は何とおっしゃっていたんですか?」
「ミカ様を釣るなら、鍛錬か書物って」
「わあ、掌握されてるう」
目論見通り釣られてしまったようだが、素敵なお姉さんに弓の手ほどきをしていただけるのだ。彼女にどんな目的があろうとも無問題である。
ぎゅむ。突然背後から身柄を確保された。
「マヨ義姉上。僕のミカを釣ってどうするおつもりですか」
「わ、本当に来た!」
マヨが目を丸くする。私を釣るともれなくザコルも釣れると聞いていたんだろうか。
「耳の良さは相変わらずですねえザコル様。まさかこの距離で聴かれているなんて」
「困りますね、ミカのシショー僕なんです。何か教えるのなら僕を通してもらいませんと」
「シショーって何ですか?」
「教官、という意味らしいです」
「あーにきー、急に抜けんなよ、俺がまた集中砲火されるっしょ」
ザコルと同じチームだったエビーもやれやれと試合を抜けてきた。
「マヨ義姉上がミカに弓を教えようというので、牽制に来たのです」
牽制って自分で言うんだ…。
「はあ? 別にいいじゃねーすか、きっとお上手なんすよね」
「義姉上は女帝の手先ですよ」
「手先て」
マヨがイーリアの手先だと何の問題があるんだろう。
「ミカは義に厚い性格だ。そこに付け込んで恩を売り、自陣の味方につけと脅すのです」
「やーだなー、考えすぎですよコリー坊ちゃん」
マヨがおどけてみせる。
「近々、女帝はうちの母から説教をくらう予定ですからね。助け舟でも出させるつもりでは? それとも夫婦喧嘩の仲裁の方でしょうか」
昨日、カズと穴熊が喋っているところにザラミーアが現れ、証拠をつかんだとばかりに回収していった。交信相手はイーリア、そしてカズに機密を漏らしたのはロットである。ロットはもうお仕置き済みだろう。
「ザコル、大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃありません。僕は、これ以上あなたをくだらないことに巻き込みたくないんです」
「はい、ですから大丈夫ですよ。だって私、この領にいる限りはミリナ様の一派なので」
む、とマヨとザコルが私の顔をのぞき込む。
「女王ミリナ様を差し置いて当主陣間の取りなしや仲裁だなんて、そんな出しゃばりはしませんしできません。つまり、私がお家騒動に直接巻き込まれるようなことはありえないのです」
親の喧嘩に直接巻き込まれるのは、実の子息および養子だけの『特権』であるべきだ。そんな権利は要らないかもしれないが。
「なるほど。ミカがミリナ姉上につくなら僕もつきます」
「えっ、ずるい。私もミリナ様の一派に入りたいです!」
「ぜひそうしましょう、全てミリナ様の『良識』にお任せするのです。きっと優しい世界になります」
私は迷える子犬達に、新しく誕生した『長子』の天下に加わるようにと説く。下僕筆頭として当然の行いである。
つづく




