騎士団長というのはまことであった…
エピソード292冒頭、千文字くらい追加しました。
エビーとザコルが不憫な目に遭っています。
気になる方はどうぞお読み直しください。
「そういえば、シータイ町長のマージ様もお二人に育てられたと聞きました」
「はい、マージは私や他の孤児の姉のような存在なんです!」
マヨは屈託ない笑顔でそう言った。慕っているらしい。
「あら、ミカもマージをお姉様だなんて呼んでるわよねえ」
ロットの指摘に私は頷く。
「はい。マージ様が私に娘のように思ってもいいですか、って言ってくださったんですよ。でも、年齢差を考えたら娘では無理があります。なのでお姉様とお呼びさせていただくことにしたんです」
「マージ姉様、ザコル様が素敵な女性を連れてきたのが嬉しかったんでしょうね。…よかったわ、嫁姑戦争とかにならなくて」
「何か言ったかマヨ」
「なんでもないわ!!」
サンドの質問にマヨはブンブンと首を横に振った。
マヨがつぶやいた言葉は私にはバッチリ聴こえていた。彼女は、マージがザコル幼少期の世話係であり、今もザコルの強火ファンというか、一歩間違ったらストーカーばりに過激な『親心』を持っていることを知っているようだ。
「マヨは、正確なことは判らんが、俺と同い年か一つ上くらいでな。この邸での立場はメイド見習いだったが、俺やシュウとは乳兄弟のように育った」
「幼馴染でご結婚なさったんですね、素敵です」
サンドとザッシュは腹違いの年子である。マヨも同じくらいというのなら、今年三十一か三十二歳くらいということになるだろう。
それにしても、サンドとザッシュでこのマヨを取り合ったりしなかったんだろうか。…やめておこう。藪蛇をつつく気がする。当方、当て馬は地雷である。
「サンはお育ちのいいご令嬢とお見合いするのが面倒だっただけよねえ。全部シュウ様に押し付けてしまって」
「俺はイアンのばかの補佐だぞ。しかも三男、当主候補でもない。見合いなんぞするだけ相手方に失礼だ」
「こらこら、その言い様はマヨにも失礼だぞサンド。領民の中ですらこの一族に嫁ごうという人間は希少なのだ、もっと大事にしろ」
「相変わらず、長男より長男みたいなことを言うなあ、ジロ兄は」
「長男が長男として機能していないのだから仕方ないだろうが」
そんなジーロもサンドの横で体操を始めていた。二人なら、あっちでザコルの鬼畜人外ブートキャンプに参加してきた方が有意義だと思うのに。
「ジーロ様、マヨはちゃんと大事にされてますよ。私、礼儀作法も身につかなったおバカですけれど、そういう、細かいこと考えてなさそうなとこを気に入ってくれたんですって。ついこないだも、一生二人で面白おかしく生きような、って言ってくれました」
「変なことをバラすなよ、俺は面白おじさんでいたいんだ!」
「じゃあ私は面白おばさんでいいわ! ふふっ」
この夫婦には子供がない。作らなかったのか出来なかったのか、はたまたまだ出来ていないのかは判らないが、訊くつもりはない。
「そうかそうか、仲良くしているのならそれでいいのだ」
「何よう、サン兄もマヨ姉も幸せそうじゃない! いいわねえ!」
独身二人は、夫婦の掛け合いに妬むでも羨むでもなくほっこりしている。多分、ジーロやロットにとってもこのマヨは家族同然の存在なのだろう。
「だーんちょ、ウチらも仲良くしましょーよー」
ぎゅむう。
「ぴゃっ」
「ぴゃって何。ウケる」
「ひっ人前で何すんのよっ、胸押し付けてくんのやめ…っ」
「別にいーじゃないですかぁー減るもんじゃなしぃー」
ロットは半ば本気で腕を振りほどこうとしているようだが、カズは身体強化を使っているらしくびくともしない。しかし、体の軽さだけはいかんともし難いようで、彼女の身体は腕の動きとともに振り回されていた。
「…すごいな、ロットの力で吹っ飛ばせないとは」
「ああ、さっきビットが言っていた『精鋭騎士百人でかかっても勝てない』というのは本当らしい」
ジーロとサンドが感心している。
「あは、ウチ、チートなんでぇ。ねー、だんちょ、イチャコラが嫌なら手合わせましょーよ手合わせ」
「分かったから離しなさいってば!!」
ぱ、とカズは手を離す。途端、彼女の身体は上空へ吹っ飛ばされたが、くるりと宙返りして着地した。
「もー、あんまり揶揄わないでちょうだい。手加減できないわ」
「手加減とかいらねーし。ここでやると先輩と女子巻き込むからあっち行こー」
「はいはい、今日は何で手合わせすんのよ、素手?」
「ウチ短剣使ってもいーですかぁ」
「いいわよ、あたしも剣使うわね」
ギャルとオネエは仲良くひらけた場所へと歩いて行った。
「やっば、チートギャルとマッチョオネエの手合わせやっば」
「ミカ様、語彙がなくなってますね」
「だってピッタ、ほら……」
スピードが速すぎて目で追いきれない。かなり離れているはずなのにここまで風圧がくるし、踏み込みなどでえぐれて飛び散った雪の欠片もビシバシと顔に当たる。いつぞやの怪獣大戦争を思い出す情景だ。
剣戟の音が『キンキン』じゃない。剣がぶつかって音が響く前にまたぶつかるせいなのか、『ギリリリリリ』と金属が擦れ合い続ける音にしか聴こえない。ずっと聴いていたら耳が麻痺してしまいそうだ。
「やっば」
結局『やばい』しか出てこなかった。
実は、ロットの鍛錬姿をじっくりと見たことがなかった。見たのは同志達に稽古をつけているところくらいだ。カズの本気の手合わせもである。
「なんなのあの子、本当に私の後輩? 隣のデスクで寝そうになりながらパソコンにかじりついてた子と同一人物? スキル差エグすぎじゃない?」
「カズ様も『ステ差エグすぎじゃね』っておっしゃってましたよ。『先輩に本気出されたら負ける』って」
「ステ差? ああ、ステータス差ってことか。いや、私は手数が多いだけだよ、あんな戦闘力に極振りの子に勝てっこない。魔法でも飛び道具でも、何か繰り出そうとか思った瞬間に首刎ねられちゃう」
恐ろしや。ギャルが敵として現れたら逃走一択だ。それから、
「騎士団長というのはまことであった…」
「まだ疑ってたんですね」
疑ってはいなかったのだが、やっと実感できたというか。あのメンタル豆腐オネエが勇ましく戦っている姿が思い浮かばなかったというか。
彼らの手合わせには、続々とギャラリーが集まってきた。もちろん、人の手合わせ見るの大好きなウチの彼ピもである。
キュールルー……。遠くで鳥の鳴き声がする。そろそろ陽が差す頃だ。
つづく




