泣くと思ったから黙っていたんだ
散々っぱら恨み言を言われ、私自身も心に刻もうと真摯に聴き続けた後。
ペータとメリーに関しては部屋…ここは私の寝室である、を退出させ、アメリア達の現況を聞かせてもらうことにした。
ちなみに今回、ペータとメリーに穴熊の秘密を共有していいかとオーレンと穴熊達に許可を願い出た。穴熊は私の言うことならとその場で了承、オーレンからも数分で許可の返事が来た。
アメリア達は今、ジーク領の街道沿いにある大きな商業都市にいるそうだ。その街の公営貴族宿で歓待を受けているという。
せっかくなので、街の様子を訊いてみた。
有事で物流は少なくなっているようだが、ジーク領内で完結する産業に関しては通常通り営まれており、思ったほど街の活気は失われていないという。王都からの難民も、素行の悪い者は取り締られたり追放されたりはしたようだが、そうでない者達はジークの民達からも概ね好意的に迎えられているのだとか。
(オンジ様ったら、準備がいいんですのよ)
オンジとはジーク伯爵の名だ。つまりジーク領の領主様である。ザコルと私が深緑湖のホテルラウンジで鉢合わせした相手でもあり、アマギ山のトンネル建設の話を出したのも彼だ。ザッシュとはもうトンネルの話をしたんだろうか。
(春夏の間に、領内の治安維持と経済活性を目的として空き家や廃屋を伯爵家が買い上げ、使えそうなものに関しては手入れをして、年明けから新しい入居者を募るところだったそうですの。王都を逃れてきた者達は速やかに配置された官民たちによって面接、選別され、合格した者達は続々と住居と職を斡旋されています。…まあ、カンとビーンは元官職にも関わらずその面接ではじかれたらしいのですが)
ほう、というアメリアのお上品な溜め息まで再現しくれる穴熊一号、もといサカシータ第七歩兵隊隊長である。ノリノリだな。
「カンとビーンって、元王都警邏隊のお兄さん達ですよね。どことなく怪しい集団を保護してくれって連れ歩いてたせいであちこちで冷遇されてたっていう…。 アメリアとサモンくんが無事で良かったですよ、本当に」
(ザッシュ様が颯爽と現れて守ってくださったのよ、ああ、何度思い出してもドキドキいたしますわ!)
「ふふ、良かったですねえ、アメリア」
こののろけ話は既に何度も聴かされている。民に扮した曲者に襲われたことがトラウマになっていないのなら何よりだ。
「サモンくん…サーマル第二王子殿下はお元気ですか」
(ええ。元気が過ぎますわ。あの方、緊張感というものが一欠片もないのです。昨日などうちの騎士達を連れ出して街の朝市をめぐってきて、あの串が美味しかっただの、美しい町娘がいて見ぬは損だのとわたくしに自慢してきますのよ! 街中で刺客に襲われたとしてもわたくしは知りません!)
プンスコしている。かわいい。演者は穴熊だが。
「まあまあ、彼、元々所作は綺麗でも気品の欠片もない子ですし、あのワンパクぶりじゃあ誰も王子だなんて気付きませんよ」
(まあ、お姉様までカッツォ達のようなことをおっしゃって!)
カッツォ達、つまりアメリアと幼馴染でもあるテイラー騎士達がサーマルを甘やかしているようだ。手のかかる弟か後輩ができたような気でいるんだろう。
私についてくれている騎士兼従者エビーもその幼馴染の一人である。エビーもサーマルとは一緒に料理をするくらいには打ち解けていた。国中をアンチだらけにしていた王子にも同世代の友達がたくさんできたようで何よりだ。
(気の毒なのはグレイ兄弟よ、今にも胃に穴を開けそうなのですもの。第二王子の正式な従者だというのに、外出には目立つからと置いて行かれているし)
「それは賢明かもですねえ…。彼ら護衛の足しどころかお荷物でしかないですし。アメリアも今のうちに楽しんだらいいでしょう、別に出かけなくともホテルでお茶やらディナーやらしてはどうですか、二人きりで」
(わっ、わたくし達は忙しいのです! 女性ですからあの王子と違って支度にも時間がかかりますし、有力者との面会だって連日入っています。ザッシュ様にも護衛として同席していただいておりますのよ。昨日はついに王宮が陥落したとの情報を得ましたし、全く予断を許さない状況なのです。考えることもたくさんあるのです。あの王子と違って!)
「じゃあ、なおのこと癒しは必要ですね。ハコネ兄さん、侍女ちゃん達にいいように言っといてくださいよ」
(はは、心得た)
(おいミカ殿、あまり無茶を申し付けてくれるなよ)
ザッシュが割り込んできた。
「別に騎士団長っていうか護衛番長が心得たって言ってるんだからいいじゃないですか。自由がきくのも今のうちですよ」
(どうせ王都の治安など壊滅している、今しばらくはいい生活などできまいさ)
いい生活というのは、アメリアやサーマルが王族として過不足なく暮らせる環境のことを指している。たくさんの従者や護衛、貴族や官僚など、多くの目に晒されながら体面を保ち続ける生活のことだ。一度自由を味わってしまった彼らにとっては、きっと窮屈な日々となるだろう。
いずれ彼らにも、テイラーやサカシータで過ごした日々に想いを馳せ、あの頃は大変だったが自由と活気があったと、しみじみと語らう日がやって来るのだろうか。
「ふべ、泣けてきた。ザコル、手を貸してください」
「手を? なぜ、ハンカチでは」
「あなたの手がいいんです。私の手を掴んで止めてくれた手が」
ぎく、とザコルは身体をわずかに強張らせたものの、ジッと見つめ続けていたら、観念したようにマントの中に隠していた手を差し出してきた。
「あー!! やっぱり!!」
私はその手を見て思わず叫んだ。
なんだなんだ、とエビーやタイタが覗きにきた。
「げっ、何だこれ、まさか凍傷!?」
「手の平が腫れ上がって黒く変色しかけているではありませんか!!」
「別に何でもありません」
「何でもないワケねーだろがこの馬鹿兄貴!!」
「言って下されば手当てくらいいたしましたのに!!」
「何でもないと言っている」
すん、と私が洟を吸った音に三人がピタ、とセリフを飲み込む。
「…なんか、左手だけ皆から見えないように隠してる気がするなーと思ってたんですよねえ、魔法放ってるところに手を割り込ませたんでしょう、私、無意識だったから…っ、っぅ」
「っ泣くな!! 泣くと思ったから黙っていたんだ!! 魔力が減るだろうが泣きやめ!!」
「うぇっ、ご、ごめんね、ごめんなさい、ザコルの手、凍らせちゃった…っ、うぇっ、うえぇぇー…」
ぱし、ザコルは両手で私の頬を挟んだ。あふれた涙がその手の平に伝って染みていく。
「これで治る、治るから泣き止んでくれ、お願いだ…!!」
「痛かった、でしょう? き、気づくのもっ、遅くなってごめん、なさい…っ、ふぅっ、あ、かはっ」
「また過呼吸になっているぞ息を止めろゆっくり吐けまた口を塞ぐぞいいから泣きやめくそっ」
「姐さん俺が踊りましょっか!? ほらほらほら」
「ああ! 我らが最強の英雄殿にとってはこの程度の凍傷、アカギレと同じようなものでしょう! きっとそうに違いありません! お気になさる必要はないかと!!」
「そう、そうだタイタの言う通りだ! 僕にとってはこの程度の怪我大したことないんです! だから泣き止んで、本当に、何でもしますから!!」
ボロボロボロ、いくら脅されてもおどけられても慰められても懇願されても涙が止まらない。
「えーっとぉ、お取り込み中になっちゃったんでぇ、ウチが替わりまーす」
ギャルが挙手した。穴熊はそそくさとカズの方に移動した。
「サゴたそも喋るー?」
「しゃべるしゃべるぅー」
きゅぴきゅぴ、忍者も変な踊りをしながら移動した。こっちをチラチラ見ているので一応笑わそうとしているのかもしれない。
つづく




