おかえり、って言ってほしいらしいです
「母さま!」
「イリヤ!」
イリヤが駆けてきて、ミリナが乗っている壇の上に飛び乗る。
「僕もいっしょにまもります! 僕もみんながだいすきだもの!」
「ありがとう、イリヤ…」
ミリナは自分を見守ってくれた息子を抱き締めた。
ドドドドドドド。
「ミカこのおバカ! 魔獣相手に喧嘩売ってんじゃないわよ!!」
「ハラハラしたではないか異界娘よ! 危ない真似はせんとの約束だろうが!!」
「えっと…」
マッチョオネエと寝癖仙人の二人に迫られて言葉を失う私である。
「ロット兄様もジーロ兄様も僕より先に駆け出さないでくれますか! こっちは我慢していたのに!」
「てかウチの姫に迫んなっつってんだろがこんっの野生児兄弟!!」
「俺達の姫様なんで返してくれますー?」
遅れてやってきたザコルとエビーとサゴシが吠えたてる。
「アンタ達ねえっ、そう言うくらいならちゃんと盾になりなさいよっ」
「なんだと」
「どっちも落ち着いて!! 護衛達にも下がってるよう指示したのは私ですから!」
どうどうどう、始まりそうになる喧嘩をなんとかして収める。
「お怪我はございませんかミカ殿! どうか正直にお答えください!!」
「大丈…」
「こういう時はお召し物を確認するんだメリー!!」
「言われずとも!!」
「名案です! 穴などがないか徹底的に確認いたしましょう!」
タイタとペータとメリーは私の周りをぐるぐる回り始めた。信用がないな…。
「公式聖女様…っ、あなた様を失うようなことがあれば我ら猟犬ファン、いえ全世界の損失でございます!!」
『うわああんミカ様ああ…!!』
「マネジさんと女子達まで…。心配してくれてありがとう、でもまだ危ないから下がってて」
「危ないのはアンタだってのよ!! ほらこっちにいらっしゃいぐぶぉっ」
ドシャアアアッ。
私の腕を引こうとしたロットがカズの飛び蹴りで吹っ飛ばされた。
「下がれはだんちょーだっつうの! ウチの先輩に触んなし」
「カズも落ち着いぅぐぇっ」
「何度でも言いますが僕のミカです」
私はザコルに抱き締められて潰れたカエルのような声が出た。うぉううぉううぉううぉううぉう、穴熊達がそんな私を助け出そうとザコルに何ごとか言い募る。
「氷姫サマは大人気か。ロットやジロ兄、穴熊にまでたかられているとは」
「あんなにかわいいんだもの仕方ないわ! かわいいは正義よ! しかもあのミリューと喧嘩ができるなんてすごい!」
「そうなのよマヨ、ミカはかわいいし強いし頭もいいし尋問だってできるのよ、素敵でしょう?」
「はは、聖女なのに尋問か。面白いな、ネジが何本も飛んでいそうで実にいい。コマが好みそうだ」
サンド、マヨの夫妻、ザラミーアは輪の外でのほほんと談笑している。
ミリナが立つ壇の下にオーレンが進み出る。ミリナは慌てて壇から降りた。
オーレンは先頭のミリナと、新たに到着した魔獣達の顔を見渡し、ぐ、と何かを飲み込んだ。
「魔獣達、いや、誇り高き戦士達よ。当領への無事の到着、お慶び申し上げる。既に知っている者もいるだろうが、我が名はオーレン・サカシータ。このサカシータ領の現領主だ。僕に、おかえりと、そう言う資格はない。古参の者も含め、貴殿らは友としてではなく彼女に従う士として参じたはずだ。僕は領を預かるものとして、君達と君達の女王に相応しい歓待を約束しよう。どうか、ゆるりと過ごしてほしい」
ずず、ドスドス、魔獣達が動く。何匹かが前に出てくる。
そのメンツを見て、ミリナがオーレンに一礼した。
「お義父様、この子達にお言葉を頂けないでしょうか」
「えっ、で、でも」
「私やサンド様がサカシータ領やお義父様やお義母様方の話をするたび、この子達が懐かしんでいるように見えたのは、私の気のせいではないと思うのです」
「ミリナさん…」
前に出てきたのは、おそらく『古参』と呼ばれた魔獣達だ。彼らは通訳の私に話しかける。
「じゃこるばなじで…」
「離せってほら」
周囲に咎められてザコルが私を締め上げていた腕を緩める。
「…ゲホゲホ、オ、オーレン様。彼ら、おかえり、って言ってほしいらしいです」
「で、でも、でもさ、僕達は君達を国に……」
「でも帰ってきたし、おかえりって言ってほしいんだそうです」
「……ふぇっ、だからっ、そんなこと言う資格なんか僕にはないんだよお…!」
めそめそめそ。
さっきの挨拶で見せた威厳はあっという間にどこかへ行った。
グウゥ、グウグウ。
唸るような鳴き声を出したのは、大きな亀のような魔獣だった。尻尾は妙に長いが。
「泣き虫オーレン。仕様がないやつだ、って言ってます」
「ふえぇぇひどいよ玄武!!」
玄武か、亀様にはぴったりの名だ。
「あの、オーレン様。おかえりって…」
グウグウ。
そいつが変わらず元気ならそれでいい。
「そうですか」
なおも泣くオーレンに、玄武は慈しむように喉を鳴らした。
つづく




