力を貸してくれる?
「もー、ジロ兄とサン兄が揃うとホンットやかましいわねえ」
「お前は単体でも俺達よりやかましいだろうがロット」
「そうだそうだ」
「君達、少しは静かにできないのかい。ザコルとイリヤはいい子にしてるよ?」
「やあだ、あたし達のおしゃべりは父様に似たんだから父様のせいよお」
「そうだそうだ」
しっ。
「お静かに。ミリナさんがお話しになるわ」
じろ。ザラミーアのひと睨みでサカシータ家の男達がピタッと静かになる。母の力とは偉大である。
「えっ、わっ、私が何をお話しになるのですか!?」
一方でミリナは混乱していた。まあ、無理もない。
いつの間に用意されたのか、ちょっとした壇の上に彼女は登らされている。全ての魔獣達を背に、人間達を見下ろすような格好で。
本来ならば領主でこの邸の持ち主でもあるオーレンから話し出すのが筋なのだろうが、ミリナは『女王』に君臨してしまった。彼女がお言葉を述べるまで、下々は話しかけることも許されない。
「ミリナ様と魔獣殿方に敬礼!!」
ビシィ。隊長ビットの号令で、騎士と使用人一同が一斉に胸に手を当て目線を下げる。
サカシータ一族の大人達もそれぞれ貴族らしく優雅に腰を折った。
「ひえええええ…ミッ、ミカ様ぁ…!」
ミリナは怯えたように涙目で壇の脇に控えた私を伺う。確かに壮観ではあるが、先ほどの魔獣軍団の飛来シーンよりは怖くないと思う。
しかし困った時にこちらを頼ってくれるようになったのはここ最近の進歩というか、地道な下僕活動の成果だろう。うまくいっていないと思っていたが、全くの無駄ではなかったようだ。
女王に発言を許された私は口を開く。
「ミリナ様。かねてよりお話ししておりましたが、こちらにいる魔獣達から一手に支持を集めるミリナ様は、そのご意向一つで街や領をどうにかできる真の『最終兵器』であらせられます。サカシータ領の中枢であるこの場に、従える魔獣の全てが降り立った瞬間から、ミリナ様はこの領を制圧したも同然となりました」
「せ、制圧だなんて!」
「ミリナ様、ご存知とは思いますが、この邸は、というかこの城は、サカシータ子爵一家の住居というだけでなく、国防上最も重要な拠点の一つであり、しかも建物自体が歴史的価値の高い遺構でもあり、そして子爵家に伝来する貴重かつ機密性の高い資料を数多く収容・管理する専門施設でもあります。もしも魔獣の彼らが一斉に暴れるようなことがあれば、そんな城が一瞬で灰燼に帰す、それはお分かりですよね」
「灰燼……」
サアア、顔色を悪くするミリナ。今度こそ、それが冗談でないことを理解してくれたようだ。
「脅すようなことを何度も言って申し訳ありません。ただ、魔獣の彼らはミリナ様を至上としております。あなたの利になるかどうかで動くのです。もし万が一、あなたが再び誰かに支配されたり自由を奪われるようなことがあれば、今度こそあなたの命と尊厳を守るために立ち上がることでしょう」
魔獣達が「そうだそうだ」とまた声を強める。私には一応言葉に聴こえるが、ミリナも含め、他の人にはギャースカと威嚇か何かにしか聴こえないに違いない。
「わ、私もう支配なんてされておりません。むしろお世話になってばかりです!」
ミリナがそう言っても大型の魔獣達は戦闘体勢を解かない。今来たばかりの彼らの視点に立ってみれば、サカシータ家の人間は等しくモラハラ夫イアンの親族なのだ。彼らの目の前でミリナを救い出したサンドやマヨはともかく、他の一族の者までもがミリナの敵でないとどうして判断できるだろう。
「みんな、ミリナ様が安全に、心から楽しく、幸せに過ごすための場所を作りたいんです。そのために、大切なあなたを誰かの言いなりにさせる可能性は限りなく排除しておきたい。まずは、誰の意見でもなくあなたの意見を、誰に忖度することないあなたの希望を聞いておきたいのです」
「意見……希望…………? 私の?」
ミリナの顔が絶望に染まる。
自分の意見や希望など持ったことがない、というのが彼女の持論だ。実際、自分が本当にしたかったことに目をつむり、親の言う通りに嫁ぎ、育児と魔獣の世話に心と時間を割いてきたのは事実だろう。だが、子と魔獣達を守りたい気持ちはもちろん、虐待から逃げなかったこと、夫の極刑を望まないことには、必ず彼女の本心が絡んでいる。
彼女に台本を渡し、それを彼女の意見として言ってもらうことも考えた。だが、魔獣が嘘を嫌うことを察してからはその選択肢も消えた。他人が考えた台本など読ませたら、何が起きるか判ったものではない。
「どうして、どうしてこんなことに」
ミイ…キュウ…くうん…キキィ……
頭を抱えるミリナに、気遣うようなか細い鳴き声が寄り添う。俯いていたミリナがハッと顔を上げる。
ミイを始めとした小中型の魔獣達は、ミリナがサカシータ領に入ってから今まで、衰弱した彼女の側にずっと侍ってきた。彼らも魔獣だが、ミリナが他の人間、とりわけ嫁ぎ先の家族を大事にし、気を配る様子をその目で見ていた。ミリナは弱っていてさえ、人に多くを求めることをせず、むしろ体を張って人に施すことを考える人だ。例え、自身を虐げた張本人であるイアンが相手であったとしても…。
そんな大事な家族を力で支配しろと、そう彼女に迫る残酷さを少しは理解しているのかもしれない。
ミリナは、ぐっと唇を引き結んだ。
「……どうして、なんて。分かりきったことだったわね」
「ミリナ様?」
「そうよ、私のせい。そう、これは全部、私のせいよ…!」
キュル、キュキュ、キュー?
なんで、ミリナ、責める?
ミリューが私に訊きに来た。ミリューはミリューで良かれと思って行動しているのだが、それがどうやらミリナにちっとも響いてないことが気になりだしたようだ。
「私が何もかも言いなりでいたから…っ、意固地になって逃げなかったから…っ、そのせいで、守りたい子達にまで苦労をさせてしまったから……っ」
ミリナの取り乱し様に不安になってきたのか、他の魔獣達も分かりやすくソワソワしだした。
「ミカ様とザコル様のおっしゃる通りだった! 意見らしい意見なんて持ったことがないだなんて、ただ流されていたことへの言い訳よ。魔獣達もイリヤも、サンド様もマヨ様も、コマちゃんだって、私の意志をいつだって大事にしてくれたのに。私がしっかりしていたなら、強く言える人間であったなら、この子達を心配させることもなかったのに。こんな、周りを恐喝するような真似だって、させずに済んだはずなのに…!!」
キューン。
がーん。
「えっ、ミリュー、ショック受けてるの? 恐喝って言葉に? 今更?」
キュルルウ!!
「ちょっ、私に怒らないでよ。水鉄砲攻撃やめて! 穴開いちゃうから!」
多少は手加減しているようだが、ビームさながらの水鉄砲がチュンチュン飛んでくる。私は避けるので精一杯になった。
「ミカ!」「姉貴!」「ミカ殿!」「姫様!」『ひめ』『ミカ様!!』
「大丈…」
「先輩ぃ!」「ミカぁ!」「公式聖女様!」「ホッタ殿!」「ミカさま!」『ミカ様!!』
「大丈夫! 来なくていい! ただのじゃれ合いだから!」
私は駆けつけようとする人々を制止した。なんかいっぱいいたな…。
「おやめなさいミリュー。戦や非常時、鍛錬以外での水の攻撃は禁止したはずよ」
ピタ。水鉄砲は止んだ。
そういえば、ミリナにはザコル対コマ&ミリューによる怪獣大戦争の話はしていなかったかもしれない。黙っておいてあげよう。それ以外は正当防衛だから問題ない。
「すみません、ありがとうございますミリナ様」
「いいえ、こちらこそ申し訳ありません。取り乱しました」
ふう、とミリナが深呼吸する。白い息が筋となって立ち上っていく。
「ミリナ様、私の言い方が回りくどかったと思います。この子達、あまり難しいことは考えてないんです。ただこれからは国のためではなく、お世話になったミリナ様のために闘いたいだけなんですよ。彼らの力を使ってあげてください。今はどう使いたいかを宣言してくださればいいんです」
「どう使いたいか…。でも、この子達の力は、決して私のものでは」
「ミリナ様のものなんです。そうありたいと、この子達が願っています」
ミイ!
ミリナは私の肩に乗った小さな子に目を走らせる。そして、自分の息子をキョロキョロと探した。彼女の息子イリヤは、頼もしい祖父母や叔父達に囲まれ、ニコニコと母親を見つめていた。
「……私、ここが好きよ。嫁いでから初めて来たし、まだ二十日ほどしかいないけれど、とってもよくしていただいたわ。イリヤにも大事な人がたくさんできた。私、それを壊したくない」
ミリナは振り返る。今度は人間達を背にして。
「恐喝だなんて言って、ごめんなさい。でも、お義父様もお義母様達も他のご兄弟方も夫とは違うわ。この土地を何十年と闘って守り抜いてきた、唯一無二の番犬ご一家。私、その家の娘にと望んでいただいたことが嬉しくて嬉しくて、きっと相応しい娘になってみせるって決めたのよ。イリヤのためもあるけれど、私がそうありたいの!」
チャキ、ミリナは腰に佩いた細剣を鞘ごと外し、魔獣達に掲げてみせた。揺れていた瞳にキッと力を宿す。
「私はこの里を守る。今度こそ、大事な家族をこの手で守りたい。力を貸してくれる?」
勇ましい魔獣達の咆哮が山々にこだました。
つづく




