本日から女王であらせられますので
メイド長、と呼ばれたベテラン執務メイドがあれこれ指示すると、他のメイド達も心得たように散っていく。若い執務メイドの数人だけはミリナと私達の周りに残った。御用聞と護衛補助を兼ねているのだろう。
「ミリナ様、あちらの騎士達の前にご移動を」
「え、ええ。あの、コード・エムって何かしら…」
「作戦名です」
「作戦名?」
「さあさあ、ミリナ様、行きますよお。ミイちゃんも早く行けって言ってますんで」
ミイミイミイ!
ママが一番偉く見えるとこに行く! 早く!
「あら。エビーさんも魔獣の言葉が解るようになったのかしら?」
「いーえ。でもなんかノリで通じますよね」
「ノリ?」
ミイミーイ!
ノリでつーじる!
「ふふっ、本当だわ、ミイもそうだそうだって言ってるみたい。仲良しになったのねえ」
ミリナが表情を弛緩させる。
「ミリナ様。汗をかかれたでしょう、お身体を冷やします。こちらをお羽織りください」
どこから出したのか、タイタがバサッと深紅のマントをミリナの肩にかける。
「まあ、ありがとう……あら、まるで王様のようなマントね、ちょっと派手じゃないかしら…」
「ミリナ様は本日から女王であらせられますので」
「私が女王ですって? ふふふっ、タイタさんもご冗談をおっしゃるのねえ」
「はは、冗談などではございませんとも」
うふふ、ははは。
さっき一瞬高まった緊張感は一瞬でリセットされた。
ちょいちょい、私の袖を引っ張るのはザコルだ。
「…ミカ、やはり事前説明くらいはした方がいいのでは」
コソコソ。
「言って信じてくれると思います? 私、初対面からこれまでに結構はっきり言っているつもりなんですけど、全て一笑に付されてるんですよねえ。ザコルの言うことの方が多分聞いてくれますから、説明してくださいよ」
「僕がですか。仕方ないですね…」
コホン、ザコルは軽く咳払いをし、ミリナの隣に並んだ。
「ミリナ姉上。今からミリュー達が他の魔獣も連れて戻ってくるのですが」
「そうですねザコル様、待ち遠しいわ」
るんるん。
「それで、彼らはあなたを一番に考えています」
「はい、私が主に世話をしていましたからね、よく懐いてくれました。でも、ここにくれば他にも人間のお友達がたくさんできるはず。そう思うと寂しい気もしますわねえ。いよいよ子離れの時期が」
ふるふる。ザコルは首を横に振る。
「いえ、彼らは主と認めた人間を簡単に変えたりはしません。ミリューがここにあなたを置いて行ったのも、ここにいる者があなたに服従の意思を見せたからです。主に、権力を持っていそうなミカと義母上が頭を下げたのが決め手で」
「服従だなんて。私が責任を取って去るだなんて意固地なことを言ったから、ミカ様とイーリア様のお二人が一芝居打ってくださっただけでしょう? ミリューだって解っているはずです。それに、古参の子達の故郷はここよ。あの子達も、元の主であるお義父様のもとに帰ってくる日を心待ちにしているはず。世話係として、今日まであの子達のお世話ができたことを誇りに思います。どうか無事に辿り着いてくれますように…」
うるうる。ミリナは涙ぐみながら両手を合わせ、空に祈りを捧げた。
「ですから姉上、彼らにとって今はあなたが無二の主なのです。あなたが他の人間の下につくことは、相当な理由がないと納得してくれません。最低でも、将来この里の王の地位があなたに譲られる予定、くらいの誠意をみせる必要が」
「まあ、この里の王ですって。ただの世話係、しかも外から嫁いできたような人間にそんな地位が務まるとお思いなの? ザコル様もミカ様も、私がこの家の長子に代わるのだと何度も揶揄われるけれど、いい加減に冗談が過ぎますよ。私、親切にしてくださるお義父様やお義母様達に図々しい娘だとは思われたくないの。次におっしゃったら怒りますからね、私」
ぷんぷん。
「別に冗談を言っているわけでは」
「話を聴いていらしたかしら?」
「はい、ええと、すみません」
「よろしい。…今のは偉そうでしたね、ふふっ。私まで冗談を言う癖がついてしまったわ。許してくださいませね」
すごすご。ザコルが私の隣に帰ってきた。
「お帰りなさい」
「失敗しました」
ぷぷぷぷ。変な音がするので後ろを見たら、サゴシと穴熊達が揃って口元を押さえていた。ザコルが雪玉を投げる。
ミイミイ。
ミイも失敗した。
「だから早く話した方がいいって言ったでしょう、私が強要するんじゃダメなんだから」
ミイミイ…。
だってママ、他の人間、下僕って言っただけで怒る。
「訳す時にぼかして伝えなかった私も悪いけど、君達嘘伝えると怒るからね…」
例えば『ママの下僕増えた!』を『ママのお友達増えた!』に言い換えると微妙に嘘をつくことになる。
ザコルは魔獣は嘘をつかないと言っていたが、正しくは、嘘を嫌う傾向がある、というのは付き合ううちに判ったことだ。
彼らは人間よりも物事をシンプルに考える。召喚時に拳で語り合う、というのも、初対面では実力を見せるのが一番手っ取り早い『真実』だったからではないだろうか。
しかし、ミリナのようにひたすらに寄り添い、愛情を注ぐことも揺るぎない『真実』だ。だからこそ誰もミリナの上をいくことができない。自己を犠牲にして注ぎ上げた時間以上に、愛を物語る『真実』などないからだ。
「ミリューにはミイが説明してよね」
ミイミイミイ!!
ミカお願いミリューに話して!!
「ミリューこそ私の話なんて聞かないよ、価値観が違い過ぎるし、嘘なんかついたら殺されちゃう。ほら、今からでも遅くないよ、ミリナ様にちゃんと言おう……あっ」
「来ましたね」
シュバ、ミイはエビーの肩に乗って隠れるように身を寄せた。
「どうしたミイちゃん」
ミイ…!
随分と怖がっているな…。
ミリューは仲間思いらしいのでミイが殺されるとは考えられない、というか考えたくないが、この怯えよう、ひどいお仕置きでもされるんだろうか。
仕方ない、言い訳に付き合うくらいはしてあげよう。
つづく




