コード・エム、発動だ
ドドドドド、何人もの男達が走ってくる。訓練場にいた人々が一斉に注目する。
「ひめ」
「ひめ」
「穴熊さん達だ。今日鍛錬にいませんでしたね、どうしたんですか」
うぉううぉううぉう。わたわたわたわた。
彼らにしては珍しく焦っているようで、数人が一度に喋り出す。
「落ち着いてください。一人喋ってくれれば充分……えっ、来る?」
私は思わず上空を見上げたが、雲一つ、鳥一匹見当たらなかった。
「空?」
「空に何か?」
人々もつられて上を見上げる。
穴熊は慌てて言葉を付け足した。
「…さっき飛んだところ? 分かりました。あの、ザコル」
ザコルは呼びかけただけで頷いてくれた。
「姉上、マネジ、一旦中止してください。ロット兄様、父上と母上を探してきてくれませんか」
「父様達を? よく分かんないけど、非常事態ってわけね。分かったわ!」
ロットはそれ以上詮索することなく、屋敷の方に向かって走り出した。
「意外。なんであたしが、とか言って食い下がると思ったのに」
ザラミーアから話を聞いているんだろうか。説教のついでに。
「姐さん、何事すか」
「飛んだところ、とはもしや」
「うん、来るよ。さっきジーク領の街に寄ったみたい」
エビーとタイタが表情を引き締める。
時刻は朝七時半くらいか。ツルギ山がそびえ立っているせいでまだ陽は顔を出していないが、空は大分明るくなってきている。もう一時間ほど少し早くにやってきてくれたなら目撃者も少なくて済んだのだが。
「ミリナ様」
「ええ、あの子達、ここを目指しているようですね」
「判るんですか」
「はい。なぜかは分からないのですが、世話をした子達の気配のようなものは判るのです」
「うーん…………私がなぜかザコルの気配が判るみたいなものですかねえ…」
共通項は、魔力を継続的に分け与えた相手、か?
まあ、そうとも限らない上に、ミリナの感知範囲はもっと広そうだが。
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ。何か準備しておいた方がいいでしょうか。場所はこの訓練場が一番広いかと思いますが」
「準備ですか? そうですね、特に何も……あっ、強いて言えば人払いでしょうか。でも、こちらにいる方々なら大丈、夫、かしら…?」
自信なさげなミリナに、私は大きく頷いてみせる。
「はい。人間の方は大丈夫だと思います。念の為、あちらのビット隊長には事情を伝えていただけませんか。私が穴熊さんに聞いたということは伏せて」
「穴熊さんに聞いたことを内緒に…? はい、承知しました。あの、ミカ様。ついてきていただくことは」
「もちろん、お供します」
穴熊の特殊能力について、ミリナはまだ知らないのかもしれない。しかし当主候補に入れられているのならいずれ知ることになるだろう。秘密があると勘付かれるくらいは問題ない。
「カズ。イリヤくんと一緒にいてあげてくれない?」
「はぁーい。イリヤぁ、合気道やる?」
「やります! ちゃんとれんしゅうしてました!」
「偉すぎじゃね。ほんとに七歳なん? じゃーあの辺でやろ。マネマネとピッタ達もやるよねぇー?」
『やります!』
カズも特にこちらを詮索することなく、イリヤとマネジと同志村女子を集めて訓練場の隅の方に移動してくれた。本当は退避させた方がいいのかもしれないが、そのあたりも含めてこの場の責任者に判断を任せた方がいいだろう。
ていうか合気道、大人気だな。イリヤだけでなく、マネジも女子達も大喜びでついていった。私も参加したかったな…。
この場の責任者、もとい子爵邸警護部隊隊長ビットは、こっちが向かうまでもなく走ってやってきた。私達もよく話す、カリューの町長子息オオノも一緒だ。
オオノは若いが隊長の補佐役をしているようで、この二人はよく一緒にいる。ちなみに副隊長はまた別にいて、邸というよりはその外周や領都の警備を担っているそうだ。以前街に出た際に会釈程度の挨拶をしてくれたので、顔は知っている。
「何かあったんですか、聖女様、ミリナ様」
「はい。ミリナ様、ご説明お願いします」
私は緊張しているミリナの背を押す。
「あ、あの、魔獣達がっ、そのっ」
「魔獣? そちらのですか」
ビットはミリナの周りに集まった小中型の魔獣達を見遣る。
「い、いいえ、この子達ではなく、飛べる子と、大型の子達がこっちに向かっているんです。私には判るのです。……あっ、証明などはできないのですがっ」
「証明なんざ要りませんよ、ミリナ様がそうおっしゃるってんならそうなんでしょう」
ビットは大らかにそう言い、ニッと口の端を吊り上げた。どうやら戦闘態勢に入ったようだ。
「オオノ、それからメイド長」
ザッ。オオノと、ベテラン執務メイドの一人がビットの前に足を揃える。
「コード・エム、発動だ」
『はっ』
シュバッ、彼らは散った。
つづく




