うっかり殺っちゃうとこだったじゃないですか
ミリナの息が切れてきた。ミリナとマネジはスッと間合いを取る。
「では、僕から打ち込んでいきます。守りの動きを確認してまいりましょう」
「はい! よろしくお願いいたします!」
攻守交代。
マネジがスピードを抑えた動きで刃を繰り出す。ミリナはそれを自分の剣の身で受けたり、受け流したりする。時には柄というかナックルガードも上手く使う。彼女が攻撃役で打ち込んでいる時にも思ったことだが、防御の方も手数が多い。マネジが繰り出す多彩な技の一つ一つを、最適な一手で迎え撃っている。
「素晴らしい身のこなしでいらっしゃいますね。上級者とお見受けいたしますのに、慢心が一つも見られません」
「ブランクが長いのです。こうなっては初心者も同然、一から学び直しですわ。それにしても驚きました。同志の方にレイピアの達人がいらしただなんて!」
「そのようなご評価をいただけるとは、光栄の至りでございます。実はレイピアは得意な武器の一つでして。振るうというよりは、造る方なのですが」
「まあ。マネジ様のお造りになったレイピア、是非とも拝見したく思います。きっと美しいお品なのでしょうね」
何かお上品な会話しながら打ち合ってる…。しかし話していても技に乱れはない。
一つ一つの動きを丁寧に、基礎を一からさらい、固めていくように。力を見せつけ合うためでなく、ただ技を磨き上げるだけのために打ち合う。控えめだが実直な二人らしい手合わせ風景だ。
ザコルはどこだろう、と辺りを見回すと、隅の方でものすっごいニコニコして二人を見つめていた。期待通りかそれ以上のものが見られたようで何よりだ。近くにいる子爵邸警護隊隊長ビットはザコルの笑顔に引いているが。
ふと、私は背後に様子のおかしい気配を感じた。まだ遠いが、徐々に近づいてくるのを素知らぬふりで待つ。あと三歩で間合いに入る。あと二歩、一歩…………
「ねえ…」
バッ、私は振り向きざま、持っていた短刀の切先を背後の人物に突き付けた。エビーとタイタも同時に抜剣している。
「っ!?」
背後の人物は私の短刀とエビタイの長剣をすんでのところで避け、間合いを取り直した。
「ちょっと何すんのよアンタ達!!」
「…あれっ? ロット様だった。もー、中途半端に気配消して近づかないでくださいよ。曲者かと思ってうっかり殺っちゃうとこだったじゃないですか」
「殺っ…」
ロットが白目になった。
「ミカ殿のおっしゃる通りです。迂闊な真似はお控えいただきませんと」
「でも今の避けられんのは流石すねえ。ザハリ様とは違うわ」
わなわなわなわな。
「っもーっ!! エビーとタイタはともかくミカはほんと何目指してんのよっ!!」
何をと訊かれれば、戦闘職人だが。
「…コホン。驚かせて悪かったわ。そろそろザラ母様が様子見に来そうだから目立たないようにしてただけよ。で、アンタ達、カズ知らないかしら。昨夜は部屋に忍び込んできたのに、朝になったらいないのよ」
「のろけ…?」
「のっ!? ちっ、違うわよっ!! 鍛錬には来ると思ったのに。あの子、どこに行ったのかしら…」
はあ…。ロットは悩ましげに頬に手を当てる。
「ちょっと、何余裕ぶってるんですか。追いかけてくれるのに慢心してるとそのうち痛い目見ますよ」
「わっ、わわ解ってるわよっ! だから探してるの、ここんとこ、あの子から何か言われるたびに居た堪れなくなって、逃げ回ってばかりだったから…」
しゅん。
その様子にエビーとタイタが思わずといった感じで顔を見合わせて苦笑する。
「ふ、それは…」
「ほーんと、似たもの兄弟すよねえ…ぇぐぇ」
エビーが潰れたカエルのような声を出した。
「ザコル、エビーの首を離してください」
「ああ、すみません」
ぱ、ザコルは締め上げていたエビーの首から手を引いた。
「で、ナカタでしたか」
ゲホゲホ、咳き込むエビーを一瞥もせず、ザコルは話を始めた。
「ナカタならずっといますよ。そこに」
「そこに? そこにってどこよ」
「…けほっ、こんのっ、フザっけんなよこのヘタレ魔王なんで俺だけっ、マジに死ぬとこだったろーが!」
「? ザコル、どこにいるんですか、あの子」
「ミカも気づきませんでしたか。ほら、そこに」
「無視すんなこんにゃろ」
ザコルが指差したのは、調理メイドだと思っていた一人だった。彼女は目深に被っていた白い三角巾を上に上げる。
「…あれぇ、なんでバレたんだろ。協力してもらったのにぃ」
「わずかに内股気味でしたので…」
「カズ!」
カズは飛びつこうとしたロットをひらりと避ける。
「なっ、なんで」
「もー、せっかくヤキモキするだんちょーを隠れて見物してたのにぃー。野生の人ってばバラしちゃダメじゃないですかぁ」
「それはすみません。ナカタも同志のような真似をするのですね」
「カズ様!」
「そんなところにいらしたんですか!」
女子が集まってくる。
「みんなおひさー。次こそはピッタに勝とうと思ってぇ、影武者の練習してたんだぁ」
「それは影武者というより潜入ですがお見事です! 全然気づきませんでした!」
「私も全然気づかなかったよ! 調理メイドの皆さんはご存知だったんですか?」
カズ以外の調理メイドは、ドッキリ大成功、とばかりに笑った。
「黙っていて申し訳ありません聖女様。実は、いつバレるかとヒヤヒヤしていたんですよ」
「手合わせは際どかったですね、カズ様は本来、私達のレベルでお相手できる方ではありませんから」
「みんな全然強いよぉー。ウチがチートなだけぇ。あ、嫌味だったぁ?」
「事実すぎて嫌味に聴こえないんですよ!」
「カズ様ったら本当にお茶目なんだから」
きゃっきゃっ。仲良しだな。
「カズ! もうっ、心配したじゃないのよっ!!」
「あは。昨日いきなり『実家に帰らせていただきます!』とか言って飛び出してった人が言いますぅ?」
そんなベタな捨て台詞吐いて出てきたんだ…。
「うぐっ、子爵邸まで来た理由はそれだけじゃ…。あの、ごめんなさい、カズ」
「ふふっ、しゅんとしなくたって大丈夫ですよぉ、たとえ団長が嫌がっても地の果てまで付きまとってあげるって約束したじゃないですかぁー」
執務、洗濯、調理。
所属の垣根を越え、メイド達が顔を見合わせる。
「…付きまとっていたのは、ロット坊ちゃまの方じゃなかったかしら?」
「そうですよね、いくらなんでもロット様がしつこすぎるって、皆で話していましたもの」
「今日もてっきり、ロット様から距離を置きたくて変装していたのかと」
コソコソコソ…。
「ほらほらぁ、やっぱイチャつきたかったんでしょぉー。なんで逃げるんですかぁー」
「やめっ、年頃の娘が胸押しつけてくんじゃないわよっ、だからやめろって、やめろこんにゃろうっ!!」
声が裏返っている。
エビーは吹き出し、タイタは苦笑し、ピッタ達は微笑ましいものでも見るような顔で眺めている。
メイド達はそんなギャラリーの様子も伺い、一層怪訝な顔になった。
つづく




