思ったよりヤンチャ
ヒュ、パッ、キイン。
ざわざわ…。
私とメリーの手合わせを女性陣が固唾を飲んで見守っている。
「話には聞いていたけれど、もとは素人とは思えない練度ね…」
「この領に来てから武器を握ったって、嘘でしょう?」
ざわついているのは主に初参加の洗濯・調理メイドである。
「あの影の娘もいい動きよね。マージが育てただけあるわ」
何やら満足そうなのはベテラン執務メイドである。シータイ町長マージがこの子爵邸で働いていた頃からの知り合いなのだろう。
私が雪を魔法で蒸気に変え、煙幕代わりにすると歓声が上がった。新技なので積極的に試している。メリーの方は見慣れているので、特に動揺もせず短剣の風圧で蒸気をスパンと切り裂く。
私達の手合わせた一段落する頃には、子爵邸のメイド達もペアを組んで手合わせし始めた。シータイにいた領民女性達も強かったが、彼女らは子爵邸付きは領の中でも一握りのエリートなのだろう。技のキレや熟練度が違って見える。
「ピッタもやろうよ、もうバレてるんだからいいでしょ。いっくよー」
「ちょっ、まっ」
武器は置いて素手で飛びかかる。ピッタはするりと避けた。
「やるう!」
「ひぇっ、速っ、わ、私戦闘員じゃないタイプの工作員なんですけどお!?」
「頑張ってピッタさん!」
「ミカ様になりきるのよ!」
他の女子達はピッタを応援し始めた。
「ピッタ、エセミカさまだった! すごかったです!」
「エセミカさま…。ふふ、イリヤ様ったら。光栄です」
影武者役は全員エセをつけて褒めるるものと思っているイリヤだ。
「ほんと凄かった! 嗜み程度の護身術しかできないとか嘘じゃんピッタ!」
「嘘じゃないですっ、ミカ様、手加減なさってたでしょう! 全然汗もかいてないですし!」
「手加減なんかしてないよー。あ、ミリナ様がやるよ、見よ! …あれ? 相手って」
肩につけた深緑色の布が風にはためく。
その人物が持つ武器はミリナと同じ細剣、いわゆるレイピアだ。
「…先生?」
イリヤが首を傾げる。
「違うっす。あれ、マネジさんすよ」
訂正したのはエビーだ。
「えっ、今、辺境エリア統括者様って言いました!? いつの間にここにいらしたんですか!?」
ピッタが目を白黒させる。
「昨日ギャル様に引きずられて来たんだ。正確には途中までロット様に引きずられて来たらしーけど」
「引きずられて…」
同志村女子達は顔を見合わせた。
「仕方ないわね、統括者様、ロット様に気に入られてるから」
「猟犬様役だもの」
うんうん。
「やたらに絡まれ…いえ、演技指導されてたんですよ、ロット様ったら、よっぽど弟様がお好きなんですよね」
「そう指摘すると慌てて否定して、おもしろ…いえ、おかわいらしいんです」
マネジはロットのオモチャにされているようだ。そのロットはみんなのオモチャと化しているようだが。
ざ、ミリナが雪を踏み込み、マネジに突きを繰り出す。マネジは自分の細剣の切先を当てて軌道を変えて躱す。そして何事かミリナにアドバイスをする。ミリナはより深く腰を落とした構えに変え、先ほどよりも重い一突きを繰り出した。
「母さまカッコいい…!!」
イリヤが声援を贈ると、ミリナは気恥ずかしそうに手を振った。あっち側には「マネジ様カッコいい…!!」と言って目を輝かせている少年もといペータがいる。
マネジはシータイの町長屋敷に勤める若い使用人達に大人気のお兄さんである。屋敷が襲撃に遭った時はその実力で若い子達を曲者から守ってくれたし、親切で礼儀正しいところも慕われる一因だ。
「なんでマネジさんが指導役に?」
「細剣扱える人が他にいねえんすよ。ザコルの兄貴がちょうどいいとこに来たってマネジ殿に細剣持たせてました」
「へー、マネジさんってレイピアも使えるんだ。ザコルと一緒で短剣と体術がメインかと思ってた」
「いや、実は何でも使えるっぽいすよ。武器職人の嗜みらしーっす」
「武器職人の嗜み…。なるほど、プロだね」
「理解できるんすね」
「そりゃ。自分で振れなきゃ良い武器は作れないってことでしょ? 楽器職人が楽器使えるのとおんなじで」
自分で音も出せない楽器は作れない。いや、作れるかもしれないが、音の確認くらいはできないと困るはずだ。
「……姐さんって、職人になれって言われたらフツーになれそうすよね」
「うーん、なれるかどうかは分かんないけど、憧れるなあ。大工とか、鍛冶屋とか、陶工とか…。一生勉強! って感じで」
何年も何十年もかけてその道を極める。その精神のなんと尊いことか。
エビーは他人事のように言うが、騎士や工作員だってある意味職人のようなものだろう。資質も必要だが、モノになるまでにはしっかりとした鍛錬と勉強の積み重ねが必要だ。決して一朝一夕で主の信用を得られるような職ではない。彼らはさしずめ『戦闘職人』なのだ。
戦闘職人といえば、以前見たザコルの暗殺術は素晴らしい職人技と言えた。
極限まで洗練され、いっそ美しいとすら思えたあの技の数々…。音も気配も殺気の一欠片さえ漏らさず近づき、心臓を貫かれる瞬間まで相手が攻撃されたことにさえ気づかない。
私もいつかはあの境地に立ってみたい。やはり、日々勉強、日々鍛錬だ。
ミリナとマネジの手合わせは続いている。ミリナも相手を得て少し勘を取り戻したか、果敢に斬り込み始めた。
思ったよりもずっと動きが速いし鋭い。マネジが難なく受け止めているせいで危なげなく見えるが、ミリナの練度も高いと思う。それを証明するように、徐々にギャラリーが集まり始めた。
「ねえ、タイタ。ミリナ様が武器屋で選んだあのレイピアって、一般的なもの?」
私はエビーと共に隣にやってきたタイタに声をかける。
「いえ、貴族が装飾や護身の意味合いで持つものとは造りが違うように見受けられます。刀身も比較的太めで、突きだけでなく斬撃にも向きそうですし、鍔と柄は丈夫で実用性の高いものを選ばれました。あの形ならば、ナックルガードとして相手を拳で殴る戦術も充分に取れるでしょう」
「ナックルガードで殴る…」
レイピアの握りの部分にこう、取っ手のようなものとかカップのようなものがついているのは何だろうな、とは思っていた。あれは飾りや便利な持ち手などではなく、相手の顔に効率よく拳をめり込ませるための攻撃用パーツだったのか…。
「レイピア、思ったよりヤンチャな武器だった」
タイタは珍しく「うーん」と何かを憂うような声を出した。
「思えば、我がコメリ家に伝来していたレイピアも、優美さよりも実用を取った一振りでございました。飾りは紅玉のあしらい一つのみ。あれこそ、真に物の価値をご理解なさるミカ殿に相応しい一品でございましたのに。没落したことに一つの未練もないと思っておりましたが、あれをあなた様にお譲りできなかったことが唯一の心残りです」
「いや、伝家の宝刀を譲られても困るよ…。そんなにいいお品なら、今でもどこかで大事に保管されてるんじゃないの。ていうかザコルなら行き先知ってそうじゃない? もし売られたりしてたら、買い戻したりできないか訊いてみようか?」
「いいえ、それを守る家もありませんのに、物だけを手に入れても致し方ありません。しかしミカ殿にお使いいただけるのであれば、このタイタ、草の根をかき分けてでも探し出して参りましょう!」
「いやいや…」
伝家の宝刀は譲られても困ると申しておるに。
よく頭のネジが飛んでいると言われる私だが、歴史的価値のありそうなもので相手をぶん殴る勇気は流石にない。
つづく
エビ「今日は平和に過ごすとか言ってませんでした?」
ミカ「ブートキャンプは平和イベントでしょ」
エビ「えっ」
ミカ「えっ」




