命乞いはしなきゃかなあ…
ふぁ、ジーロがあくびをする。
「大丈夫ですか、ジーロ兄様」
「…ん? ああ、少し眠気が酷くてな」
サカシータ一族ってあくびとかすることあるんだ、と呑気なことを考えていたら、ザコルは眉を寄せていた。私もハッとなる。
「眠気? ミカも以前、魔力が枯渇しかけた際に眠気を催していました。まだ回復しきっていないのでしょう、休んだ方がいいと思います」
「…お前は、本当に兄想いなやつだなあ」
ごしごし、ジーロは本当に眠いらしく、目をこすっている。
「あの時は本当に大変だったんです。ミカを休ませるのにも一苦労で、おまけに義母上まで出しゃばってきて……」
「そうそう、なんか俺らずーっとセイザさせられてましたよねえ。ねえ、タイさ…」
エビーがタイタの方を見て固まった。タイタは困ったような顔をしていた。
その横には、ずっと壁になりきっていたオタクの一人がダラダラと冷や汗をかいていた。
「どど、どうするのよザラ母様っ」
「ロットさんがお連れしたんでしょう! もうあなたって子は…」
「まさか、お客人の存在を忘れるとはなあ…。水害支援の立役者か、それはまた」
口止めのために手荒な真似もできない、とジーロは言外ににじませ、再び「ふぁ」とあくびをした。
「マネジなら大丈夫です」
頭を抱える人々に、ザコルがしれっとそう言った。
「コリーあなた、この方がいるってずっと気づいていたわね。どうして言わないの!」
「僕のせいにしないでくれますか母上。マネジは自己紹介までしてここにいたでしょう」
むぐ、ザラミーアが黙る。
「しかしそれを忘れさせるほどの存在感の無さ、流石の練度と言う他ありません。まあ、とはいえ大丈夫でしょう。彼は同志である以前に、ムツ工房の一員で、ミツジの息子ですから」
「なっ、何が大丈夫なのですか猟犬様!? 僕、何か聴いてはならないことを聴いたのでは!?」
マネジがザコルに言い募る。
そりゃ、聴いてしまった本人が一番不安だろう。何せここは脳筋の里である。長一族に囲まれたらどんな強者でも命はない。
「僕もここで聴いていましたが、決定的なことは誰も言葉にしていなかったと思います。あとは君が詮索せず心に留めてくれればいい。ミツジの息子ならば信用できます」
「僕が父の息子であることは今関係ないと思うのですが!?」
「大いに関係あります。ミツジには大変世話になっていますから」
「猟犬様が父のお得意様であるのは存じております! ですがうちはただの武器工房で」
「ただの武器工房だと思いますか? 僕が持ち込んだのは、自分の武器の新調や修理の依頼ばかりではない、とだけ伝えておきましょう」
「自分の武器の、依頼ばかりでは、ない…? 父は一体何を」
ふ、ザコルは急に遠い目をした。
「…ミツジは、どんな機密を含む約定にも快く判を押してくれた。あのずぼらな上司の尻拭いを一緒になってしてくれた。もう持ち込むことはないと思いたいですが、万が一、彼が引退した後に何かあれば君を頼ることになるでしょう。その時はぜひよろしくお願いしますね」
ニコォ。
「ひぇ」
ミツジはただの武器職人ではなかったのか…。あのずぼらな上司、というのは暗部のトップに君臨する第一王子殿下のことだろう。ザコルが悪口を言う上司は彼だけなので間違いない。
どうやら武器職人ミツジは、暗部というか国家が絡む仕事のことで相当な数の厄介ごとを引き受けていたようだ。
もし、マネジが今回のことをやたらに詮索したり口外したりするようなことがあれば、その父親の信用にも傷がつく、とザコルは暗に匂わせている。機密を含む約定とやらにも数多く判を押しているようなので、ひとたび信用が落ちれば即、処分の対象にもなるだろう。実の父親を人質に取るとは容赦ないな。
「アンタ、武器職人とは聞いてたけどあの有名なムツ工房の跡取りだったの。何やってんのよこんなところで」
「僕が深緑の猟犬ファンの集い北の辺境エリア統括者だからですよ! 親父も、猟犬様のお力になれるなら行ってこいと背中を押してくれたんです! というかシータイから無理矢理連れ出したのはロット様ではありませんか!」
「やーね、アンタも子爵邸に行きたがってたしいいかなと思っただけよお。あと保険よ保険」
「その保険とやら、詳しく聴いていないのですが!?」
「うーん、あんまり話すつもりなかったんだけどお、いいわよね、今更よね、えっとねー」
「ひょえ、やっぱりこれ以上話さないで!?」
わーわーわー。
騒ぐマッチョ達を横目に、ミリナが私の袖を引いた。
「あのっ、私も何かいけないことを聴いたのでは、地下のことは必死だったせいか記憶が曖昧で」
「ミリナ様は大丈夫ですよ。候補ですし」
「候補? 候補って何のですか?」
「それより、今更だけどロット様達ってどうして急にここに来たんだろ。しかもこのタイミングで…。理由聞いてなかったですよね」
「ミカ様、候補って何なのですか、ねえミカ様ったら!」
私は騒いでいるロットとマネジの間にそろりと入った。
「公式聖女様」
す、とマネジが一礼して一歩下がる。
相変わらず意味のわからない称号だが、今突っ込む気はないので適当に会釈で返す。
「コーシキセージョ? どういう身分なのそれ、女王か何か?」
「ロット様、いつシータイを出発したんですか?」
「え、いつって今日に決まってるじゃない。午後のオヤツ食べてからゆっくりきたわよ」
「オヤツ……」
話通りならば、オヤツの頃に出て夜の始め頃には三人ともこの邸に着いた計算になる。まさかとは思うが三人とも走ってきたんだろうか。走ってきたんだろうな…。前にザコルが、家からシータイを経由してモナ領のチッカまで半日で行ける、子供の時はよくおつかいに走らされていた、兄弟はみんなそう、みたいなこと言ってたし…。
ちなみに、関所町シータイから子爵邸のある中央、もとい領都ソメーバミャーコまでは馬車なら一泊は挟む距離である。間違っても自分の脚で走る距離ではない。
今日のオヤツの時間といえば、ちょうどミリナやザラミーアが地下から引き揚げてきた頃だ。私達は一足先にジーロを抱えて地上に上がり、介抱でバタバタしていた。
「ロット様、シータイを出る時、誰かに引き止められたりしなかったんですか」
「マージにメチャクチャ止められたわよお、モリヤはしばらく遊んできてもいいって言ってくれてんのに! もーケチなんだから!」
「へえ…」
「だって、やっと、やああっとイアンのばかが白状したって言うじゃない!? いてもたってもいられなくって、ついでにマネジも引っ掴んで出て来ちゃったわ! アンタ達の顔も見たかったし!」
「あ、ちなみにウチはだんちょー追いかけてきただけでーす。途中でマネマネが落っこちてたから拾いましたぁー」
ブイブイ。相変わらずオーレンとおぼしき『かたまり』の上に座っているカズがそう補足した。
「マネマネ…」
マネジの方を見ると、彼はこくんと頷いた。
「途中、なぜか置いていかれて道が分からなくなっているところをカズ様に拾っていただきました」
どうやら、ロットはマネジを引っ掴んで出てきたくせに途中で放棄したようだ。重くなったんだろうか。
「マネジ様にも何か請求していただかないと…」
ブツブツ…。頭を抱えたザラミーアが小さな声でつぶやいている。
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
ぺこ。さて、と席に戻ろうとすると、服を掴まれた。
「…………ねえミカ、分かったって何のことかしら。なんでお礼を言ったの」
「なんでとは、大体状況が判ったので、お礼を」
「今の質問二つで?」
「あ、はい。質問以上のことも話してくださいましたし」
質問一、いつシータイを出たのか。質問二、誰に引き止められたのか。それから『イアンのばかが白状した』という台詞。充分だ。
あーあ、とエビーが小さく漏らす。
「えっ、もしかしてあたし、何か余計なこと言った!? やらかした!?」
「まあ大丈夫ですよ」
にこ。
「何何何何何っ、何なの言ってちょうだいお願いよミカああ!!」
「大丈夫なのに…」
まあ、ロットはまた怒られるかもしれないが、酷い仕置きをされるほどのことではないと思う。だから大丈夫だ。
「あー、でも命乞いはしなきゃかなあ…」
「命乞い!? 誰の!?」
「ロット様のじゃないですよ」
主にロットを引き止めた方の命乞いだ。
「要らないでしょう。排して困るのはこちらです」
こちら、ザコルは頭を抱えるザラミーアの方を手の平で指し示した。領内の執務はザラミーアが一手に担っている。有能な人材に抜けられて困るのは彼女だ。
「それもそうですよね。あ、ロット様。やっぱり大丈夫です」
「何が大丈夫なのよおおおおお」
大丈夫だと言っているのに。
そろそろ服の裾を離してくれないとミカ触るな警察が出るのでそっちの方が大丈夫じゃない、と指摘した方がいいだろうか。
つづく




