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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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ファンの集いとかいう秘密結社

「誤解です」

 ザコルが眉間に皺を寄せてそう言った。


 ピッタ達女性スタッフが放牧場に出来立てのホットドックと牛乳を運んできてくれたので、ラグを広げて座り、皆で朝食を摂っている。

 同志も少しは慣れたのか、森から出てきて数十メートル先で正座している。草が生えているとはいえ、地べたに正座したら痛いし冷たいと思うのだが…何の苦行だろうか。


 太陽が登り、斜めからの陽光が眩しい。朝焼け色の空が綺麗だ。


「僕はあくまでドレスを着られなくなる事がないようにと鍛え過ぎには注意していますが、僕の理想の体型? とやらを押し付けた覚えはありません」

「ほおーん。で、具体的にどんな事に注意してんすか」

「だから、首まわりや肩のこの辺りには余計な筋肉がつかないように、腰のくびれも、しなやかさに重きを置いて」

 ザコルが背後から私の首、肩、腰と順に両手でなぞるようにしながら話す。

「ひ、ひ、ひゃ」

「それから、胸部はどうせ紐で調節できるのでしょうから底上げを」

 脇に手を差し入れられた。

「ひゃうっ」

 振り返って睨みつければ、ザコルがサッと手を引っ込めた。

「す、すみません、ミカ」

「うううー…ピッタぁぁー…」


 私はフラフラと立ち上がり、少し離れた所でラグを広げていた女性スタッフチームの方に移動する。

「ミカ様、どうぞこちらに」

 ピッタを始めとした歳若い女子五人がにこやかに迎えてくれる。ここは天国か? ああ、私に足りないのはきっと女子成分だ。


「猟犬様ったら人前であんなに無遠慮に触って…」

「ミカ様、乗馬服もお似合いですね、スタイルが良くて羨ましいです」

「この、髪を上でまとめているのはコマ様とお揃いなんですか? さっきは並んで座っているお姿が本当に可愛らしくて、私達後ろで身悶えてたんですよ」

「私達もこの髪型にしていいでしょうか」

 五人の女子達がおねだりでもするようにキラキラとした瞳で私を見る。


「…っ、可愛いのは君達だよ! みんなでポニーテールにしよ!」

 そう返せば、きゃあ、やったあと女子達が喜び合い、早速髪紐を解いて互いの髪をポニーテールに結び直し始めた。


「ああ癒される…。もうさ、周りが男子ばっかりで、タイタくらいしか癒しがなくてねえ」

「あの可愛らしいコマ様より、タイタ様に癒しを…?」

 女子達は皆、身長百九十センチ前後はありそうな巨漢のタイタに目線をやり、不思議そうな顔をした。


「あの方、例の『執行人』よね」

「そうですね、うちの若頭も言ってました」

 女子達がコソコソと話す。


「執行人?」

 何やら不穏な感じのするワードが飛び出た。


「ファンの集いには色々と規則があるようなんですけれど、それを破ったりおイタが過ぎるとタイタ様に粛清されるんだとか」

「あの穏やかな微笑みを湛えたまま、同じ人とは思えぬような冷酷無比な処断を下されるのだとか」

「それでついたあだ名が」

『執行人』


 どっ、と女子達が声を揃えて笑った。


「あっはは、いちいち大袈裟なのよ。ただのファンの集いだっていうのに」

「私達は正式な会員じゃないですからよく知らないんですけれどね」

「ああでも、うちの若頭がうっかり規則を破ってしまった事があったみたいで、あの時の兄の死相めいた顔は本気っぽかったですよ」

「それにしたって、命を取られるわけでもないでしょうに」

 うふふ、あはは。

 和やかに笑い合う女子達。


 タイタの知らない方がいい一面をうっかり聞いたような…。

 深緑の猟犬ファンの集いは、ただのファンクラブというより秘密結社か何かなのかもしれない。


「それにしても、ミカ様の行われていた柔軟体操はとてもよく効きそうですね。いつもは使わない筋肉をたくさん使った気がします」

「あれね…。あそこの脳筋さんが考えたやつだから…。何だか知らないけど、ちゃんとドレスを着こなせるように筋肉をつけるとかつけないとか何とか…」

「ミカ様のそのスタイルはあの体操によって作られたと…?」

「言わないでよおお恥ずかしいからあああ」

 私は思わず顔を覆った。

「何が恥ずかしいんですか! その、スリムでありながらメリハリのあるボディ! 羨ましいですよ!!」

「ええ、このくびれのラインが素晴らしいのよね、お胸もツンと上を向いていて…ああ、これは姿勢がいいからだわ」

「姿勢がいいのは腹筋と背筋がしっかりしていらっしゃるからよ。胸筋もありますよね」

「この美脚も! 程よく筋肉があるとこんなにも引き締まって美しいのね」


 私は立たされて女子達にペタペタと全身をくまなく検分された。


「私、明日からあの柔軟体操と走り込みをもっと真剣にやるわ」

「私も。ミカ様、トレーニングを始めたのは夏の半ば頃だったのですよね。そんな短期間でこのお身体に?」

「え、うん。そうだよ。夏より前は私、ザコルいわく干からびた芋だったらしいから」

「干からびた芋!! そうです、先程確かにそうおっしゃっていましたよね。女性に向かって、いえ、このミカ様に向かってどんな言い草かと心内で憤慨しておりました! 英雄様といえど酷すぎます!」

「紳士の風上にも置けないわ!」

「ちょっと私、物申して参ります!! 不敬と言われても構いません!!」

 ピッタが勢いよく立ち上がると、他の女子達も立ち上がった。


「猟犬様! あんまりじゃありませんか!!」

「干からびた芋とはどういう事ですか!! ミカ様はたとえやつれていたって美しいに決まってます!!」

「し…っ、失言でした、もう言いませんから…!」

 女子達に詰め寄られ、ザコルが立ち上がって後退りしている。ザコルは言い募る女性に弱い。


「ミカ! すみません! 謝りますからこの方々を止めてください!」

「別にいいですよ私なんか干からびた芋で。ああ、しなびた草でしたか? それか水の足りない鉢植えでしたっけ」

「しなびた草…? 水の足りない鉢植えぇ…!?」

 女子達の怒りに油を注いだのは言うまでもない。

 遠くの方では同志の何人かが腰を浮かしているのが見える。自分の部下が推しに詰め寄っているからハラハラしているのだろう。そんなに心配ならこっちへ来たらいいのに。


「あ、そうだ。天才医師様にお願いしたい事があるんだった。タイタ、今いいかな」

 私はタイタの近くに寄ってコソッとそう話しかけた。目線でコマの方も指し示す。


 天才医師には、例の香や薬の研究を手伝ってもらえないかと直接依頼を出したいのだ。シシとコマが当たってくれる事は決まっているものの、シシは香を嗅いだり触ったりする事はできない。調薬に覚えのある助手はもう一人くらいいた方がいいだろう。


 しかし彼はあくまでも、深緑の猟犬ファンの集いの一人としてここにやってきたボランティアだ。


 現状、ここにいる集いのメンバーの中で、責任者たるような地位にあると判っているのは『執行人』とかいうあだ名でも親しまれているらしいタイタのみである。天才医師の彼に交渉していいかどうか、また、コマに引き合わせてもいいか。話を進める前に、まずはタイタの許可をもらう必要があると私は考えた。


「このお願いをするには、タイタの了承が必要でね」

「そんな、俺の了承など必要ございません。ミカ殿のお考えの通りになさってください」


 まだ大した説明もしてないのに洗練された紳士の礼をもって返されてしまった。

 何となく伝わっていない気もするが…。


「えっと…ファンの集いとしてオーケーって事でいいのかな。…まあ、いいならいいんだけど。コマさん、あそこにいる白衣で銀髪の彼、見えますか」

「ああん?」

 チンピラよろしく、コマがメンチを切ってくる。メンチ切ってても全然可愛いのズルい。

「ほら彼、昨日シシ先生が話してた同志の医者ですよ。調薬もできる若き天才医師様なんだそうです。少し会話に難があるそうですが」

「ああ、あいつが」

「コマさん、シシ先生と例の研究をしてくれるんでしょう。あの白衣の彼は私の出自まではまだ知らないでしょうが、氷姫である事は知っています。どうです、お話ししてみませんか」


 協力を仰ぐにしろ何にしろ、コマに気に入ってもらわないと話にならない。

 タイタの次はコマに許可取りだ。


「ふん、話してやってもいいが、お前の指図で動くようで気に食わねえな。だが今俺様は気分がいい。姫、お前は明日からも俺の手ほどきを受けろよ」

「それはもちろん、こちらこそお願いします。じゃあ、紹介しますね。タイタも来て」

「仰せのままに」

 ミカー!! と背後から叫びが聞こえているが無視だ。少しは女心を思い知ればいい。


 それにしても、コマというお人は親切過ぎる。どうして私に稽古をつける事が言う事を聞く条件になっているんだろうか。ただ単に天才医師と話したかっただけかもしれないが…。



 私達が揃って近づくと、同志の集団が揃ってアワアワとし始めた。私達は推し本人じゃないぞ。

「リュウ殿、ミカ殿が貴殿とお話ししたいとおっしゃられている」

「な、な、なな、なん…」

 リュウと呼ばれた天才医師の彼は、隣にいたドーシャの陰にサッと隠れた。


「あの、リュウ先生。何度かご挨拶しておりますが、ミカです。町医者のシシ先生の代わって多くの命を救ってくださり、本当にありがとうございました。シシ先生がリュウ先生が来てくださって助かったと、看護師の皆も先生を尊敬していると口々に」

 私は嫌味にならない程度に軽く頭を下げながら賞賛とお礼の言葉を述べていく。


「ど、ど、ど、どういた、し…っ、まままし…て…」


「はい。少しでもこの感謝がお伝えできたら幸いです。それでご相談なのですが、シシ先生からもお話があるかもしれませんが、リュウ先生のお力をお借りできたらと考えている件がありまして…。無理ならばはっきり断ってくださって結構ですし、もしお引き受けくださるのならば、少ないですが、謝礼も用意いたします」


 ザコルが預かっている私の生活費とやらから金一封を出してもらおう。


「おい、俺にはねえのか」

 コマがちょいちょいと私のコートの生地をつまむ。何だその仕草、可愛いかよ…。

「コマさんは情報を持ち帰るんだからいいじゃないですか。それとも、帽子の他にも何か編んであげましょうか?」

「編み物は帽子だけでいい。お前、昨日屋敷で何か氷使った飲みモン配ってたらしいな。俺にも飲ませろ」

「フラッペの事ですか? それは構いませんが…。ジャムと蜂蜜が手に入り次第作ってお分けしますね」

「ふん、忘れんなよ」

 報酬はフラッペでいいとかJKかよ…。何だか野生の猫にでも懐かれたような気分だ。


「ミ、ミカ様ッ…、ピッタからも聞きましたが、そのお方は本当に男性でいらっしゃるので…!? 一体どういう」

 ドーシャが恐々としながらも果敢に質問してくる。

「そうですよ、この方は以前…って、話してもいいですか?」

「別にいい。今は関係ねえしな」

 あっさり。まあ、隠すつもりならこんなところにいないか。

「こちら、ザコル様の元同僚のコマさんです。長年、暗部で活躍していたそうなんですよ」

 おお、と同志達がどよめく。暗部時代のザコルを知る貴重な人材だ。しかも可愛すぎる。国宝と呼んで差し支えなし。

「ザコル様ととーっても仲良しなんですよ」

 おおお、と同志達がさらに前のめりになった。


「仲良しでもお友達でもねえっつってんだろがこのイカれ姫が。いいか、そこの銀髪。俺は薬師だ。昨日、おかしな薬を拾った。これから町医者と調べるつもりだ。だがな、訳あって町医者には任せらんねえ過程がある。お前なかなか見所のある奴らしいじゃねえか。あの町医者が言うなら間違いねえだろ。手伝え、銀髪」

 コマはふんぞり返ってそう言い放った。


「ちょっと、強制するような言い方はやめてくださいよ」

「回りくどい言い方なんざしたって一緒だ。どーせこいつしか適任がいねえんだろ」

「………………」

 リュウからの返事はない。

「コ、コマ殿、あの、リュウ殿は少々対人恐怖症気味でして…。若い女性は特に…」

 タイタがフォローを入れる。

 看護師とうまくいかないと悩んでいたようだし、若い女子には嫌な思い出があるのかもしれない。


「何度も言うが俺は男だっつの。それに若くもねえ。あの犬よか歳上だ」

「歳上!? 猟犬殿よりも!? その見た目で!?」

 驚くドーシャをツカツカとコマが横切り、ドーシャの後ろで縮こまるリュウの顔を下から覗き込んだ。

 縮こまってはいるが、他の同志と同じくガタイはいい。銀髪と色白の肌も相まって、シロクマや雪男イエティのような印象を受ける。

「ひ、ひぃぃっ…!」

 そのイエティは小柄な美少女にしか見えないコマに怯え上がった。

「ちょ、コマさん、急に距離を詰めたら」

 コマが私の制止など聞く訳もなく、青ざめたリュウと目線を絡ませたままニヤリとする。


「いいか若造、俺の事は道具と思え。それ以上でもそれ以下でもねえ。道具相手に気遣いなんざ不要だ。この薬の件以外で関わる予定もねえから馴れ合う必要もねえ。お前は大好きな薬の話だけしてりゃいいんだ。声が出ねえなら筆談でもいい。な、簡単だろう? 時間になったら迎えに行く。どこに隠れててもいいぞ。この俺から逃れられるもんならな」


 お前の気配とにおいは覚えたぞ、コマはそう捨て台詞を吐き、片手をヒラヒラとさせながら去っていった。




 しばしの間、リュウと他の同志達は呆けたように立ち尽くしていた。

「え、ええと…。コマさんはあんなんですが、とてもいい人です。ね、タイタ」

 私が同意を求めると、タイタも首を縦に振ってくれた。

「そ、そうですね、親切なお方かと! 世辞なのでしょうが、俺なんかの事も熱心に誘ってくださいますし!」

「お願いだからタイタは本気で引き抜かれないでよね…。彼、興が乗ればザコルの若い頃の活躍譚も教えてくれますよ、多分」

 私達もザコリーナちゃんの話をしてもらう約束だ。

「わ、若い頃の活躍譚ですと!? その薬を調べる件とやらはリュウ殿以外には手伝えないのですか!! 他の会員達にもコマ殿との交流チャンスを!!」

 コマの恐喝めいた態度に引いていたドーシャがいきなり目を爛々とさせ、懺悔のような土下座のような体勢で地面に頭を打ち始めた。脳細胞がイカれる前にタイタに止めてもらった。

 他の同志達も何か言いたげにソワソワとしている。


「皆さんはまず、あっちにいる推し本人と交流してくださいよ。今日の訓練はどうでしたか? 他に希望があれば…」

 タイタに支えられつつ、ドーシャがぬらりと立ち上がる。

「ふふふ……私め共が昨日どれだけこの企画に狂喜乱舞していたか。ミカ様にもぜひお見せしたかったですぞ!」

 カッ!! とでも効果音が聞こえてきそうなキメ顔だ。

「そうですとも! 楽しみ過ぎて誰も眠れず!! 完全なる深夜テンションのままここに立っております!!」

 全員徹夜なのか…。よくよく見ればどの同志も目が血走っている。

「発案者であるエビー殿を是非とも特別猟犬賞に推薦させていただこうという結論に!!」

 知らないうちにエビーがよく分からない賞にノミネートされている。

「いや! その前に! 昨日突如集会所が式場になった件について!! 説明! 説明を請います!! 何卒何卒くわしく!! 涙で何も見えなくなって何度も木から落ちた我々にどうかご供給をばああああ」

 ついに物凄い形相で迫ってきた。怖い。

 私はシュッとタイタの後ろに避難した。

「落ち着いてください。あれは私にとっても不意打ちで…。ああ、そうそう、王都の動きとか何か聞いてます?」

 話を逸らしがてら探りを入れてみる。

「王都ですか、ああ、かのお方の事ですね。ご安心を。既に手は打っております」

 コクコク。同志が皆して頷く。

「え、手? 何を打ったって? あの、かのお方ってどの方の事を言ってます?」

「もちろん王弟殿下ですとも‼︎ 我ら猟犬派の敵です!!」

 そうだそうだー! と皆が拳を上げ、不敬をも恐れず王族をなじり始めた。

「ちょっと、もう少し声を抑えて…! ていうか、耳が早くないですか? 私達もまだ昨日聞いたばかりなのに…」

 手を打ったとは一体何だ、何をした。

 誰もが妙に自信ったっぷりなのが余計に不安を誘う。

「ふっ、我らが猟犬ネットワークに敵う情報網などあるものですか」

 いや、知らんがなって。


「我らが同志に新聞社の者がおりまして。お二人が固い絆で結ばれた運命の一対であり、ミカ様が自ら望んで愛するザコル殿に同行した経緯を熱い筆致で書き上げました記事が…なんと! 明日の朝刊一面に載る予定でございます!!」


「はあああああ朝刊!? 明日ぁ!?」

「もちろん! 全国一斉発売! 殿下も白目確実ぅ!!」


 思わずタイタの顔を覗き込んだが、タイタも首を横に振った。

「お、俺も聞いておりません…。ドーシャ殿、それはオリヴァー様のご采配ですか?」

「ええそうですとも! 正確には、数名の会員が会長にご提案して了承を得たようです。かのお方があのデマを流し始めたのはもう十日も前。新聞社の同志はすぐに調査と執筆を開始し、来たるXデーに向けて入念なる準備をして参りました」


 十日前…。よく思い出せないが、ザコルと二人で森だか荒野だか峠だかを進んでいた頃だ。

 デマと言っても、ザコルはテイラーの監視役にさえ私の誘拐容疑をかけられていた訳なので、一概にデマとも言い切れないのだが…。


「敵は最近王宮を乗っ取って、我らが猟犬様が姫を拐かしただの婦女暴行しただなどという妄言を繰り返しているようですが、この新聞記事が大きな波紋を呼び、かのお方を追い詰める一端となる事は間違いないでしょう! 我ら猟犬ファンの本気、思い知るがいい!!」

 はーっはっはっは!! ドーシャがふんぞり返り、他の同志達がドンドコと狂喜乱舞を始める。



 …さて、この話は本当なのだろうか。

 この国はそれなりに広いが、移動手段は基本的に馬か馬車か徒歩しかない。よって、明日の朝刊が全国一斉発売されるというのは、少々無茶なんてものじゃないはずだ。普通は田舎に行く程タイムラグがある。現代日本ですら、離島などでは某少年誌の発売が一、二日遅れになるくらいだというのに。


 全国一斉発売を実現するためには、最低でも発売一週間前くらいには刷り終えたものを順次各地に運び始めるくらいしないと間に合わないはず。相当大がかりな仕込みになるし、守秘の徹底だって大変なはずだ。


 というか、逆算すると、実質三日程で調査と執筆とレイアウトと版作り(恐らく手作業)をして刷り出したという事になるのでは…。


「あのー、その社畜…いえ、新聞社の彼は大丈夫なんですか、後で処されたり…」

「心配ご無用です。どうやら会長自らが匿うとおっしゃってくださったようですので。天下のテイラーが守ってくれるのならば安心ですな!」


 …明日、本当に全国一斉発売できるかはともかくとして、秘密結社猟犬クラブが王族に真っ向から喧嘩を売ろうとしているのは本当らしい。それもテイラー家を後ろ盾にして。


 チラッとザコルのいる方を振り返ってみる。まだ女性陣に何か言い含められている。いかな彼とて、自分のファンが民衆を扇動し始めようとしているなんて知らないんじゃ…。


「ん? じゃあ、この町の状況は、もうテイラーの方に詳細が伝わっているって事かな。猟犬ネットワークとやらによって」

 彼らが既に王都で起こったクーデターの事を知っているというなら、こちらの状況だって王都に近いテイラーには届いていてもおかしくない。

 会長であるオリヴァーは元より、セオドア達の耳にも入っている可能性が…。


「もちろんでございますとも! エビー殿の報告書とミカ様のお手紙もそろそろ届いた頃と思いますが、私めの視点で作成した報告書も水害発生直後から朝晩定期で会長宛に出しておりますので」

 ドーシャが何でもないような感じで答えてくれた。


「朝晩定期…!? 一日二回も出してるんですか!? …まままっまっまっ待って、もしかしてつい昨日の式場騒動も報告済みですか…!?」

「もちろんでございますとも! もっと詳しい状況を知りたいのでぜひともご説明をば!」

「ああああああああどうしよ…!? もう、ええ? どうしよう、何、私どんな顔してテイラーに帰ればいいの? 何にも相談してないのに! いきなり婚約承認がどーとか何をどうやって説明するのよう!!」

 私は人目も憚らず頭を抱えて蹲った。

「やはりご婚約ですか!? やはりやはりやはり…」

 メモを出して何かを書きつけようとしたドーシャの手をガッと掴んで止める。

「ま、待って! 正式な事ではないの!! 本ッ当にそういう段階の話じゃないんですよ!! 何か理由もあるはずなんです!! だからまだ不明って事にしといてくださいお願いします! 伯爵家に不義理を働く事になっちゃうし…。せめて自分の口で説明しないと!!」

「ミカ様がそうおっしゃるなら…。確かに、お立場というものがおありですよね。我々は何も聞いていません! そうですな!」

 おー! と他の同志が拳を上げる。

 ドーシャの後ろにいるイエティ…リュウも小さく拳を上げている。

「はっ、そうだ、私はリュウ先生に話をしに来たんですよ。あの、お願いしておいて何ですが、ご無理はなさらないでくださいね。本当に無理だったらコマさんも無理矢理連れていく事はないと思いますから。口で言うのが難しかったら『無理』とだけ書いた紙を持って待っていてください」

 私はドーシャを挟みつつ背後のリュウに向かって話す。私は紛れもなく女だし、若くも見えるらしい。無理に覗き込む事はしない。


「く、く、く、すり、の事、なら、だいじょう、ぶ、です。その、く、すり、ぼぼぼくも見てみたい、ので…。それに、コ、コマ殿の事も、たぶん、だいじょうぶ、です。怖い、けど…猟犬さまと、シシ、先生の、お友達…? みたいです、し」

 リュウは、たどたどしくも、問題ないという事を丁寧に説明してくれた。


「そうですか。ありがとうございます。リュウ先生。それでは、どうぞよろしくお願いします」

 私はリュウに対して頭を下げた。

 そういえばドーシャの手を掴んだままだったと思った瞬間、ガッと手の甲を掴まれ、ベリッと手を剥がされた。

「ほひょぉっ!?」

 同じく手の甲の掴まれたドーシャから変な声が漏れる。そして同志達が散る体勢に入る。

「待て! 散るな!」

 ザコルの一喝に全員がピタッと止まる。

 ドーシャは推しからの突然のボディータッチに白目になりかけている。


「…さっきのメニュー、途中で脱落した者が三人ほどいたな。明日その三人は僕の前でやれ。エビーと一緒に直接指導してやる。それから、今よりエビーとタイタを相手に手合わせするが、参加したい者はいるか」


 ここにいる同志はタイタを除き全員で九人。逆に、六人はあのメニューを完遂できたということか…。すごいな同志。


「ドーシャ。君は見所がある。参加しろ」

「は、はひぃ…!?」

 口から漏れ出たよだれを拭きながらドーシャが変な返事をした。

「それと、君と、君と、君。それから君、君。今日のメニューをよく完遂した。手合わせに参加しろ。後の三人は見学だ。明日は放牧場に着いたらまず走り込みを行え。止まれと言うまで止まるな。それが終わったら、さっきの三人はエビーとタイタと中央に待機。タイタ、逃すなよ」

「はっ。お心のままに」

 タイタがにっこりと笑顔で敬礼する。

「し、執行人が来る…!」

「ひいい…」

 青ざめて震えだす同志達。楽しそうだな。


 それにしても、森の中ではバラバラに潜んでただろうに、どうやって誰がどれだけメニューをこなせたかまで把握してるんだろう。ザコルには目や耳がいっぱいついてるんだろうか。


「ザコル、そろそろ手が痛くなってきたので離してください。あと、その前の話は聴いていましたか」

 ぱ、とザコルは掴んでいた手を離した。ドーシャも解放される。

「…もちろん。詰め寄られていて何一つ集中できませんでしたが、ちゃんと聴いていましたよ」

「では、あなたのファンが世論を動かそうとしていますが、何か一言」

「ふん、酔狂な事だ。僕の了解も得ず好き勝手やっているようだな。逆に何か言う事は無いのかお前達」

『ひいいいいい』

 ビリビリビリ。凄まじい圧だ。

 気配からして本気で怒ってはいなさそうだが、同志達は完全に縮み上がった。


「まあいい。お前達の事は隠密の精度を上げてやるくらいに考えていたが…。気が変わった。一週間で一端の奇襲部隊にでも仕立て上げてやる。覚悟しろよ」

 悪い顔をしている…。鬼軍曹のようだ。

 その鬼軍曹がふっと私に視線を移した。

「ミカ、よくも僕を置き去りにしてくれましたね。しかもよりによってタイタとコマを侍らすとは…。僕は、あなたの事も滅茶苦茶にしてやりたい気分なのですが」

「何怒ってるんですか? というか怒っていたのはこっちなんですけど? 人前でベタベタ触るのはもうやめてくださいよ」

「ふん、どうして僕が我慢しなければならない」

「またそれ…」

 ヤンデレだ…! 独占欲だ…! とヒソヒソ声が聴こえる。

 この狂信者共の前であけすけに喧嘩なんかしたら、後でどんな報告をテイラーにされるか分かったもんじゃない。

 私は小さく深呼吸をして気持ちを落ち着ける事にした。

「ふーはーふー…よし。だから…」

「大体、町中であれだけ見せつけて回ったんだ。もうどこで触ろうと僕の自由じゃありませんか」

「こっ、この変態…っ!!」

 せっかく冷静に話そうとしているのに、変態がどんどん爆弾投下してくる。

「ミカのその暴言、いいですね。もっと聴きたいです」

 僅かに口角を上げた表情を直視したのか、何人かの同志が崩れ落ちた。

「…タイタぁぁー…」

 私はタイタの後ろにフラフラと回った。


「ううー…どういう事なの、あの人貴族令息じゃないの。変態発言ばっかりするし紳士が行方不明すぎるよぉぉー…!」

「はは、ザコル殿は普通のご令息や貴人ではありませんからね」

「ううー…タイタまでそんな事言って…。ザコル、今の一言一句テイラーに報告されますからね。サーラ様とアメリアに怒られればいいんです」

 フン、とザコルが鼻を鳴らす。

「怒られるとしてもどうせ何ヶ月か先の事です。自ら望んで僕に同行したのはミカなんでしょう。…新聞に好き勝手書かれるのは好きじゃなかったが、その紙面はぜひ見たいな」

「私めが何百部でも取り寄せます!!」

「楽しみにしていますよ、ドーシャ」

 ザコルに流し目で言われ、ドーシャもついに倒れた。


「十分後、手合わせだ。寝ている者も叩き起こして集合しろ」

『はっ』

 みんな倒れているのに返事はいい。同志が鬼軍曹の統制下に置かれてしまった。

 ザコルは逃げようとする私を捕まえて肩に担ぎ上げ、先程のラグの場所へと引き上げていく。タイタは一瞬戸惑った顔をしたものの、従順な様子で後ろをついてきた。



 女子チームのラグの上にはエビーが居座り、女子を周りに侍らせてキャッキャと楽しそうにしていた。

「はははマジか、ウケる。ピッタちゃんて面白いすよねえ。俺と気が合うんじゃない…あ、姐さんお疲れっす」

 女子チームは肩に担がれた私を見て血相を変えた。

「りょ、猟犬様! 私達はミカ様をお迎えに行くよう言ったはずですのに!」

「どうして肩に担いでなんか…せめて横抱きになさってください!」

「ちゃんと素敵な言葉をお贈りしましたか!?」

 ザコルめ、また人に言われて私を迎えに来たな。


「素敵な言葉…? 変態めいた言葉なら言われたけど」

 ザコルが肩からスルっと私を地面に降ろす。

「ミカが照れそうな言葉から選んで言ったつもりです」

「照れ…? あれが? 私があの変態ワードに興奮する女だと…? か、勘違いしないでくれますかこの変態エロ犬唐変木魔王っ」

 思いつく限りの悪態を並べてみたが、ザコルは凪いだ表情のままだった。

「やはりいいですね。その暴言を聞くためなら変態のままでも構いませんが」

 そう言うと、ザコルがスッと私の耳元に顔を寄せた。思わずビクッとする。

「その変態を愛してここまで来たんでしょう、ミカ」

 小声でそう囁かれた私が、意識をどこかに飛ばしてしまったのは仕方のない事だと思いたい。


 ◇ ◇ ◇


「ミカ様、ミカ様。手合わせが始まっていますよ、凄いです! あのお方、やっぱりお強いんですね!」

「ただの変態かと思っておりましたが、戦うお姿は凄いの一言です! 動きがちっとも見えません!」


 ピッタに揺さぶられて意識を取り戻した私は地面を見つめていた顔を持ち上げる。

 ザコルがエビーとタイタを同時に相手して、斬り込まれる剣をヒラリヒラリと躱していた。いつか離れた渡り廊下から覗いていた練兵場での光景が、今まさに目の前で繰り広げられている。


「皆、剣が飛んできたら危ないから、もう少し下がろうか」

「いえ、猟犬様が絶対にこちらには飛ばさないからここにいろとおっしゃっていました。ミカ様も近くで見たいだろうからと」

 そうだ。いつも遠くからしか見せてもらえなかったから。

 この間、荷馬車の中から見た大捕物は本当に感動したのだ。

「そんな事言ってたの。ふふ」

 思わず口元が緩んでしまった。

「かわっ…可愛い、何ですかこの可愛い生き物は!!」

 ピッタがこちらを覗き込んで言った。私は思わず両手で頬を押さえる。

「も、もう。ほら、見逃すよ」


 ザコルがエビーに脇が甘いだの、踏み込みが甘いだの、剣が軽いだのと言って煽っている。タイタはといえば、エビーと比べても動きのキレが全く違うし、一振りも重い。ブォン、と凄い音がする。ザコルはそれを紙一重で全て避ける。横に回ってここの筋肉をもっと意識しろだのとトントン指差して指導までしている。


 この手合わせ、何分続けているんだろうか。エビーとタイタはもう汗だくで息が上がっている。あ、エビーが倒れた。


 ザコルは同志達に持った事のある武器を聞き、経験のある者にはそれを持ってくるよう伝えた。そうでない者には先程コマが使っていたようなダガーを出して渡し、構えや振り方など簡単なレクチャーをする。


 私もそこはしっかり見聞きしようと少しだけ近づこうとした。

「ミカ、刺突はコマに習い始めたばかりでしょう。最初に師が多いと混乱しますよ」

 ザコルにそう言われ、私は足を止めた。意外だ、このままコマに習い続けていてもいいらしい。


 それよりも今、師と言ったか。師匠は通じないのに、師という言葉は普通に使った。

 もしや、私があだ名として『師匠』と呼んだから、翻訳チートがシショーを固有名詞として伝えてしまっているんだろうか。

 よく分からないがまあいい。下がっているよう言われたので素直に下がって座り直す。


「師匠がんばれー」

 そう控えめに声を掛けると、ザコルがほのかに笑ってこちらを見た、気がした。


 やだ、何今の。まるで部活や体育祭で、好きな子に声援送るみたいな。

 私は自分で声を掛けておいて猛烈に恥ずかしくなったので、ホノルのストールを出して頭からかぶった。


「ミカ様、照れていらっしゃるのね。若いっていいですねえ」

 女子の一人が声をかけてくる。

「何言ってるのぉ…私よりみんなのが若いでしょ絶対!」

「え?」

「もー、ほんといい歳して何思春期してんだろね…」


 同志が一人ずつ、恐々としながら武器を構えてザコルと対峙する。

 ああ、コマが言っていたのはこれか。あの刃物への畏れみたいなのが私には足りないのか。…まあ、コマはそこを褒めていたようだからいいか。

「ええいままよ!!」

 いかにもな台詞を叫びながら同志の一人が斬り込む。ザコルがそれをスッと避けて横に回り、構えが違います。もう一度。などと指導する。


「あれ、コマさんは?」

「コマ様は、さっき厠に行くとおっしゃっておりました」

「そうそう、コマさんはもっと歳上だからね」

「え?」


 同志メンバーも皆若い。一番上でも二十代半ばくらいじゃないだろうか。部下の女子達はもっと若い。こちらの世界では女性の結婚年齢が低そうなので、こうした長期滞在を前提とした支援部隊には、必然的に独身の若い女子が選ばれたのだろう。


「え、え? もう一度おっしゃってください」

 話が飲み込めなかったか、女子達が私に訊き直す。


「だからね、皆はまず、私の事を自分より若いと思ってるでしょ。そんな事ないからね。あの猟犬さんと同じくらいだし。それから、コマさんは私達よりも歳上なんだって。こっちは流石にびっくりだよねえ」

「ええええええええ」

 女子の叫びに驚いたのか、同志達が一斉にこちらを見た。

 ザコルはその隙を見逃さず、手合わせ中の同志の急所を指先でトントンし、修行が足りません、などと突っ込んでいる。


「し、失礼しました。ミカ様もコマ様も随分とお若く見えるので…。それから、もっと失礼ですが、猟犬様はお歳の割に少女趣味だなどと思っておりました…」

「その、少女を人前でベタベタお触りになって…とんでもない変態だと…それでもミカ様がいいなら仕方ないと…」

 私は少女趣味の変態と好んで付き合っていると思われていたのか…。まあ、そりゃそうか。


「それよりコマ様よ。どういう事なの、男性って事もまだ信じられないのに、もしや私達より十かそれ以上も上だっていうの?」

「どうやってあの肌と髪を維持していらっしゃるの!?」

「コマ様はどちらに!!」

 よし、私の歳よりコマの歳の方に意識が行った。年頃の女子なら気になるよね。私も気になる。

 そこにぷらぷらとコマが帰ってきた。

「おー、やってんなあ。赤毛は空いたか? 俺と手合わせを…」

『コマ様!!』

「は? 何だ女ども」

 女子に詰め寄られ、怪訝な顔をするコマ。

「ごめんコマさん。ちょっとね、コマさんの美容の秘訣が知りたいそうです」

「はあ? お前ら若えんだから秘訣なんざ要らねえだろ」

 しっしっ、とコマが雑にあしらおうとする。

「そうですよねー。若い女子ってもうそれだけで可愛いですもんねえー。ずっと愛でていたいわー」

「ミカ様は何を言ってるんですか! お二人を愛でているのは私達の方です!」

 ピッタこそ何を言ってるんだ。私が若い女子成分を吸いにきてるだけだってのに。


「ミカ様、どうしたらその若さを保てるんですか!? いえ、二十代半ばなら充分お若いですけれど…。猟犬様は今ええと…褒章をもらったって時の記事が二十三で…そうだ、今二十六か二十七あたりですよね。昨夜お迎えした時は正直引きましたよ。十代のいたいけな美少女二人も侍らせて何やってんだこの変態などと思ってしまいましたよ私!!」

「ブフッ…!! あははははは」

「そうだろそうだろ、敢えてそう見えるように俺様も真横に侍ってやったんだ」

 敢えてですか!? 女子達が面白そうな様子で話に乗ってくる。


「狙い通りでしたね。あれが昼間だったら本当に町の人に殺されてたのかなあ。ねえ、コマさん」

 コマの顔を横目に見ると、ふん、と目を眇められた。

「…俺はこの後診療所へ行く。片道だけなら付き合ってやる」

「流石はコマさん! ほんとやさしー。誰とは言いませんが見習ってほしいですよ」

「お前、俺が散々こいつでいいのかって訊いただろうが」

「いいに決まってるじゃないですか!」

 きゃー即答ー!! と女子にはウケたが、コマにはうへえ、という顔をされた。


 ピッタが思い出したように、ほう、と溜め息をつく。

「さっきのミカ様のお可愛い表情…。いいなあって思ってしまったんですよね。そんな恋、私もしたいです」

「恋とか言わないで。ストレートな言葉は大人の心をえぐります。それに、可愛くてしっかり者のピッタにはすぐに素敵な相手が見つかります。決して変な男に騙されないように」


 決してあの第二王子殿下やらドーランのような男は……いや、それも個人の価値観によるか? 本人が幸せならば何でもいいのだが。


「…もしかして自分のこと言ってんのか? お前が相手してんのは変な男代表みたいな奴だもんな」

「違いますって。そりゃ、あんまり普通じゃないですけどー。でもほら、暗器とか使えるしカッコいいじゃないですか」

「うるせえんだよ、暗器がポイント高えみてえに思ってる女はてめえだけだ」


 暗殺用の武器がカッコいいと思ってる女子なんてたくさんいそうなものなのに…。いや、こっちの世界ではまだその魅力が広まってないのかもしれない。


「ファーストペンギンに、私はなる…!!」

「もういいか、俺は赤毛を試しに行く」

 ツッコむのに飽きたらしいコマがクルッと踵を返す。

「コマ様! まだ秘訣を聞かせていただいておりません!」

 女子達が果敢に行手を阻んだ。


「しつけえな…。いいか、よく聴け。あくまで俺のやり方だぞ。髪も肌も、日焼けと乾燥には気をつけろ。そのための保湿、いや、保油とも言えるが、何とかしていい油を手に入れろ。ナッツ類の油や、椿の油もいい。無けりゃオリーブ油でも菜種油でも何でもいい。合わねえと思うもんや鮮度が落ちた油はすぐにやめろよ。つける時は顔も手も清潔にしろ。それと目元と口元は特に年齢が出るからな、あまり擦って刺激しねえようにしろ。顔だけじゃねえぞ、手足と首周りの手入れも怠んな。そして最後が一番重要だ。食事と睡眠の質も上げろ。結局それ以上の薬や美容液なんてものは存在しねえ。地道な努力は裏切らねえかんな、分かったか!」

『分かりました!!』


 へえーそうなんだー。

 ヘアケアもスキンケアも色々するの面倒だから、大容量のボディクリームを買って体にも顔にも髪にも塗ってたとか言えない。シャンプーやボディソープも特にこだわりなかったから特売品だったし…。化粧も落とさずに寝落ちとかザラだったし…。



 コマはタイタの方へ行ってしまった。タイタは快く手合わせに応じている。女子達はコマの言ったことを必死でメモに起こしていた。


「ふう、書けたわ。まさか、あんなに詳しく教えていただけるなんて…! ミカ様が優しいとおっしゃる気持ちがよく解ります」

「そうでしょうそうでしょう。コマさんって本当にいい人でね」

 いい人じゃねーっつのー!! 向こうから突っ込みが聞こえてくる。

「ふふ、あんまりいい人って言うと拗ねそうだから気をつけてるんだけどね…」

 小声で言って女子達と笑い合った。


 ◇ ◇ ◇


「ミカのせいでちっとも集中できませんでした。必要以上にしごいてしまったじゃないですか」

 ザコルが腕を組んでプンスカしている。なんか可愛いな。

 背後では屍のようになった同志達が転がっている。

「それはそれは。少女趣味で人前で少女をベタベタ触ったり、十代の美少女っぽいのを二人も侍らせて歩くド変態ですもんねえ」

 女子達からは散々な言われようだった。これは町の人にも色々と誤解されていそうだ。これからその誤解をさらに拗らせに行くんだけど。

「そんなことじゃありません。ええと……いいに決まっているとか…カッコいいとか…人前でやめてくれませんか」

 ザコルが目を逸らしながらゴニョゴニョと言った。

「ふーん、ザコルもストレートな言葉に弱いんですねえー」

「ちょ、調子に乗らないでください!」

「じゃあもう言いません」

「え」


 そこに、はしゃいだような様子のコマと、息を切らしたタイタが戻ってきた。彼らは少し離れた所で派手にやり合っていた。


「ますます気に入ったぞ赤毛! 基礎がしっかりしてっから強え。だが剣筋がお綺麗すぎる。もっと変化球を覚えろ」

「ご助言痛み入りますコマ殿。その体躯でありながら、繰り出される突きの重さには感服いたしました! しかも素早く、予測のできない動きには翻弄されるばかりで…。実戦でしたら何度こちらが死んでいたことか。流石、暗部でご活躍された御仁であられますね」

 タイタは汗を拭いつつ目を輝かせている。

「俺はその犬みてえな戦闘専門じゃねえぞ。俺に勝てなきゃ犬に追いつくなんて到底無理だ。明日も稽古をつけてやろう。お前みたいな正統派の剣士は、プライド捨てて搦手でも何でも覚えりゃすぐ次の段階に進める」

「お、お願いします! そのようなプライドは元より持ち合わせておりませんので!」


 コマはテイラーの人間をこれ以上強化してどうするつもりなんだろうか。

「まあ、時間はしばらくあるからな。お前らを強化して敵陣に殴り込みさせんのも一興だろ」

 ニヤ、とコマが私を見た。

「ぬ、コマさんも耳がいい人なんですか?」

「そこの犬と一緒にすんな。お前の独り言なんざ聴こえねえが、顔に書いてあんだよ。少しは表情に出さねえ訓練でもしやがれ」

「し、親切〜!!」

 思わず口に出してしまった。

「親切じゃねえ。危なっかしいんだよお前は。そうだな、カードゲームでもするか。表情を鍛える訓練には打ってつけだ」

「親切〜!! やります! ああ、でも薬の話も聞きたいなあ」

「そりゃもっとじっくり時間かけねえとダメだ。最低でも年単位だろ。ジークに来るなら教えてやるさ」

「えええそんなー!!」

 コマの悪そうな笑顔に、私は思わず文句を叫んだ。



つづく

コマちゃんは親切(定期)

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