あなたも大変ねえ
「ふ、ふっ、くくくくふくくく」
「ミリナ様、ツボに入っちゃいました?」
ずっと笑っているミリナに、エビーが声をかける。
「くふうっ、だっ、だってっ、ザコル様までっ、あのおかしなポーズをっ」
自分で言ってまたドツボにハマったのか、ミリナは完全に顔を覆って震え始めた。おかしなポーズだと思われてる…。
「ふはっ、笑いすぎっしょ、あれにゃ俺もウケましたけどお」
ミリナは指の隙間からエビーの顔をちらりと見た。そして、
「にっっ、二十人…っくふうぅっ」
と、また吹き出した。
「いやウケすぎだろ」
エビーも呆れつつ笑っている。ミリナは笑い上戸かもしれないな、今度お酒を勧めてみよう。
「くふふっ、母さまたのしそう」
ミイミイ! キキキ!
イリヤと魔獣達も上機嫌だ。
……何か、勘違いしていたかもしれない。下僕になりきってやたら世話を焼くばかりが、彼らの笑顔につながるわけではないのだ。
「うん、真面目に悪さするって実は大事なことなんですねえ。流石はうちの師匠」
「ふむ、真理かもしれんな。悪さも不真面目も世の中を回すための原動力、といったところか」
「なぁーにミカと仲良くなってんのよジロ兄。あたしの方が先にミカと仲良くなったんだから調子に乗らないでくれる!?」
「チョーシ乗ってんのは団長だっつーの。ウチの先輩なんですけどぉー?」
げしげし。あーん。ははは。
オネエとギャルの荒っぽいやり取りにジーロも笑っている。小動物でも見ているような顔だ。
ちなみにマネジは一度仰々しいよそゆきの挨拶を披露した後、今度は壁になりきって気配を消している。いるのが判っているのに認識できないみたいな、いつぞやのコマを思わせる練度である。
「ナカタ、何度も言いますが僕のミカです」
「わっ」
「あ、先輩」
ザコルは私をサッと抱き上げ、そのまま一人用のソファにどっかりと腰を下ろした。
「あなたも大変ねえ、コリー」
「はい。シータイでは気がつくと誰かにミカの隣を奪われている毎日でした。だからこうして膝に入れておくのが一番だと悟ったのです」
すーりすり。
「ちょっ、教育に悪…っ」
ジタバタ。
「あなたも大変ねえ、ミカ」
「た、助けっ」
ザラミーアは何事もなかったかのように私達の向かいに腰を下ろし、タイタが新たに給仕した紅茶に口をつけた。
「あら、これマージがよく淹れてくれた茶葉かしら」
「はい。マージ町長様からの差し入れでございます。奥様にお淹れするようにと」
「まあ、できた娘だこと。それにしてもタイタさん、あなた紅茶まで完璧に淹れられるのね。執事の経験でもあるのかしら」
「いいえ。ですが、母からは淑女をねぎらうために茶の一杯でも淹れられぬようでは紳士失格と言われ、仕込まれてございます」
「あなたはコメリ家のご子息だったわね、納得だわ。マイ様はお元気?」
「母をご存知でしたか。父母はともにテイラー領にて養蜂に励んでおります。中央貴族として王城に勤めていた頃よりも、よほど生き生きと暮らしているように俺の目には映ります」
「素敵だわ、第二の人生を楽しんでいらっしゃるのね。もし、手紙を託したら届けてくださるかしら」
「もちろんでございます。母も喜びましょう」
部屋の中は人口密度がやたらに高くてカオス化しているのに、目の前だけ異空間だ。優雅な茶会の幻影が……
「…あれ? オーレン様は?」
「父ならカーテンをかぶっていますよ」
「えっ」
窓際に目を移す。ザコルの言う通り一部のカーテンがなくなっており、その下に不自然に気配のしないかたまりがあった。
「……………………」
「消しましょうか」
「消…っ、なんで」
「今、不快に思ったでしょう」
「そんなことは」
そんなことは…ある。
オーレンはおそらく、カズが登場したから隠れているんだろう。ギャルが怖いとかそんな理由で。だがカズの様子を見る限りオーレンを追い回しにきたわけではなさそうだし、本来理由もなく嫌がらせするような子でもない。
どうしてうちの可愛い後輩をわけもなく怖がって避けるような真似をするんだ、失礼だろう、と思ってしまったのは事実だ。
「僕はずっと不快です」
ザコルは、ぎゅ、と私を抱く力を強める。
そうか、オーレンが私を避けるたび、ザコルはこんな気持ちになっていたのか。何度もミカに礼を失するなと怒っていたのはもちろん知っているが、当事者になってみるとよく解る。確かにこれはモヤモヤする。もはや礼がどうとかじゃなく、避けられた方が傷つかないかとヤキモキもする。何度もこれを目の当たりにしたらイライラして当然だ。
「怒ってくれてありがとうございます。ザコルって本当に私のこと好きですよね」
「はっ? えっ、どう、あ、当たり前でしょう!?」
「ふふ、動揺させちゃった。でも大丈夫ですよ。私やあの子の図太さ図々しさ、よく知ってるでしょ」
視界の端でカズが動く。ゆらり、自然な感じでロットとジーロの輪から離れ、すうっと気配を消す。まるで氷の上を滑るかのような動きで、音も立てず、するするする、と窓際に吸い寄せられるかのように移動した。
そして何の脈絡もなく、窓際の謎のかたまりに腰を下ろして脚を組んだ。かたまりが微振動したように見えたが、上にカズが乗っていてはもはや派手に跳び上がったり身じろぎしたりもできまい。つまりもう逃げられない。
『流石』
私とザコルは同時に言って、笑い合ってしまった。
つづく




