そんなに寂しかったんですかぁ?
トントン、またノック音だ。入ってきたのは…
「もー、だーんちょぉー、ウチのこと置いてくとかガチでありえないんですけどぉー!!」
「あっカズ」
「中田ぁ!」
「えっ先ぱ」
私はザコルの腕を抜け、十日ぶりに会う前職場の後輩に飛びついた。ぎゅっと抱き締めると、彼女はなぜか固まった。
「ふ、ふぇっ、せっ、先輩、そんなに寂しかったんですかぁ? えー、マジ、ウケる、あは…っ」
「あれ、混乱させちゃった?」
私は腕の中を覗き込んだ。そこには赤面し、目を泳がせる珍しいギャルっ子の姿があった。
「だ、だってっ、せっ、先輩からウチに甘えにきてくれたことっ、あ、ありましたぁ!?」
「なかったっけ」
うーん、と考えていたら、今度は中田カズキ、もといカズの方から私に抱きついてきた。
「先輩のにおいぃ…!! 本物だぁ…うわあああん!!」
「泣かせちゃった。ふふ、元気そうでよかったよ、よしよし……あれ?」
グスグスと泣くカズの足元には、ここまで彼女が引きずってきたらしい深緑色のかたまりが落ちていた。
「ねえ、何これ」
「ナカタ、そろそろミカを返してください」
「やだ」
「やだ、ですか。それは困りましたね。ナカタとは争いたくないのですが……で、この不自然に気配のしないかたまりは」
ザコルが視線を向けると、かたまりはブブブと震え出した。
「この動き、同志ですね。どうして丸まっているんですか」
「さ」
「さ?」
「さささ」
「さささ?」
「さささささささサササササササカシータ一族率が高いいいいいいい!!」
「その声、マネジですね。顔が見たいので早く起きてください」
ザコルは彼を覆う深緑色の布をちょいちょいと引っ張り始めた。かたまりの震えは一層ひどいことになった。
「カズさま!」
喜色満面のイリヤがカズに飛びつく。カズもまた慈しむような笑顔になった。
「イリヤぁ…! 元気だったぁ? 寂しくなかったぁ?」
カズは私から手を離し、イリヤをぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「っぷ、さみしかった! さみしかったけど、僕ね、兄さまといもうとができたんです! ゴーシ兄さまと、リコっていうの。とってもつよくてかわいくて、先生ににてるんですよ!」
「えっ、隠し子…」
「ザハリの子です!!」
カズに疑惑の目で見られ、ザコルが間髪入れずに否定する。
「ちょっとアンタ、カズを返しなさいよっ、フンッ、ガキでも男ねえ」
カズの豊満な胸部に埋もれるイリヤをロットが睨む。
「? 僕はおとこです」
なぜ今頃になって性別を確認されたのかと、イリヤはきょとんとしている。
「兄様。大人げない嫉妬は控えてくれますか」
ザコルがロットの視線を阻む。
「そーだそーだぁ、ウチのこと置いてさっさと先輩達探しに行っちゃったくせにぃ〜。ピの自覚あるんですかぁ〜?」
「うぐっ」
ピ、とはカレピのことだ。そんな堂々と恋人呼びできる仲になったとは。進展したなあ…。
「ピとか言わないで照れて逃げたくなるじゃないっ、ほら、ミカとザコル見てると不思議と穏やかな気持ちになんのよっ、気を鎮めたかったのよっ、わかるでしょ!?」
「うん、わかんないけどわかる」
「わかる…」
「わかります…」
「わわわかるます…」
カズに続き、何やら視界の端でメリーとタイタと深緑のかたまりも同意している。
「何がだよって言いたいとこすけどわかる」
エビーまでツッコミを放棄して同意している。何がわかるというんだろう…。
「わからんがわかる、とは哲学か?」
「えっ、誰このイケメン、貴族の人ぉ?」
突然話に入ってきた貴族然とした男に、カズが首を傾げる。ジーロはそんな彼女に一礼した。
「お初にお目にかかる。我が名はジーロ・サカシータ。サカシータ子爵がオーレンと第一子爵夫人がイーリアの次子だ」
「ジーロ、って、山と同化してるっていうジーロ様ぁ?」
「いかにも。野趣あふれる男を目指すため、聖域たるツルギ山を下界の穢れから守るため、日々野生たらんと努力しているジーロ様だ!」
ババーン、ジーロは戦隊モノのようなポーズを決めた。
「ふーん、なんか話が違うっていうか今まで会ったサカシータ兄弟の中では一番小綺麗に見えますけどぉ、えっとぉ、私はモナ前男爵様の隠し子でぇ、カズ・モナっていいますぅ。その辺ウロウロしてたらカリューで拾われてぇ、騎士団に入っちゃいましたぁ。よろしくお願いしまぁーす」
キュルーン、カズは内股ギャルピースを決めた。
「ふむ、イリヤの話通り、強者の香りのする御仁だな」
今の内股ポーズといい加減な自己紹介のどこに強者みを感じたんだろう。
「山犬殿の隠し子ということでやっているのだな、あい分かった。そのように扱うとしよう。出生から今までの経歴などは細かく決めているのか?」
「そーいうのは面倒くさいんでぇ、カリューで拾われる前のことは全部記憶喪失ってことにしましたぁ。ウチすぐボロ出しそーだしぃ」
「はは、それは分かり易くていい。貴殿、同じ『姫』でも食わせ者然としたホッタ殿とは全く違うのだなあ」
「あっは、ウケる。先輩もう食わせ者ってバレてっし」
「誰か食わせ者だよっ」
あははは、ドッと会場が沸く。私が食わせ者なのがそんなに面白いんだろうか。
「えー、ジーロ様めっちゃフツーに常識人じゃね。ノリもいーし。どこが仙人?」
「カズ、騙されんじゃないわよ、このジロ兄は普段、本気で野生になりきって下界との接触一切ナシで生活してんのよ、こんな小綺麗なとこ見たのあたし生まれて初めてよ! あの服はザラ母様、髪結はザコルとして、散髪師なんて誰が…」
シャキーン、カバンから出した鋏を魔法の杖よろしく構えると、ザコルもどこかから出した櫛を持って同じポーズを決めた。
「私達が! お世話しました!」
どやあっ。
「え、何あれかわいー仲良すぎだしウケる」
「ザコルまでそんなふざけた格好しちゃって…」
「僕は真面目ではありませんので」
どうやら不真面目アピールのつもりで付き合ってくれたらしい。誰に向けたアピールなのかは謎だが。
「それと、僕が変わったことをすると同志が顔を出します」
ばっ、みんなが深緑のかたまりの方を見る。こっそり顔を出していたマネジがぴゃっと跳び上がった。
つづく




